映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

そして、バトンは渡された

2021年11月12日 | 映画(さ行)

何度も押し寄せる感動の波

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第16回本屋大賞受賞作の映画化。
ということで、原作は読んでいました。
そこではもちろんいたく感動したわけですが、
だからこそあえて映画を見るまでもないかと思ったのですが、
やっぱり気になるので拝見。

いやはや、映画化されてますます心揺り動かされるということもある、
という見本みたいな作品です。

優子(永野芽郁)は、料理上手な義理の父・森宮さん(田中圭)と2人で暮しています。
高校3年の彼女は、卒業式にピアノで演奏する「旅立ちの日」を猛特訓中。

さてまた一方、幼いミイちゃんはお母さんを病気で亡くし、
新しいお母さん、梨花さん(石原さとみ)を迎えます。
お父さん(大森南朋)は仕事でブラジルへ行ってしまいましたが、
梨花さんはブラジル行きを拒み、ミイちゃんと共に日本に残って暮し始めます。
その後、梨花さんは夫を何度も替えながら、自由奔放に生き始めて・・・。

原作を読んだ方なら、優子とミイちゃんの関係は始めから知れるわけですが、
そうでない方なら、次第に見えてくる真相に驚きを感じることでしょう。
こうした企みに、はまってみたかったなと、
原作を知っていたことをちょっと後悔しました。

梨花さんはその後、結婚した森宮さんの元から姿を消してしまい、
全く血のつながらない森宮さんと優子が残されて生活を続けたわけです。

結局3人の父親と2人の母親を持つことになった優子。
学校の教師は、家庭環境に問題ありとして、過度な気遣いをしたりします。
けれど優子自身はその都度の父親から、十分以上の愛情を受けて来ていたのですね。
ただ一つ、心に傷を受けていたのは、
あんなに大好きだった梨花さんが突然理由も告げずにいなくなってしまったこと。

梨花さんはそんなにも束縛される結婚生活がイヤだったのか? 
ただ自由奔放な人だったのか・・・?

真相が知れる所ではもう、涙腺崩壊。
いえ、そこだけではありません。
ラストだけではなく要所要所で感動の波に何度も襲われます。
マスクぐっしょりです。

本を読んだときにも感動はしたのですが、
こんなには泣かなかったと思います。
映画としての完成度が高いということなのかもしれません。

梨花さんのことばかりではなく、優子の恋模様もまたいいですよ。
ピアノを弾く早瀬くん(岡田健史)、カッコイイ!! 
彼とのことも、実は幼い頃の出来事に関係していたというのもまた、良かった。

 

余談ではありますが、優子のおべんとう作りにも余念のない森宮さん。
彼の作るたこさんウインナーは、あの真っ赤に着色したマズ~いウインナーではなく、
ちゃんとまともなウインナーだったことにイイネを押したくなりました。

 

<シネマフロンティアにて>

「そして、バトンは渡された」

2021年/日本/137分

監督:前田哲

原作:瀬尾まいこ

出演:永野芽郁、田中圭、岡田健史、石原さとみ、大森南朋、市村正親

親子愛度★★★★★
感涙度★★★★★
満足度★★★★★


「クロス・ボーダー」サラ・パレツキー 

2021年11月11日 | 本(ミステリ)

弱者の味方、ヴィクの奮闘

 

 

 

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私立探偵ヴィク、4年ぶりの帰還!

小さな仕事をさばきながら、何とか糊口をしのいでいる探偵ヴィクのもとに、
一本の電話がかかってくる。
それは親友ロティの又甥が殺人容疑をかけられているというものだった。
彼を助けるために調査を始めた彼女だったが、そこにまた別の事件が持ち込まれる。
ヴィクの姪リノが失踪したというのだ。
期せずして彼女はふたつの事件を同時に追うことになるが……
弱きを助け強きを挫く、V・I・ウォーショースキー堂々の帰還! (上)

事件の捜査を進める中、ヴィクはリノの妹とともに謎の男たちに襲われてしまう。
傷を負った彼女はボロボロになりながらも
自身の追う殺人事件と失踪事件が互いに関係している可能性に思い至る。
そしてそれらを結びつける鍵を握っているのは、彼女の元夫ディックだった!
彼の周辺を調査していくうちに華やかなシカゴの街の裏に潜む巨悪の姿が見え始め……。
複雑な事件に立ち向かうヴィクの雄姿を描くパレツキーの会心作! (下)

