雀の手箱

折々の記録と墨彩画

師走雑感

2018年12月11日 | 塵界茫々
 いよいよ平成三十年も大詰めの師走となり寒気も厳しくなってきました。このところ毎日のように喪中ハガキが届きます。
 この齢になれば致し方のない長生きの罰でしょう。わが家にとっても夫の死去を最大の出来事として、行政への諸手続きをはじめ、仏事に追われて慌ただしい時が足早に過ぎてゆきました。二人ともすでに賀状を納めとするご挨拶を済ましているので喪中ハガキは出さないことにしています。
 やっと一人の暮らしのリズムもできてきて、半世紀以上を共に過ごした相手の不在が、容認できるようになってきました。
 
 庭の草木が告げる季節の移ろいを語りあうこともなく、空しく木の葉が散ってゆくのはさすがに哀愁を覚えます。
 紅葉の錦を見せていた「ニシキギ」はもうあらかた裸木となり、その名の鬼箭木らしいごつごつとした矢筈の枝振りです。
 今の庭は一番好きな藪椿をはじめ椿の競演です。一休はもう花を終えましたが、八重の椿や、山茶花、乙女椿と次々に咲きはじめています。












今年のお月見

2018年09月27日 | 塵界茫々
 24日は中秋の名月でした。このところ雨や曇天の日々で、雲が厚く今年の十五夜のお月見は無理と思っていました。深夜、2時半ごろ、例の「火事です!」の警報騒ぎ以来、この時間には決まって目を覚ますようになっていますが、カーテンの外が少し明るいようなので開いてみると、瓢箪を逆さにした形で雲が切れていて、そこに思いがけなく白い月が顔を覗かせていました。
 天心より少し西に寄った月は高く、小さくて、“十五夜“というイメージとは違っていました。
 よく晴れた25日の十六夜の月は期待どおりの月の出でしたが、なぜか私にはいつもの年とは違って、暦のうえの満月を美しいとは思えませんでした。月見が好きだった亡き人を偲んで、遺作の備前の壷に薄を切ってきて活けましたが、穂はまだ弱々しく「尾花」とは言えないすがれた姿です。ススキと言えば、最近では滅多に見かけることがないように思います。裏の造成地の荒々しい土肌も半年が過ぎて、真っ先に生えてきたのが芒でした。また台風がこの列島を窺っているようですが、今宵はどんな月を拝めるでしょう。







仏事の後

2018年08月16日 | 塵界茫々
 気がかりだった初盆の仏事もどうやら無事に終えることができました。祭壇の後片付けをしながら、猛暑の中を訪問してくれた親族や所縁の方々へ改めて感謝の思いがこみ上げてきます。
 佐世保から来てくださったかつて乗馬競技で競った馬乗り仲間のご夫婦とは、写真集を前に昔話が弾みました。忘れ形見にと、故人蒐集の鐙の中から、ヨーロッパの骨董品を差し上げました。

 お互いに齢を重ねると身近な親族の誰彼も、この人がこんなことを言うようになったかと、気鋭の若いころを知るだけに驚くこともあり、思い出を懐かしんだことでした。
 一区切り付き、娘が帰京すると寂しくなることでしょう。

 台風の襲来も事無く過ぎましたが、まだまだ厳しい陽射です。風の気配に秋を感じる日の訪れが待たれます。








戴いた短冊です。

夏祭りの季節

2018年07月16日 | 塵界茫々
 数十年に一度とかいう記録的な豪雨がもたらした惨状は、想像もしなかった200人を超す死者まで出て、家を失い避難生活を余儀なくされている方たちも3万人に達しています。そのうえ、35℃という猛烈な暑さがこの列島を襲っています。この耐え難い炎暑と水害の粉塵の舞う中で、連休をボランティア活動に捧げる人たちには、ただただ頭が下がります。

 折しも夏の暑さと災厄を退ける祈りに始まった夏祭りの季節です。今年は、喪中なので、例年の博多祇園もひっそりと眺めていました。テレビでの清道廻りも、タイムにも、歓声を上げることもなく、なんとなく褪めた思いなのが我ながら不思議です。
 舁き山の表題のなかにも「吾在倶」とした災害に寄り添う願いのものも見られました。そうした中で市川団十郎の「暫」が目を惹きました。贔屓の東流れは今年も5キロのコースを重さ1トンの舁き山を肩に、30分を切る速さで廻り止めにゴールしました。
 北九州でも、これから小倉の太鼓祇園、戸畑の提灯山、黒崎の祇園山と続きますが、今年は遠い囃子の音をききながら無縁に過ごしています。熱中症でお世話にならないよう心がけての篭り居です。
 災害復旧をひたすら祈る夏祭りの奉納です。
 
 W杯もフランスの優勝で今朝幕を閉じました。








山法師の花<senter>

梅が咲いて

2018年03月02日 | 塵界茫々





 自宅周辺の様子が、この半月ほどで一変しました。V字の深い谷だった椿谷が西側の丘を削った土で埋め立てられています。
 伐採された木々が運び出され、木々の繫みでJR車中からも全く見えなかった家の北側は、丸裸の状態になり、遠くの産業医科大や近くのマンションの灯りが思いもかけなかった風景を見せて、夜はまぶしいほどです。すっかり明るくなった北の窓は電灯を消し忘れたかと間違うほどです。
 この丘を拓いて家を建てたときは、谷を隔てる東側の山を借景にと考えた設計だったと義父に聞いていましたが、20年くらい前に階段状に山が削られて、今は小さな団地を形作っていますが、この椿谷もそのようになるのでしょう。地面から1メートルほどを残して何本もの大きな椿が伐採されました。
 折尾駅まで、若い人だと歩いて八分なら到着する距離ですから駅の改装が完了する5年後ぐらいまでには様子が変わり続けることでしょう。閑静な住まいに執着していた亡き夫がこの風景を見たらどう嘆くか、良い時機に他界したと思います。

