老人と海
サンチャゴ老人の四肢は痩せこけ、うなじに刻み込まれたシワは赤銅色に輝いていた。
だが、眼だけは違っていた。
「海と同じ色をたたえ、不屈な生気をみなぎらせている」眼の色だ。
漁をしながら老人はたった一人の小舟の上で語りかける。
太陽や月や海に、大きな声で語りかけ、ときには自分自身を励まし激励するために
大きな声でひとりごとを言う。
カジキマグロが餌に食らいつき、
4日間の老人と魚の死闘の末、老人は獲物を仕留め、
帰港する小舟の脇にそれをくくりつける。
老人の小さな船からはみ出すほど、戦利品はあまりに大きく、堂々と威容をさらしていた。
サメが襲う。
戦利品の獲物に食らいつき鋭い歯で、肉を咬み切る。
老人は、あらん限りの力で棍棒を振り下ろすが、サメの攻撃は衰えを見せず、
カジキマグロは頭と背びれと尾びれを残す残骸になってしまう。
白い骨をさらし、今はただ小舟と一体になって波にたゆたう姿ではあるが、
4日間の老人との死闘を想像するには十分な大きさであった。
夜の闇に包まれた港に帰りついたとき、
老人は初めて疲労の深さを知り、粗末なベットに倒れこみ、
アフリカ海岸で潮騒の響きにたわむれるライオンの夢を見る。
なつかしい若いころのアフリカの夢だった。
体力もあり、希望もあり、生き生きとしていた遥かな時の彼方に
老人はゆったりと身を横たえて、眠り続ける。
「人間は負けるようには造られていないんだ。そりゃ、人間は殺されるかもしれない。
けれど負けはしないんだぞ」。
大魚を相手に4日間の闘いで自分に語りかけた老人の言葉である。
自然と対峙し、年老いた自分を励まし、
危機的な困難を乗り越えていく人間のたくましさが浮かんできて、
東北震災の罹災者の姿がオーバーラップしてきた作品でした。
老人と海:ヘミングウェイ著(1966年)昭和41年新潮文庫刊。 作品に「我らの時代」、「日はまた昇る」、「男だけのの世界」、「武器よさらば」、 「キリマンジャロの雪」等があり、ロスト・ジェネレーション世代を代表する作家である。1952年「老人と海」を発表、ヒューリッツア賞を受賞。1954年ノーベル文学賞を受賞。1961年、猟銃で自殺。「老人と海」は映画化(1958年・ワーナーブラザーズ)もされています。原作を忠実に再現してあり、一見の価値あり。
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