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久しぶりに探偵ヴィクの物語。
前作からは4年ぶりですか。

今回はヴィクの元に一度に二つの依頼が舞い込みます。
依頼というよりも、身内がらみの事件なのですが。
一つはヴィクの親友ロティの甥が殺人容疑をかけられているが
彼が犯人のわけもなし、なんとか調べて解決して欲しいというもの。

そしてもう一つは、ヴィクの姪リノ(正しくは別れた旦那の姪)が失踪したので、
行方を捜して欲しいというもの。

全く別々のことながら、これがまあ物語なので、
いつしかこの話は根っこの方でつながりを見せ始めます。
巨悪に敢然と挑むヴィクはやっぱり頼もしい!!

 

本作の大きなテーマは移民問題。
訳者のあとがきでも引用されていますが、
「おまけに、アメリカ大統領が移民を迫害しはじめ、
怯えた羊みたいに集めて逮捕するものだから・・・」
などという文章もあって、著者はかなりトランプ大統領に批判的だったようです。
とりあえずは政権交代で、こうした様相は少しは変化があったのでしょうか・・・?

 

さて、これも訳者が指摘していますが、私も気づいていました。
ヴィクは物語上で年を取ることを止めたようです。
40を過ぎた頃からヴィクは、自分の年齢を自覚するようなセリフが多かったのですが、
近頃では、若くはないのは確かながらも、詳細な年齢は描かれていません。
サザエさんやコナンくんと同じ世界の住人になったようです。

まあ、それはそうですよね。
いくら何でも50代のヴィクなんて、アクションはやはり無理でしょう。
でもそのおかげでミスタ・コントレイラスと
二匹のワンコたちがいつまでも元気なので、そこは嬉しい。

そしてまた何より、前作で長年の恋人ジェイクと別れたヴィクですが、
本作でいい人がまた現れました! 
今度は考古学者でオリエント研究所所長のピーター・サンセン。
恋愛沙汰が様になるのはやはり40代くらいまで・・・、かな。
彼は、ヴィクの勇ましさを気に入ったようなので、
これは長持ちするかも、いえ、して欲しいです。

次作も楽しみです。

「クロス・ボーダー」サラ・パレツキー 山本やよい訳 ハヤカワ文庫

満足度★★★★☆


極道めし

2021年11月10日 | 映画(か行)

獄中のうまいもの自慢

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土山しげるさんのコミックの映画化。

栗原健太(永岡佑)が入所した刑務所のとある獄房が舞台です。
一部屋に5人が収監されています。
お正月の一月ほど前、何やら盛り上がる彼ら。
それは、おせち料理の争奪をかけて、
自らの経験した一番うまいもの自慢のバトルをしようというもの。
各自のこれまでで一番おいしかったと思うものを語り、
その語りにはまってつばを飲み込み、ゴクリと喉を鳴らす者が一番多かった人が勝ち。
そうすると全員からおせち料理を一品ずつもらえるというのです。
まことにささやかで子供じみたやりとりではありますが、
変化のない刑務所暮らしで出来る楽しみといえばこれくらいなのかも知れません。

彼らが語る食べ物は、こんな場所に流されてきた面々ですので、
高級なフレンチなどではなく、ごく一般的な食べ物。
カレーオムライス、卵かけご飯、海鮮バーベキュー、すき焼きなど・・・。

食べることを語ることはすなわち人生を語ること。
一人一人の辛い過去などを浮き彫りにしながら、なんとも食欲をそそる話が満載。
今、自由に食事を選べない彼らにとって、酷な気がするくらいです。

そんななかで一番新米の健太は、この賭けに参加することも拒んでいたのですが、
彼に届いていた手紙が元で喧嘩になってしまった事件を経て、
ついに語り始めます。

それは、ラーメン屋をいつか開きたいと思っている健太の彼女が、
最後に健太に作ってくれたラーメンでした。
インスタントラーメンではありますが、
あり合わせを利用したちょっと変わった仕立てだったのです。