 北側の椿谷の異変を知らずに、南側の庭先では遅れていた梅が満開の時を迎えています。今年は蠟梅と梅が一緒に咲いています。












雪の朝

2018年02月12日 | 塵界茫々


 雪の朝を迎えました。昨日の午後から、晴れ間を縫うようにちらちらと綿雪が舞っていましたが、朝カーテンを引いてみると、すっかり白銀の世界に清浄化された景に様変わりしていました。雪の少ない北九州市ですが、今朝は都市高速も全面通行止めの報道が流れています。
 
 車がないのも一因で、すっかり出不精になった暮らしで、本を読んでも頭が反応しないし、折からの冬季オリンピックも感動もなく眺めています。それでも、兼好法師の言うように時間の経過が、次第に元の暮らしへの回帰をもたらしてくれるのがわかります。
 七日ごとの供養の読経を耳にしながら、気持ちが落ち着いてゆくのを感じます。仏教が、長い年月をかけて築いてきた亡き人を弔う仕組みを今更のように納得することです。もうすぐ来週には忌明けの四十九日を迎えます。一つの区切りになるでしょうか。手つかずの遺品の整理が気の重い作業で残されています。

歳末の哀愁

2017年12月28日 | 塵界茫々


 茫漠とした日を過ごしてきた身も、さすがに数え日に入り慌ただしく過ごしています。
 毎年のことながら、齢を重ねると、時の過ぎる速さをしみじみ哀愁の思いにとらわれてかみしめることです。
 一年を振り返っても、さまざまな出来事も、ネガティオブことばかりが頭をよぎります。今年限りで愛車ともお別れです。変化を余儀なくされる暮らしにも不安がよぎりますが、結局は何とかなるだろうと思える暢気な性分に生まれたことを良しとしています。

 皆様に来る年が充足した安らかな日々でありますようにと祈念致します。
 この一年の、励ましと思いやりの篭るお言葉に感謝して今年最後のブログといたします。



運転免許返上を思案

2017年11月20日 | 塵界茫々
 このところ長年の愛車が不具合で、同乗した娘が変な音がしていると言うし、ハンドルをいっぱいに切るとがくがくして重いので、お世話になっている自動車屋さんに来てもらいました。
 エンジンオイルも正常で、ベルトの弛みもないのだけど、部品の交換が望ましいと言われました。しばらく走るとハンドルの重さは解消されます。車も持ち主に合わせた老化現象のようです。
 娘は、帰省すると必ず、高齢者の引き起こす事故を聞くたび、心配になるし、以前と比べると運転にも不安に感じるときがある。と繰り返しています。

 車を前にもう止め時かと思案する私に「しばらく考えてみてください。決まりましたら部品を手配します」と言って帰られました。
 年を越せば16年となる経年劣化なら、一か所が故障し始めると次々の不具合でしょうから、長年の間、バッテリーとタイヤの交換以外は必要がなかった健康優良児の愛車にもお別れの時が来ているのは確かです。

 娘に、これを期に免許返上をしたほうがいいと強く言われ、自分でも88歳の年齢を考えると、かなり高額の部品交換は止めたとして、新しい車を購入しても、もう慣れる時間は残されていないのだしと、運転が好きでも、不便でも、やはり潮時が来ていると思案します。

 丘の上での暮らしで、最寄りの公共の交通機関を利用するには一番近いバス停まで歩いて10分、JRの駅までも昔は8分で歩けたものものが今は13分かかります。病院通いと買い物をどうするか、タクシーの契約、手配などのシュミレーションなど、やっておかねばならないことが山積です。




銀杏並木

2017年11月12日 | 塵界茫々
 朝夕の冷え込みで木々の紅葉も進んでいるようです。
 晴天が続くこの頃洗濯物を干したあと、庭を歩いてみるとサルスベリやニシキギ、ドウダンツツジが次第に色を変え、鮮やかに色づく姿に慰められます。
 病院の帰りに気に入りのコースを通ると、銀杏並木の黄葉が二十日でもう散り始めていました。
 連れ合いが手術で入院中、毎日通っていた道です。ある日には夕日を浴びて、晶子の歌さながらに「金色の小さき鳥の形して」舞う姿を、通りが少ないのをいいことにして車を停めて見とれていた日を思い出します。もう11年を経過しています。

 つい先日、この通りのすぐ傍のマンションで、自宅の部屋で飼い犬を猟銃で撃って自分も自殺した人がいました。
ストレスの多い現代、心を病む人も増えるようで、悲惨な恐ろしい事件が増えていくようです。







今宵は十五夜

2017年10月04日 | 塵界茫々

 久しぶりの更新です。まだなんとなく気分がすぐれませんが、家事援助のヘルパーさんの回数を増やしていただき、娘にも援けられて少し元気が出て来ました。
 家事や介護は待ったなしなので、うまく気分転換を図らないとすぐ疲れてしまいます。
 何よりも、意欲がわかないのが困ったものです。嘆いていても解決はないので、先ずはと絵筆を取ってみるのですが、想いとは裏腹で、気合の無いものが出来上がります。
 それでも苦しみながらの生産です。

 今宵は十五夜、まだ月は欠けていますがそれでも望月となるのも間近なので、中天には明るく冴えた名月が静かに厳かな光を注いでいます。