日本列島は寒波につつまれていて荒れ模様の天気がつづいているようですが、私たちの団地ではほとんど雪も降っていません。しかし、気温は下がっています。
本当は裏山歩きでもしたいのですが、路面は凍結状態なので、無理しないことにして自宅で雑用を済ませるつもりです。
高千穂の夜神楽を見に行ったのは今回が2回目です。前回は2007年12月8日でした。
前回は夜神楽のことはまったく分からなくて、、、、、、7年たった今ではどこで見たのかも分からない状態でした。
高千穂の夜神楽は11月初旬から翌年の2月初旬にかけて高千穂町の各地の「神楽宿」と呼ばれる、あらかじめ指定された一般の民家に氏神様をお迎えして行われるものです。
しかし、一般の家で神楽をするのはその家の負担も大きく、最近では地区の公民館などで行われることが多くなっているようです。今年は11月8日から2月7日まで、合計20の神楽宿で行われますが、民家を神楽宿にしているのは8ヶ所だけです。半数以上が公民館などで行われていると言うことです。
前回も公民館のようなところで見たことだけは覚えていたのですが、、、、、、、それがどこだったのか????
今回の神楽宿「野方野公民館」にタクシーで行ったときも、初めての神楽宿のつもりだったのですが、、、、、、、上の写真の人を見てハッと思い出しました。
この写真、左が今回のもので右が2007年に写したものです。同じ人でしょう。この人が接待のため私たちの近くに来られたときはじめて「この人は見たことがある」、、、、、、ということに気づいたのです。
うかつと言えばうかつ、偶然といえば偶然ですが、前回と同じ神楽宿に来ていたのです。
今回の12月13日は上押方公民館と野方野公民館で行われることは調べていたのですが、そのどちらに行くのが良いのか分からなくて、地元の観光情報センターに相談して野方野に決めたのです。
結果として同じ神楽宿で同じ人たちの舞う神楽を見たわけですが、それでも良いものは良かったですよ。その神楽の一部です、、、、、、。
徹夜するか、早朝夜明け前に行かないと見ることのできない岩戸開きの舞です。岩戸開きの序曲舞といえる「伊勢」の舞です。
それから「柴引」「手力男」「うずめ」、、、、とつづいてゆくと手元の資料には書かれているのですが、、、、
実際に行われた順番は少し違っていて、そこをどのように理解したらよいのか分からないので、下手なコメントはしないことにします。
「うずめ」といわれる「あめのうずめのみこと」の舞です。「うずめ」の漢字が出てこないのでひらがなのままにしました。
「戸取」といわれる舞で、手力雄命(たぢからおのみこと)が岩戸をはらうところ(写真下)です。
先日書きましたように、13日の20時ころ神楽宿に行き、翌朝の9時過ぎまで見ました。13時間神楽宿にいたことになります。
下の写真を見るとお分かりのように、ここでは外が明るくなっていますね。
この間こころのこもった「ふるまい」をうけました。このふるまいは年に一度降臨された神々と里人が、神人一体になる直会の儀式料理で、その地区の慣習によって行われているようです。
それに要する費用や労力は大変なものがありますから、一夜の氏子としては「初穂料」などを事前に供えるのは当然のことですね。
ホテルで夕食を済ませていってから、手厚いふるまいを受けたので腹はいつも満腹状態、ここで体重が少し増えたようです。それを落とすために少し歩かないといけないのですが、、、、、、、、、この寒波ではねヶ、、、、、、。
本当は裏山歩きでもしたいのですが、路面は凍結状態なので、無理しないことにして自宅で雑用を済ませるつもりです。
高千穂の夜神楽を見に行ったのは今回が2回目です。前回は2007年12月8日でした。
前回は夜神楽のことはまったく分からなくて、、、、、、7年たった今ではどこで見たのかも分からない状態でした。
高千穂の夜神楽は11月初旬から翌年の2月初旬にかけて高千穂町の各地の「神楽宿」と呼ばれる、あらかじめ指定された一般の民家に氏神様をお迎えして行われるものです。
しかし、一般の家で神楽をするのはその家の負担も大きく、最近では地区の公民館などで行われることが多くなっているようです。今年は11月8日から2月7日まで、合計20の神楽宿で行われますが、民家を神楽宿にしているのは8ヶ所だけです。半数以上が公民館などで行われていると言うことです。
前回も公民館のようなところで見たことだけは覚えていたのですが、、、、、、、それがどこだったのか????
今回の神楽宿「野方野公民館」にタクシーで行ったときも、初めての神楽宿のつもりだったのですが、、、、、、、上の写真の人を見てハッと思い出しました。
この写真、左が今回のもので右が2007年に写したものです。同じ人でしょう。この人が接待のため私たちの近くに来られたときはじめて「この人は見たことがある」、、、、、、ということに気づいたのです。
うかつと言えばうかつ、偶然といえば偶然ですが、前回と同じ神楽宿に来ていたのです。
今回の12月13日は上押方公民館と野方野公民館で行われることは調べていたのですが、そのどちらに行くのが良いのか分からなくて、地元の観光情報センターに相談して野方野に決めたのです。
結果として同じ神楽宿で同じ人たちの舞う神楽を見たわけですが、それでも良いものは良かったですよ。その神楽の一部です、、、、、、。
徹夜するか、早朝夜明け前に行かないと見ることのできない岩戸開きの舞です。岩戸開きの序曲舞といえる「伊勢」の舞です。
それから「柴引」「手力男」「うずめ」、、、、とつづいてゆくと手元の資料には書かれているのですが、、、、
実際に行われた順番は少し違っていて、そこをどのように理解したらよいのか分からないので、下手なコメントはしないことにします。
「うずめ」といわれる「あめのうずめのみこと」の舞です。「うずめ」の漢字が出てこないのでひらがなのままにしました。
「戸取」といわれる舞で、手力雄命(たぢからおのみこと)が岩戸をはらうところ(写真下)です。
先日書きましたように、13日の20時ころ神楽宿に行き、翌朝の9時過ぎまで見ました。13時間神楽宿にいたことになります。
下の写真を見るとお分かりのように、ここでは外が明るくなっていますね。
この間こころのこもった「ふるまい」をうけました。このふるまいは年に一度降臨された神々と里人が、神人一体になる直会の儀式料理で、その地区の慣習によって行われているようです。
それに要する費用や労力は大変なものがありますから、一夜の氏子としては「初穂料」などを事前に供えるのは当然のことですね。
ホテルで夕食を済ませていってから、手厚いふるまいを受けたので腹はいつも満腹状態、ここで体重が少し増えたようです。それを落とすために少し歩かないといけないのですが、、、、、、、、、この寒波ではねヶ、、、、、、。