一緒にいるときは、邪険にしてしまった彼女。
でも獄中にあっては、健太のためにいつも尽くしてくれたことが思い出されて身にしみるのです。

食べ物のことのみならず、こうしたストーリーがあるのも興味深いところですね。
結局彼女から来た手紙が、「待っている」というものだったのか、
「さよなら」を告げるものだったのか、
最後の最後まで分からないところがミソでした。

健太には、ちょっとしょっぱいラーメンだったかも・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「極道めし」

2011年/日本/108分

監督:前田哲

原作:土山しげる

出演:永岡佑、勝村政信、落合モトキ、ぎたろー、麿赤兒、木村文乃、田中要次

 

コミカル度★★★★☆

食欲増進度★★★★☆

満足度★★★.5

 


スーサイド・ツーリスト 囚われの旅行者

2021年11月09日 | 映画(さ行)

自殺志望者を支援する場所・・・

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日本未公開のミステリアスな作品。
いかにも北欧風のひんやりした肌触りの作品です。

 

保険会社で働くマクスは、あるとき自分に治療不能な脳腫瘍があることを知ります。
このままではいずれ妻に負担をかけることになってしまう。
そう思った彼は何度か自殺を試みるのですが、挫折。
そんな時、自分のクライアントを通じて“ホテル・オーロラ”という所の存在を知ります。
そこは、自殺したいとのぞむ人々に協力する施設。
さっそくマクスが申し込みをすると、飛行機に乗せられて
人里離れたホテル・オーロラに到着します。

 

そこは自殺志望者がその日までを過ごす場所。
死に方(安楽死)や埋葬の方法は事前にスタッフと相談し、
遺言のためのビデオ撮影もしてもらえます。
若干不安を覚えながらも、幾日かをそこで過ごすマクス。
ところがあるとき何者かが書いた「逃げろ」というメッセージを見つけてしまいます。

ここには何かの秘密がある・・・。
それは一体・・・???

 

どちらにしても死ぬつもりならば、何があっても恐くはないのでは・・・?
とも思うわけですが、いえ、やはり出来れば苦痛は避けたいし、
死後もできれば普通並みに静かに埋葬されたい。
そんな希望が叶わないのなら、やっぱり死ぬのは止めたい、
そんな気持ちの揺らぎもあるのですね。

しかしこの施設の恐ろしい所は「解約なし」というところ・・・。
まあ、マクスの場合ほおっておいてもいずれ病で命を失うことにはなるわけですが。
でも、約束が違うよ~ってことになっても、なおも解約できないというのはつまり、
自殺補助ではなく、殺人ということで。
本人の気持ちの問題ではあるけれど、でもそこが一番大事なんですね。

 

で、本作で恐いのはそのことと合わせて、
なんのためにこの施設ではそうまでして自殺者を求めているのか、という所なのです。
それが分かると、じわじわと恐いです・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「スーサイド・ツーリスト 囚われの旅行者」

2019年/デンマーク・ノルウェー・ドイツ/90分

監督:ヨナス・アレクサンダー・アーンビー

出演:ニコライ・コスタ=ワルドー、ツバ・ノボトニー、ロベール・アラマヨ、ヤン・ベイブート

 

サスペンス度★★★★☆

満足度★★★.5

 


劇場版 きのう何食べた?

2021年11月08日 | 西島秀俊

イチャイチャ、ほっこり

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テレビドラマ「きのう何食べた?」のキャスト&スタッフで映画化した劇場版。
テレビドラマの大ファンでしたので、もちろんこちらも拝見。

シロさん(西島秀俊)の提案で、ケンジ(内野聖陽)の誕生日プレゼントとして
京都旅行に来た二人。
夢のような時間を過ごすうちに、ケンジはあまりにもシロさんが優しいので、
逆にこれは何かあるのでは?と疑ってしまうケンジ。
確かにその日、ケンジにとってはちょっとショッキングな話があったのでした・・・。

このドラマはいつもあまりにもほっこりしているので、
ゲイへの偏見などという問題はほとんど忘れているのですが、
一番身近で彼らと向き合うのが、シロさんの両親、特に母親なんですね。

シロさんの実家には以前ケンジも行って、
2人の関係を説明しつつ両親に理解を求めたのでした。
その時はとまどい驚きながらも、一応分かってくれたように思えた父母。
でも頭で理解したことと心から納得することは別物でもあったようで・・・。

