映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「砂男」 有栖川有栖

2025年02月03日 | 本(ミステリ)

単行本未収録

 

 

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都市伝説“砂男”を調べていた学者が刺殺された。
死体にはなぜか砂が撒かれていて……。

奇怪な殺人事件に火村とアリスが挑む表題作など、
これまで雑誌掲載のみとなっていた
幻の〈火村シリーズ〉2作をはじめ、
〈江神シリーズ〉やノンシリーズの
貴重な作品6編が一冊に!

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有栖川有栖さんの、単行本未収録短編集ということで、これは見逃せません。
火村シリーズと江神シリーズが一冊の本に入っているなんて、贅沢すぎです。
といっても最近はほとんど火村シリーズが多いので、
江神シリーズのおなじみ登場人物、望月・織田コンビはなんとも懐かしい!!

 

著者の「前口上」にあるのですが、
本作中には法律の改正や社会情勢の変化によって、
内容が古びてしまったことで、単行本や文庫収録から漏れてしまったものもあるそうです。
確かに、めまぐるしく変わる世の中で人々の心の動きやトリックにも変化が現れますね。
例えば、スマホがある時期と無かった時期とでは、
推理の仕方にもかなりの違いがあるのは容易に想像がつきます。

まあつまり、有栖川有栖さんのシリーズものも、
それくらい長きにわたって描き続けられているということでもあります。

 

表題作「砂男」は、都市伝説“砂男”を調べていた学者が刺殺されたというもの。
しかも、その死体には砂がふりかけられていた・・・。

元々は西洋で語られている話、砂男。
夜寝付けずにいると、砂男が来て、パラパラと砂を振りかけるというのです。
もしその砂を振りかけられたら、深い眠りに落ちてしまう。

ところが作中で語られる日本の都市伝説は、
砂をかけられたら2度と目が覚めない、すなわち死んでしまうのだと・・・。

「口さけ女」を代表とするこのような話が、どこから生じてどのように広まっていくのか、
確かに研究すると面白そうですね。
ただ、それこそ現在であれば、SNSであっという間に拡散する都市伝説。
なんだか夢がないなあ・・・。

 

「砂男」 有栖川有栖 文春文庫

満足度★★★.5


晴れたらいいね

2025年02月01日 | 映画(は行)

戦時中、フィリピンのジャングルで

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テレビ東京開局60周年特別企画ドラマ。

「晴れたらいいね」といえば、ドリカムのあの曲でしょう・・・と思ったのですが、
ストーリーはそれとはまったく関係しません。
が、しかし、太平洋戦争の戦時下が舞台のこの作品で、
そのドリカムの曲が出てくるという驚き。
やってくれますね。

 

令和6年、夏。
高橋紗穂(永野芽郁)は、中堅の看護師。
仕事はすっかり習熟しているものの、きついばかりで報われることは少なく、
テンションが低くむなしさを感じています。
この病院の入院患者に、かつてここの名誉婦長だった雪野サエがいて、
今は寝たきりとなっています。
紗穂はある時、サエに一方的に自身の悩みを吐露していたのですが、
そんな時に大きな地震が発生。
紗穂は意識を失って、目を覚ますとそこは病室ではなくて、ジャングルの中。
見慣れない白衣を着た女性たちが紗穂をのぞき込んでいて、
「サエ」と呼びかけるのです。

 

紗穂は昭和20年のフィリピンにタイムスリップ。
なぜか若き雪野サエの姿になっていたのです。

彼女らは従軍看護婦としてこのフィリピンの戦場に来ていて、
負傷した兵士の看護に当たっていたのでした。

過酷な環境で、ろくな設備もない。
けれど使命感に満ちて懸命に仕事に立ち向かおうとする彼女たちを見て
紗穂も意識が変わっていく・・・。

 

紗穂が自分がタイムスリップしたと気づいたときに思うことがステキ。

これはあれ、夏になるとよくテレビで放送するヤツで、
現代の若者がタイムスリップして戦時中に迷い込んじゃうっていうベタなヤツ・・・?

