ジョサイア・コンドル著「美しい日本のいけばな」について、前回の続きです。
明治30年前後の日本の華道界全般を概観しつつ、当時主流であった遠州流を中心に伝統いけばなを紹介しています。その動機についてはしがきで、「いけばなを律する美的法則は、単に極東のもの珍しい文化ではなく、自然法則を詳しく研究した末に立てた真の美的法則として、西洋にも多方面に取り入れられるべきだと強く感じた」ためと表現されています。
歴史と理論の章などで語られる、「いけばなの理論を複雑にし、また一風変わった神秘的な第一印象を与えるのは、中国の哲学思想や古くからの迷信が多分に関わっているせいであろう」と言い、「どの流派の家元も、自分の流派の理論とライバルの他流派の理論が混同されているのにやがて気がつき、いらだちを覚えたのではなかろうか・・・それぞれの独自性も詳細に見れば、実際の相違は些細にすぎないようだ・・・・いけばながアートとして生まれたとすれば、どのようなデザインも必ず似たものとなるはずである」という見識は、現代ならともかく、さすがと感じました。
この本の中に出てくる植物についての記述で疑問に思ったものを書き出してみました。
① 長春 月別の花の項では旧暦の2月と3月に見ごろの花として記載されていますが、祝いの場にふさわしい花の項では、1月から12月まで、つまり一年中大切な花として名前が出てきます。その時代にはやっていた花材なのか、江戸時代からずっといけばなには大切に使われてきたものなのか、正確な品種があるのか。図版にも一つ描かれていて(上の写真のページ)、桃との二種いけです。桃の直径の二倍ほどの八重咲きのバラです。おそらく四季咲きなのでしょう。実をいけることはなかったのでしょうか?棘はきらわれなかったのでしょうか?
② たんぽぽ 3月4月の花材に出てきます。タンポポの仲間はいけることができるのでしょうか?
③ モッコウカ(Rosa banksiae) 江戸時代にはキモッコウが栽培されていたらしいのでそのことでしょう。それほど歴史が古いバラなのに、野生化したり増えて困ったりはしていないのでしょうか?キモッコウの大木ってないのでしょうか・・・
④ せんのう これは去年からの課題。5月6月の花の項にLychnis senno。シーボルトの日本植物誌の図版にも掲載されています。やはり、室町以前に中国から入った園芸植物らしいです。それほど有名だった植物が100年の間に絶えてしまうところだったとははかないですね。
⑤ さるおがせ(P133) これってスパニッシュモスとか、エアープランツの仲間、なぜ!?かと思って調べたところ、日本の山にも見られる地衣類と判明。(去年買ったスパニッシュモスは、時々お風呂に浸けてやるだけなのにまだ生きています。ドライフラワーに使うスパニッシュモスはパイナップル科でしたが、生態も見かけもそっくりなので、和名サルオガセモドキとつけられているようです。)山奥の針葉樹の大木の枝からぶら下がっているために、いけばなでもサルオガセをからませて深山幽谷を表現するとわかりました。
⑥ 技巧の項にも、図版にも、水切りの記述は全くありません。水切りという常識は最近のものなのでしょうか?・・・・
新年の抱負以来、解けない疑問がどんどんたまっています。皆さんからの助言お待ちしています。