これは誰を責めることも出来ないでしょう。
実家とはつかず離れずの距離を保っていくというのが正解なのかも知れません。

さてそれにしても、さすが劇場版。
シロさんの仕事(弁護士)のこと、ケンジの実家のことなど、
テレビドラマでは出てこなかったシーンが見られたのが嬉しい! 
そしてまた、ケンジが職場(美容室)の同僚と親しくしているのに嫉妬するシロさん、
という珍しいシーンも見られました。



ケンジの密かな悩みも切実ですよね! 
金髪のケンジも悪くないし、そこにサングラスをつけると、
いや~、さすがの内野聖陽さんでカッコイイ!!



小日向さん(山本耕史)とジルベール(磯村隼斗)もご健在で、なにより。

そしてもちろん、作り方付きの調理シーンや
おいしそうな食事シーンにわくわくさせられて・・・。
りんごのキャラメルソースをトーストにのせて、さらにアイスクリームをのせて・・・
これ、ぜったいやってみたいです。

 

幾分波風は立つけれど、やっぱりほっこり感満載のケンジとシロさん。
楽しかった!!
本作、腐女子でなくとも楽しめるところがいいのです。

 

ケンジの若き同僚役は、最近毎朝見ている松村北斗さんじゃありませんか!!
ヘアスタイルでずいぶんイメージも変わるものです。

 

<シネマフロンティアにて>

「劇場版 きのう何食べた?」

2021年/日本/120分

監督:中江和仁

原作:よしながふみ

脚本:安達奈緖子

出演:西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村隼斗、田中美佐子、松村北斗

 

ほっこり度★★★★★

満足度★★★★☆

 


「レベレーション 啓示 6」山岸凉子

2021年11月06日 | コミックス

ついに「解放」される、ジャンヌ

 

 

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フランスの王位継承をめぐるイギリスとの百年戦争のただなか。
「フランスへ行け。王を助けよ」との啓示をうけた
ジャネットことジャンヌ・ダルクは連戦連勝。
王太子の戴冠式をランスで行う。
しかしコンピエーニュの戦いで捕虜となり、
1万リーブルの身代金と引き換えにイギリスに引き渡され異端審問にかけられる。
主と自らの解放を信じるジャンヌだが、その時は迫っていくーー! 
ジャンヌ・ダルク×山岸凉子最終巻! 
巻末には「逃げるは恥だが役に立つ」の海野つなみ氏との特別対談を収録。

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本巻、最終刊です!! 
昨年12月に出ていたというのに、気づいていなかったなんて、何という不覚!!
でもこれ、本当に読むのが辛いです・・・。

 

イギリスに引き渡され、異端審問にかけられるジャンヌ。
寒い地下牢に手かせ足かせで閉じ込められるという環境で、
それでも彼女は生き抜いています。
くじけそうになるジャンヌに聞こえた主の声、
「汝は解放される」を信じ、ひたすら耐えていたのですが・・・。

さすがの彼女も、これまで聞いていた神の声は、
自分の幻想だったのではと疑い、神などいないと、絶望に駆られることも・・・。

しかし、ある神学生が言うのです。

「解放される、というのにはもう一つの意味がある。
肉体からの魂の解放・・・すなわち、死」

このことでジャンヌはやはり自分は神に見護られていると確信するわけですね。

 

まあ、始めから結果は分かっていることとはいえ、
ジャンヌがどのような気持ちで死に臨んだのか、そこが重要な所です。

著者が、彼女にとっての最大の幸福を最後に用意してくれたことに感謝。
泣けました。

 

結局ジャンヌはフランスの英雄というよりも、
徹底して神を信じる者であったのだと思います。
特にラストは、まるでキリストを思わせるようでもありました。

 

「レベレーション 啓示 6」山岸凉子 講談社モーニングKC

満足度★★★★☆

 


Arc アーク

2021年11月05日 | 映画(あ行)

限りなき生は喜びか?