 

確かに、そういうベタな設定なので、
脚本家もそのようにコメントを入れるしかなかったのか・・・? 
あ、ちなみに岡田惠和さん脚本です。
そのベタな設定の中で、いかに人々のつながりや自身のあり方を問うていくのかが、
腕の見せ所というわけですね。

実際、ちょっと泣かされるシーンもあったりして、感動的なドラマでした。

 

<Amazon prime videoにて>

「晴れたらいいね」

2025年/日本/111分

監督:深川栄洋

原作:藤岡陽子

脚本:岡田惠和

出演:永野芽郁、芳根京子、萩原利久、江口のりこ、稲垣吾郎

 

絆度★★★★★

満足度★★★★☆

 


愛に乱暴

2025年01月31日 | 映画(あ行)

正気と狂気のはざま

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桃子(江口のりこ)は、夫・真守(小泉孝太郎)と共に、
真守の実家の敷地内に建つはなれで暮らしています。
子どもはいなくて、夫は妻に無関心。
義母・照子(風吹ジュン)とは表向きうまくいっているけれど、
桃子はストレスを抱えています。

桃子は手作り石けん教室の講師で、お小遣い程度の収入を得ているだけで、
ほとんど専業主婦。
手の込んだ献立を作り、人知れずゴミ置き場の掃除をしたり・・・、
丁寧な生活を心がけているのです。

しかし、薄々気づいていた夫の不倫がいよいよ表沙汰になり、
桃子の日常が徐々に平穏を失っていきます。

 

桃子の一番の心の重りになっていることは、子どもがいないということなのでしょう。
いつも庭に迷い込んでくる猫を気にしているようなのも、
子どもに向ける愛情を持って行く先がないから?などと思えたのですが。

次第に心の平衡を失っていく桃子を見ていると、
人の心の正常と異常、正気と狂気の区分が分からなくなってきます。
本来そんなことは線引きできるものではないのでしょう。

桃子がチェンソーを購入したときには実にゾッとしてしまったのですが、
まあ、スプラッタ作品にはなりませんので、ご安心を。

そして、いよいよもうダメか?というときに、
思いも寄らない人から言われたことが彼女をすくい上げます。

なるほど・・・。
さすが吉田修一作品。

実にうまく人の心をすくい取りますね。

<Amazonプライムビデオにて>

「愛に乱暴」

2024年/日本/105分

監督:森ガキ侑大

原作:吉田修一

出演:江口のりこ、小泉孝太郎、風吹ジュン、馬場ふみか、青木柚

 

心の不安定度★★★★☆

満足度★★★★☆


雪の花 ともに在りて

2025年01月29日 | 映画(や行)

医師としての使命に燃えて

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江戸時代末期。

疱瘡(天然痘)は、有効な治療法がなく多くの命を奪ってきました。
福井藩の町医者、笠原良策(松坂桃李)は、
疱瘡の流行の折、なすすべもなく何もできなかったことを悔しく思っていたのです。
ある時、疱瘡に有効な「種痘」という予防法が異国から伝わったことを知ります。

笠原は、京都の蘭方医・日野(役所広司)に教えを請い、
私財をなげうって必要な種痘の苗を福井に持ち込みます。
しかし、天然痘の膿をあえて体内に植え込むという種痘の普及には、様々な困難が・・・。

天然痘の予防法というのはまさに世界を変える画期的なものですね。
でも、それが人々の間で当たり前に受け入れられるまでには、
様々な困難があったことは想像に難くありません。

この時代、種痘はすでにヨーロッパや隣国・唐で普及していたのですが、
鎖国のため日本に入るのが遅れていたわけです。
外国との窓口は長崎のみ。
種痘の苗を入手するにも、まず幕府の許可が必要だし、
実際の輸入と、国内移動にも困難が山ほど・・・。
なにしろ“苗”は生ものなので、普通に物品を運搬するのとは別なのです。

