映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「じい散歩」藤野千夜

2023年09月11日 | 本(その他)

妻に触れないジイサン

 

 

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夫婦あわせて、もうすぐ180歳。
中年となった3人の息子たちは、全員独身――。

明石家の主、新平は散歩が趣味の健啖家。
妻は、散歩先での夫の浮気をしつこく疑っている。

長男は高校中退後、ずっと引きこもり。
次男はしっかり者の、自称・長女。
末っ子は事業に失敗して借金まみれ。

……いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく。
飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に沁みる、現代家族小説の白眉。

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本作、散歩好きの老人ののどかな日常を描いたものかな、
と思いつつ読み始めましたが、そうではありませんでした。

主人公、新平は全く食えないジイサンです。
夫婦合わせてもうすぐ180歳という、高齢の夫婦。

長男は高校中退後、引きこもりのまま。
次男はしっかり者のゲイで自称「長女」。
3男は事業を興すも失敗し借金まみれ。
3人皆独身。

しかしまあ、今時こんなことは珍しいというわけではありません。
この夫婦も、必要以上にこの事態を不幸とは思わず、
淡々と受け入れているようでもあります。
そこはいいですね。

新平は朝からストレッチにいそしみ、健康に配慮した食事をとって、日課の散歩。
かなりの距離を歩いてふらりと良さそうな喫茶店に立ち寄ったりして、
なかなか有意義な時を過ごしています。
そしてその後、今は仕事もしていないけれど、かつての仕事場は残してあって、
そこで1人気ままな時を過ごす。
部屋の棚にはこれまでのコレクション、怪しげな本やらビデオやらがびっしりなのですが・・・。

 

ふむ。
まあここまではいい。
お元気そうで好きなコトして過ごして・・・。

ところが奥様のほうは、運動は嫌いでほとんど出歩かない。
それでちょっと太り気味。
おまけに近頃少しボケてきていて、新平が出かける度に
「誰と会うのか?」と浮気を疑う。
散歩に行くだけといくら説明しても、納得しない。
・・・というのも、実のところかつて新平は実際に浮気をしていた時期があるのです。
そういうときの思いを引きずってなのか、
今、ボケてそのことに余計執着してしまっている妻・・・。

今までこんな風なボケ方をする人の話は読んだことがないなあ・・・、
そんなこともあるのか、と思うしだい。

しかしさらに読んでいけば、確かに、新平は今になっても女あしらいがうまいというか、
いかにも以前はモテた感じなんですよね。
それなのに、妻に対しては無関心。
というか、明らかに他の女性に対しての心遣い以下。

そしてさらに、ある時、妻が倒れたときの、新平の驚きの言動は・・・!

いや正直、それはないと思いました。
紹介文に「ユーモアと温かさ」とあるのですが、
私はそれは読み取れない・・・。

夫婦のあり方は確かに様々で、むしろ最後まで睦まじくという方が
稀なのかも知れないけれど・・・。

私にはモヤモヤの残るストーリーでした。

 

「じい散歩」藤野千夜 双葉文庫

満足度★★.5

 


カラダ探し

2023年09月10日 | 映画(か行)

ホラー×スプラッタ×青春

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小説投稿サイト「エブリスタ」で話題を集め、2014年にはマンガ化もされた作品。

 

7月5日。

明日香(橋本環奈)は校内で、いるはずのない少女と出会い
「私のカラダ、探して」という言葉をかけられます。
その日の夜、午前0時。
気がつくと明日香は深夜の学校にいました。
そこには、幼馴染みだけれど今は疎遠になっている高広(眞栄田郷敦)と、
あまり接点のないクラスメート4名も共にいました。
そこへ現れたのが、全身が血で染まった少女「赤い人」。
赤い人は彼女らに襲いかかり、次々に6人を惨殺してしまいます。

さて、その直後、明日香は自宅のベッドで目を覚ましましたが、
その日は再び7月5日。

6人は、同じ日を繰り返すことになるのです。
そのバグから抜け出すためには、
少女のバラバラにされた体をすべて見つけ出さなければなりません。

明日香たちは夜毎赤い人の襲撃を避けながら、
少女の体を学校中探し回りますが・・・。

まるでホラーかスプラッタのゲームのような夜毎のシーン。
しかし明日香たちは日中の学校生活も同じ毎日を繰り返します。
彼女たち6人以外の人々の言動はいつも同じ。
けれど6人だけは同じ日を繰り返していることを自覚しています。
はじめはよそよそしく打ち解けない6人だったのですが、
毎日を繰り返し、同じ敵に立ち向かううちに
次第にチームワークや親しみが湧いてきます。

いつしか、朝、車に轢かれるネコを助けたり、
教室で起こるいじめめいたいたずらを阻止したり、一致団結していく。
放課後から深夜までは安全で自由な時間。
いつの間にか、日中彼らが共にいるシーンは、美しい青春のシーンとなっています。
そもそもなぜこのゲームに彼ら6人が召喚されてしまったのか、
そのことを思うと実にほのぼのしてしまうシーン。

しかし、それとは裏腹に、夜のシーンは実に恐ろしい・・・。

後にまた7月5日の朝にリセットされるのだと分かってはいても、
死ぬ間際の苦痛はやはり苦痛に違いないでしょうに・・・。

しかも、途中から赤い人がバージョンアップをして、より凶暴になってしまうのです。
絶体絶命の明日香たちは、赤い人の体をすべて見つけ出すことができるのか・・・?