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SF作家ケン・リュウの短編小説「円弧(アーク)」の映画化。
ケン・リュウさんはほんの少ししか読んでいない私ですが、
本作はその世界感をうまく再現していると思いました。

生まれたばかりの息子と別れ、放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)。
あるとき、「ボディワークス」という仕事をしているエマ(寺島しのぶ)という女性と出会います。
ボディワークスというのは、最愛の人を亡くした人のため、
遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術するもの。
リナはエマを師としてその技術を身につけていきます。
一方、エマの弟で天才科学者の天音(岡田将生)は、
ボディワークスの技術を発展させた不老不死の研究を進めていました。

時を経て30歳になったリナ。
リナと天音は研究が実った不老不死の処置を受け、永遠に年を取らない体となります。
そしてやがてこの技術は世界中に広まり、
不老不死が当たり前のものになっていく。

しかし、中には不老不死を拒み、老化しながら最後の時を過ごそうとする人々もいます。
90歳近いリナは、30歳の若さのまま、
そんな人々が集うとある島の施設で人々の世話をして暮していました。
リナはここで、とある老人と出会う・・・。

不老不死は人類の果てない夢ではありますが、
そんなことが実現するとしたら、人生の意味は
これまでとは全く違ったものになってしまうでしょうね。
中には果てしない生に倦み疲れてしまう人もいそうです。
本作中でも「自殺者が増加している」というようなことも言われていました。
どこまでも終わりのない道を思うと、逆に意欲がなくなりそうな気もします。
いつか終わりがあるからこそ、生は輝いたものになると言えるかもしれません。

本作、途中からモノクロになるのです。
それはリナが不老不死の体になってからのこと。
不老不死と引き換えに人生の彩りを失ってしまったかのようです。

人の生と死の意味を私たちに投げかける、印象深い作品。

 

「Arc アーク」

2021年/日本/127分

監督:石川慶

原作:ケン・リュウ

出演:芳根京子、寺島しのぶ、岡田将生、清水くるみ、井之脇海、小林薫、風吹ジュン

 

問題提起度★★★★☆

満足度★★★★☆


ストックホルム・ケース

2021年11月04日 | 映画(さ行)

犯人に感じる共感・連帯感

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誘拐・監禁事件の被害者と加害者が長い時間をともにすることで、
犯人に対して連帯感や好意的な感情を抱いてしまうという“ストックホルム症候群”。
本作はその語源となった事件を題材にしています。

何をやってもうまく行かない悪党ラース(イーサン・ホーク)。
自由の国アメリカに逃れるため、ストックホルムの銀行に強盗に入ります。
ビアンカ(ノオミ・ラパス)という女性ら3人を人質に取り、
刑務所に収監されていた仲間のグンナー(マーク・ストロング)を釈放させて仲間に加えます。
ラースは人質と交換に金と逃走車を要求。
しかし、警察は彼らを銀行に閉じ込める作戦をとり、事態は長期化していきます。
そんな中、犯人と人質の間に不思議な共感が芽生え初め・・・。

監禁被害者が犯人に対して共感を抱き始める、というのは、
本作を見ればなるほど確かに、とすごく納得できる気がします。

一応犯人が積極的には自分たちを傷つける意志がない、という前提ではありますが、
こんな時に外部の警察は何もしてくれず、
そればかりか自分たちの命を軽んじているようにすら思える。
それに引き換え身近にいるこの人たちは、
一応話は通じるし、長く時間を共有し、時には時間つぶしにゲームを共にしたりして、
親しみを感じてしまうわけですね。

ビアンカはラースの提案に乗って、防弾チョッキを着て
ラースに撃たれたフリ、死んだフリまでして見せます。

人と人との心の距離というのは実に不思議なものです。

ラースはアメリカに憧れ、ロン毛のかつらにカウボーイハット、サングラス。
ボブ・ディランを歌ってみせる。

チョッピリおかしみのある興味深い作品です。

 

<WOWOW視聴にて>

「ストックホルム・ケース」

2018年/カナダ・スウェーデン/92分

監督:ロバート・バドロー

出演:イーサン・ホーク、ノオミ・ラパス、マーク・ストロング、ビー・サントス

 

歴史発掘度★★★★☆

満足度★★★.5

 


テーラー 人生の仕立屋

2021年11月03日 | 映画(た行)

人生の転機。いつだってダメということはない。

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アテネで36年間、父と共に高級スーツの仕立屋を営んできたニコス(ディミトリ・イメロス)。
ところがここに来て、不況で店は銀行に差し押さえられ、
ショックで父は倒れてしまいます。
待っていても客は来ないと思ったニコスは、手作り屋台で移動式の仕立屋を始めます。
しかし、道ばたで高級スーツが売れるはずもありません・・・。

