コスモのフォトアルバム

旅の記録 五街道ウォーク中!旧東海道、旧甲州街道、旧中山道を完歩。只今、日光街道に挑戦中!    

又十屋敷(滋賀県犬上郡豊郷町)~旧中山道を歩く(21回目)

2013-07-22 05:42:39 | 旧中山道ウォーク

街道ウォーク<旧中山道<高宮宿(駅)~武佐宿(駅)
2013年6月8日 21回目

又十屋敷

滋賀県犬上郡豊郷町

江戸時代後期、又十(またじゅう)という商号で呉服屋を始め、後に北海道に雄飛して松前藩の信頼を得て多くの漁場を開き、廻船業を営んだ藤野喜兵衛喜昌(ふじのきへいよしまさ)の旧宅です。

▲白壁の民家

▲江州音頭発祥の地ある。(豊郷町下枝)

 ▲又十屋敷▼



 

 

 ▲屋敷内に一里塚碑があるがここに一里塚があったわけでもなく、どこかにあったものを、ここに移設したものらしい 

 

当館は、江戸末期より蝦夷と内地とを北前船を用いた交易で財を成した近江商人藤野家本宅跡です。明治初期に入ると我国初めての鮭缶の製造を始め五稜北辰の商標「星印」で販売した所、人気を博しました。今日では「アケボノ缶詰」として受け継がれています。亦天保の大飢饉には住民救済の為行われた又十の飢饉普請は有名で江州音頭発祥の地千樹寺の再建と当家の建造物及び湖国百選に紹介されている名庭園「松前の庭」勝本宗益作等何れも当時の原形を今日までほどよく保存されています。また、館内には千数点に及ぶ美術・工芸品等が展示されています。

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伊藤忠兵衛旧宅~滋賀県犬上郡豊郷町八目

2013-07-22 05:41:34 | 建築物(洋館以外)

2013年6月8日 滋賀県

伊藤忠兵衛旧宅

滋賀県犬上郡豊郷町八目128-1

伊藤忠兵衛

現在の大手商社伊藤忠・丸紅創始者で近江商人の筆頭としてあげられる伊藤忠兵衛(1842-1903)が住んでいた屋敷

伊藤忠商事、丸紅の創始者・初代伊藤忠兵衛の100回忌を記念して初代忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれたここ豊郷本家を整備、伊藤忠兵衛記念館と命名して、一般公開することになりました。初代及び二代忠兵衛の愛用の品をはじめ、様々な資料を展示して繊維卸から「総合商社」への道を拓いたその足跡を紹介しています。この旧邸は、初代忠兵衛が生活していた頃そのままの形で残されその佇まいからは、“近江商人”忠兵衛の活況ある当時の暮らしぶりやそれを支えてきた、初代の妻・八重夫人の活躍を偲ぶことができます。また、ここで生まれた二代忠兵衛は、母である八重夫人の教育もあり、国際的なビジネスを展開し、現在の「総合商社」の基礎を築いています。近江商人のスピリットを先駆的な感覚を合わせて世界という舞台にのせた初代伊藤忠兵衛と二代忠兵衛、そして八重夫人のルーツにふれながら、その偉大な業績を称え、末永く後世に語り継いでいきたいと思います。

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伊藤忠兵衛旧宅など(滋賀県犬上郡豊郷町八目)~旧中山道を歩く(21回目)

2013-07-22 05:41:33 | 旧中山道ウォーク

街道ウォーク<旧中山道<高宮宿(駅)~武佐宿(駅)
2013年6月8日 21回目

伊藤忠兵衛旧宅など

滋賀県犬上郡豊郷町八目128-1

▲伊藤忠兵衛翁碑

▲伊藤忠兵衛家屋敷跡

 

伊藤忠商事、丸紅の創始者・初代伊藤忠兵衛の100回忌を記念して初代忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれたここ豊郷本家を整備、伊藤忠兵衛記念館と命名して、一般公開することになりました。初代及び二代忠兵衛の愛用の品をはじめ、様々な資料を展示して繊維卸から「総合商社」への道を拓いたその足跡を紹介しています。この旧邸は、初代忠兵衛が生活していた頃そのままの形で残されその佇まいからは、“近江商人”忠兵衛の活況ある当時の暮らしぶりやそれを支えてきた、初代の妻・八重夫人の活躍を偲ぶことができます。また、ここで生まれた二代忠兵衛は、母である八重夫人の教育もあり、国際的なビジネスを展開し、現在の「総合商社」の基礎を築いています。近江商人のスピリットを先駆的な感覚を合わせて世界という舞台にのせた初代伊藤忠兵衛と二代忠兵衛、そして八重夫人のルーツにふれながら、その偉大な業績を称え、末永く後世に語り継いでいきたいと思います。

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