人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

導師の見極め

2023-03-26 09:33:56 | ガイダンス
“私の教え、方法に従えば、あなたを必ず完全覚醒に導くことが出来ます!”
“宇宙神の仕組みに依れば、地球の人口はあと○十年で半分になります!“...

何故、こんな言葉に容易く支配されてしまうのだろうか?
そんなに他人の奴隷になりたいのだろうか?
“正しい導師とエセ導師の見極めが必要“、と言われるけれど、それ以前の問題だと思わないのだろうか?
何が完全覚醒だとか、宇宙神の仕組みだとかは、知っても知らなくても全くどうでもいいこと。
”私は知っているのだ!”、という神になり済ました人間に何故、容易くコロッと参ってしまうのか?
いや、常人が知り得ない、到達出来ないとされることを知りたがっている、人より優りたい、強くなりたい自分のエゴにつけ込まれていることが問題なのだ!
その実、常人よりも精神性が弱いことを知るべきなのだ!
この先生は、○○先生の遺髪を継いでいるらしい?...○○先生は一度でもそういう言葉を言っただろうか?
一度でも、“もしかしたら私は敬愛する○○先生の道を歪め、誤ったことを伝えているのではないか?“、という思いが心象に過ったことは無いのだろうか?
特定の教師を信奉すること自体が間違いということは無いだろう。
それにより“誰のものでもない、あなた自身の絶対的なもの”に導かれることもあるだろう。
正しい導師なら、その絶対的なものを指し示すだろう。
そして、その無駄に長いような信仰、求道生活において、一度でも○○先生に触れて、内なる心が動かされ、幸福に与ったことは無いのだろうか?
それが、心の奥に息づいていないのならば、本当に無駄、“失敗“に終わることでしかないだろう!
それとも、そういうこともあったが、諸々の思いと共に消えて行ったのだろうか?
ああいうことも、こういうことも消えてゆくだろう?
今、ご執心のエセ教師の言葉なんかは、読んだ瞬間に消えてゆくだろう?
あったりまえではないか!
意識が向かない…生理的に受け付けられないのだから!...
消えることの無い、心の奥に息づくものに照らせば...
自明の理ではないか!

これが分からないというのは、もはや常人の域には無いのだろう?
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