そんなある日、通りがかりの人からウェディングドレスをつくって欲しいと頼まれます。
ニコスは隣人の母子に手伝ってもらい、
女性服の仕立てを学びながら人生初のウェディングドレス作りに挑みます。

ニコスはひたすら実直、きまじめ。
こんな性格が高級紳士服の仕立てにはまさにピッタリだったのでしょう。
けれど、女性向きの美しいドレスを作るセンスも持ち合わせていたようです。
ニコスの屋台では、ウェディングドレスだけでなく
比較的安価な女性用のワンピースなども扱うようになり、
なかなかの人気になっていきますね。

ニコスの父は始め、屋台で服を売ること、
しかも女物の服を作ることなど堕落でしかないと思っていたのです。
長く紳士服を作り続けたことに誇りと自信を持っていた。
でも次第に女性服を作る息子の本気度を理解していくようになる。

息子は息子。
自分と同じ道を歩まなければならないということはないのだ・・・。
そういうことですね。

サイドストーリーとして、ニコスとその隣人の人妻の恋。
2人は服を作るということにおいて、等しい価値観を持っているようです。
こういう形の2人は理想型でもあるけれど・・・。

日常生活に必要以上に大きな波風を起こしたくない
女性の気持ちもまた、確かなんですね。

ここの娘は、母とニコスが怪しい関係になるのがイヤだ、
というよりも、ニコスが自分よりも母を好きなのがイヤだったのかも知れません。

人生の彩りはどんなところで現れるか分からないものです。
様々なウェディングドレスは見ているだけでもステキでした。

 

<シアターキノにて>

「テーラー 人生の仕立屋」

2020年/ギリシャ、ドイツ、ベルギー/101分

監督:ソニア・リザ・ケンターマン

出演:ディミトリ・イメロス、タミラ・クリエバ、タナシス・パパヨルギウ、スタシス・スタムラカトス

 

人生再生度★★★★★

満足度★★★.5

 


「フーガはユーガ」伊坂幸太郎

2021年11月02日 | 本(ミステリ)

双子の兄弟が織りなすミラクル

 

 

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伊坂幸太郎史上もっとも切なく、でも、あたたかい。
僕たちは双子で、僕たちは不運で、だけど僕たちは、手強い。
双子の兄弟が織りなす、「闘いと再生」の物語

常盤優我は仙台市内のファミレスで一人の男に語り出す。
双子の弟・風我のこと、幸せでなかった子供時代のこと、そして、彼ら兄弟だけの、
誕生日にだけ起きる不思議な現象、「アレ」のこと――。
ふたりは大切な人々と出会い、特別な能力を武器に、邪悪な存在に立ち向かおうとするが……。
文庫版あとがき収録。
本屋大賞ノミネート作品!

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伊坂幸太郎さんのミラクルワールド。

優我(ユーガ)と風我(フーガ)という双子が主人公です。
彼らは父親から常に暴力を受けながら成長しました。
そんな彼らにはある秘密の力があります。
それは年に一度誕生日にだけ起こる。
二時間おきに彼らの立ち位置が入れ替わってしまうのです。

例えばAさんと向かい合っていたユーガと、道を散歩していたフーガが、
一瞬で入れ替わってしまう。
ユーガとフーガは普通の人なら見分けがつかないくらいそっくりなので、
Aさんは突然ユーガが立ち上がって、
場合によっては服まで着替えたように見えて、驚いてしまう。

こんな能力は不便なだけのようにも思えるのですが、
そこがそれ、伊坂幸太郎ワールドですので、
彼らはこのことを利用して様々なピンチを乗り越えていくのです。

 

それにしても、この二人が受けるいわれのない父親からの暴力や、
ある少女の受ける虐待など、読み進むにはつらすぎる描写も多いのです。
私はフィクションだとしてもやはりこういうシーンは苦手で・・・。
もちろん、やられっぱなしではないですけれど。

でもやはりショッキングなできごともあって、なかなか切ないのです。
ムチャクチャ心を揺さぶられます。

 

「フーガはユーガ」伊坂幸太郎 実業之日本社文庫

満足度★★★★☆