それにしても、役人の事なかれ主義とやる気のなさが第一の障害とはなんともはや・・・。

それでもようやく、福井まで苗を持ち込むことに成功。
しかし今度は、誰も接種しようとしない。
無理解、というよりほとんど恐怖なのは分かる気もしますが。

これらの困難に立ち向かう笠原の物語。
その強い意志こそが美しい。

妻・千穂(芳根京子)は、ただ貞淑な妻ではなくて、
ちょっと強くてカワイイところも気に入りました。

全体を通すと、あまりにも正しくて良作なのが逆に物足りなかったりする・・・。

 

<シネマフロンティアにて>

「雪の花 ともに在りて」

2024年/日本/117分

監督:小泉尭史

原作:吉村昭

出演:松坂桃李、芳根京子、三浦貴大、宇野祥平、坂東龍汰、吉岡秀隆、役所広司

困難度★★★★☆

達成度★★★★☆

満足度★★★☆☆


「一遍踊って死んでみな」白蔵盈太

2025年01月27日 | 本(その他)

念仏はロックだ!

 

 

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娯楽がない鎌倉時代、人々に刺激を与えたのは踊り念仏だった。
家族も財産もすべてを捨てて阿弥陀仏の導きに従う一遍は、
念仏を唱えて日本全国を行脚する。
一遍とともに僧達が床板を叩く足音のリズム、
次第に加速する念仏、上昇する心拍数を表すかのような鉦の音。
時衆が繰り広げる激しいパフォーマンスは、見る者の心を鷲掴みにする。
念仏はロックだ! 
破天荒かつ繊細な捨聖、一遍の物語。

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白蔵盈太さんは、日本の歴史の常識を覆す、
ユニークな解釈で物語を展開する作家さん。
私は、赤穂浪士事件にかかわるものくらいしか拝読していなかったので、
このたび、本作を手に取りました。

 

まずは、いきなり現代の高校生ヒロがタイムスリップして、鎌倉時代に迷い込みます。
そんな彼が出会ったのが、一遍。
一遍と彼が引き連れる一行が繰り広げる「踊り念仏」に心を奪われ、
彼もこの地方行脚の旅に同行することになります。

 

現代から鎌倉時代にタイムスリップしたヒロが見た「踊り念仏」は、
ほとんどロックフェス。

鉦や太鼓が生み出すリズム。
それに合わせて床を踏みならす音。
リリックは「南無阿弥陀仏」ただそれのみ。
舞台の全員が、そしてその聴衆も、次第に無我となり踊り狂う。

ヒロが語るこの物語は、仰々しい時代劇調の言葉使いは出てこなくて、現代の口語。
一遍の語る言葉も、小難しい宗教用語は出てきません。
けれど結局、一遍という1人のたぐいまれな信念の人の生涯をたどり、
主な思想を理解できるように描かれています。

また、鎌倉時代の大まかな仏教の流れについても、わかりやすく描かれています。
著者によるこの時代の仏教は、NWOKB。
すなわち、ニュー・ウェーブ・オブ・カマクラ・ブッディズム。
それまでの仏教は朝廷や貴族たちのためのもの。
日頃よい行いをして功徳を積んで、お寺に寄進して、ようやく救済が得られる。
しかし、貴族たちの権威が失墜し、武士の世となり、
既存の仏教を破戒するエネルギーを持った新たなスタイルの仏教が
力を付けていったというわけ。
法然、親鸞、栄西、道元、日蓮・・・。

一遍は、このNWOKBでも最も後発組で、
すでに念仏のみで人は救済されるという思想はかなり広がっていたようなのですが、
家族も財産もすべてをかなぐり捨てて行脚の旅に出るという、
ひたすら実践に務めた一遍が繰り広げる踊り念仏は、
多くの人々の心をひきつけたのでした。

 

踊り念仏=ロックフェスというのはあくまでも著者の創造ではあるけれど、
聴衆を巻き込んで踊り狂うという事象は、
確かにロックフェスに似たようなものだったのかも知れません。
特に、その時代、一般庶民に娯楽など何もなかったわけですし。

本当の「踊り念仏」は、ともかくとして、
ヒロの描く踊り念仏のフェスを実際に見てみたいなあ・・・。

 

「一遍踊って死んでみな」白蔵盈太 文芸社文庫

満足度★★★.5