核と人間
福島第一原発の事故は、
原子エネルギーが持っている潜在的な危険を白日の下にさらし、
「安全神話」という仮面をはぎ取ってしまった。
さらに、
地震動については「残余のリスク」を避けることはできないという。
原子炉が存在する限り、私たちは、
これが内蔵する「見えない危険」に怯えながら暮らさなければならない。
我が国の「エネルギー政策」は変更を余儀なくされるだろう。
G8サミットで、管直人首相は、
「発電に占める自然エネルギーの割合を2020年代に20%超にする」
と述べている。
一方で、政府の国家戦略室がまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」の素案では、
重要戦略の一つに原子力を明記、
とりあえずは原発推進路線を続ける姿勢を示している。
問題は、「原発か、自然エネルギーか」という二者択一ではなく、
生活へのしわ寄せを回避し、
無理のない脱原発へのゆるやかな移行が必要だと思う。
人間が創り出した「」飛行機や新幹線」など最先端の科学技術を駆使くしたものにも、
「残余のリスク」はついてまわるが、
原発の抱える問題は、
利点よりもリスクがあまりにも大きく、
人間が許容し、解決できる範囲を遥かに超えている。
核と人間は共存できない。
私たちは、
ヒロシマ、ナガサキの原爆の悲劇を、
チェリノブイリ原発のメルトダウンの恐怖を決して忘れてはならない。
(完)
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