ホラーとスプラッタだけではなく青春のパーツも楽しめる。
とてもユニークな作品でした。
嫌いじゃありません。

<WOWOW視聴にて>

「カラダ探し」

2022年/日本/102分

監督:羽住英一郎

原作:ウェルザード

出演:橋本環奈、眞栄田郷敦、山本舞香、神尾楓珠、醍醐虎汰朗、横田真悠、柄本佑

 

ホラー度★★★★☆

スプラッタ度★★★★☆

青春度★★★★☆

満足度★★★★☆


コンビニエンス・ストーリー

2023年09月09日 | 映画(か行)

コンビニを抜けて異世界へ・・・

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不思議な雰囲気を持つ作品です。

売れない脚本家の加藤(成田凌)。
恋人ジグザグの飼い犬・ケルベロスに脚本執筆の邪魔をされ、
腹立ち紛れにケルベロスを山奥に捨ててしまいます。
しかし後味の悪さから、ケルベロスを探しに再び山へ。

ところがレンタカーが突然故障。
立ち往生しているうちに、霧の中にたたずむコンビニを見つけます。
そして中に入り、そこで働く妖艶な人妻・恵子(前田敦子)に出会います。
コンビニオーナーで恵子の夫・南雲(六角精児)の家に泊めてもらうことになった加藤。

しかしどうもそこは、現世から切り離された異世界であるようで・・・

 

加藤が、コンビニの飲み物の冷蔵ケースの奥に入り込んで
異世界の別のコンビニへワープしてしまう・・・という不可思議な話。

犬のケルベロスはソフトバンクのお父さん犬にそっくりの可愛い犬ですが、
名前がケルベロスとはなんとも大層な・・・。

ケルベロスというのはギリシャ神話に登場する冥界の番犬の名前で、
もっと獰猛なイメージなのですが・・・。
でも実はこの「冥界の番犬」というところが本作のヒントになっているわけです。
なぜに加藤はこんな不可思議なところに入り込んでしまったのか?

ヤケに妖艶な人妻。
一見人がいいようでどこか底知れず不気味なその夫。
コンビニからバスで行った先の不思議な祭り・・・。

そんな中で加藤の脚本はこれまでになくうまく書き進んでいく・・・。

謎めいたこの作品世界、気に入りました。

<WOWOW視聴にて>

「コンビニエンス・ストーリー」

2022年/日本/97分

監督・脚本:三木聡

出演:成田凌、前田敦子、六角精児、片山友希

 

不可思議度★★★★★

満足度★★★★☆

 


バカ塗りの娘

2023年09月08日 | 映画(は行)

伝統工芸と今

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本作のバカ塗りというのは、青森の伝統工芸「津軽塗」を指します。
バカ丁寧に塗っては研ぐ工程を繰り返すためにそう呼ばれているようです。

 

青森県弘前市。
このバカ塗りこと津軽塗職人の青木清史郎(小林薫)は、父の後を継いで二代目。
しかし最近は注文も減って、この業界も先細りの感を拭い去れません。

その娘、美也子(堀田真由)は、高校卒業後もやりたいことが見つからず、
家計を助けるためにスーパーで働いています。
何をやってもうまくいかず、自分に自信が持てないのです。
でも、父の「塗り」の手伝いだけは、唯一没頭できるのでした。

それで、津軽塗の道に進みたいと思いながらも、
女が職人になることなどあり得ないとハナから思い込んでいる父に
言い出すことができません。

 

兄(坂東龍汰)は、とうに家業を継がず美容師になると決めて家を出ています。
父は業界の斜陽と共に気力を失っていき、家族もバラバラに・・・。

 

これは父と娘の断絶の話というよりは、男女格差の話であるかもしれません。
伝統は確かに素晴らしいけれど、それを継ぐのが女であってなぜ悪いのか。

美也子は、廃校になった出身校でピアノを見つけ、
そのピアノに塗りをしてみること思いつきます。
伝統工芸がアートになる瞬間。
そういうものを見た気がします。
伝統と新しい発想とが結びあって、新たな可能性が生まれていく。

兄が連れてきたパートナーが男性だったりして、
本作、性差を軽々と乗り越えて、新しい社会のあり方を提示しているようにも思います。
舞台が大都会ではなく、片田舎の小都市というところもいい。

ちょっと高くてもいいので、いい「塗り」の器を使ってみたくなりました!!

 

<シアターキノにて>

「バカ塗りの娘」

2023年/日本/118分

監督:鶴岡慧子

原作:高森美由紀

出演:堀田真由、坂東龍汰、小林薫、宮田俊哉、片岡礼子、酒向芳、木野花

 

伝統工芸の斜陽度★★★★☆

ジェンダーフリー度★★★★☆

満足度★★★★☆


「アンと愛情」坂木司

2023年09月07日 | 本(その他)

成人式を迎えたアンちゃん

 

 

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成人式を迎えても、大人になった実感のわかないアンちゃん。
同い年の優秀な「みつ屋」の社員と自分を比べて落ち込んだり、
金沢で素晴らしいお菓子に出合って目を輝かせたり。
まだまだアンちゃんの学びの日々は続きます。
これからもそんな日常が――と思いきや、えっ、大好きな椿店長が!?
和菓子に込められた様々な想いや謎に迫る、
美味しいお仕事ミステリー第三弾。

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坂木司さんの「和菓子のアン」シリーズ、文庫最新刊。
累計100万部突破のベストセラーとのこと。
アンちゃんのいかにも人がよくて真面目で一生懸命の所と、
和菓子の美しくおいしそうな所が魅力。
ベストセラーも肯けます。

 

本作ではアンちゃんが成人式を迎えます。
「みつ屋」ではもうすっかり仕事にも慣れて、
自分の居場所と思える所となっていますが、それでも・・・。

ある時、別の支店から手伝いにやって来たのは、
アンちゃんと同い年の女性社員。
彼女は何をするにもテキパキと素早く、そして的確。
その優秀さを見て、アンちゃんはすっかり落ち込んでしまいます。

そしてまたある時は、
敬愛する椿店長がこの店からいなくなってしまうと知ったアンちゃんは、
店長に対してひどい態度をとってしまう。

まだまだ、成長途上のアンちゃんではありますが、
和菓子についてはますます研究熱心。
和菓子は日本文化と深く結びついていると知るに付け、
もっと学ぶべきことがたくさんあると思うのです。

がんばれ! アンちゃん。

 

さて私、いつもこの本を読む度に「立花くん」は
ドラマ化するとしたら絶対に志尊淳くんだな、と思うのです。
それほどに、イメージがピッタリ。

ドラマ化にならないかなあ・・・?

 

「アンと愛情」坂木司 光文社文庫

満足度★★★★☆

 


SHE SED シー・セッド その名を暴け

2023年09月05日 | 映画(さ行)

なぜこんなことが何十年も繰り返されたのか

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映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタインによる性的暴行を告発した
2人の女性記者による回顧録をもとに映画化したものです。

ニューヨーク・タイムズ紙記者、
ミーガン・トゥイー(キャリー・マリガン)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)。

大物映画プロデューサーのワインスタインが数十年にわたって続けてきた
性的暴行について取材を始め、
これまでワインスタインが何度も記事をもみ消してきたことを知ります。
いまだにワインスタインは被害者との秘密保持契約と、敏腕弁護士によって守られているのです。
そして被害者女性の多くは示談に応じ、証言すれば訴えられることになるし、
また当時のトラウマもあって声を上げられないでいるのです。

事の本質は業界の隠蔽体質にあると気づく記者たち。
取材対象からのかたくなな拒否や、ワインスタイン側からの嫌がらせを受けつつ、
なんとかこのことを世間に知らせたいと苦悩する記者たち・・・。

数十年にわたって続けられてきた性的暴行、
被害者の実数は数知れず、
しかしほとんどの被害者はトラウマを抱えつつ口を閉ざしている。
周囲は知っていても知らないふり、
ほんのいたずらでたいしたことではないと思いたがって(?)いる・・・。

この構図、いま話題に上がっているジャニー喜多川氏の性加害問題と全く同じですね。
周囲の人は知っていたはずなのに誰も止めることをせず、
数十年も続いてしまった。
・・・もう男女の違いの問題ではないのです。

性的なことは個人のプライベートの最深部。
それを力ずくではもちろんのこと、
立場を利用した圧力でも、犯すことは決してあってはなりません。

ところが、勇気を振り絞って被害を口にした人物が
誹謗中傷を受けるなどということがあるなんて、信じられません。

性加害は「罪」であることを、世間の誰もがしっかりと認識すべきです。

本作にアシュレイ・ジャッドが被害者の1人として、そのまま本人役で出演しています。
彼女はワインスタインの誘いを拒み、実際にキャリアを妨害されてしまったのでした。

 

さて、本作では、記者たちがなんとかこの事実を記事にしたいと思うわけですが、
多くの被害者が「秘密保持契約」を結んでしまっているので、
どうにもできないことが大きなネックになっています。
オフレコで話を聞き出すことができたとしても、
本人の了承無しには決して記事にはできません。
そうした基本的なルールを、どんなに歯がゆくても守り抜くところに、記者魂を見ました。
まあもっとも、証拠も確証もない記事を出せば
たちまち相手側から訴えられてしまうことを恐れたのでもありましょうけれど。

今、多くの人が見るべき作品だと思います。

 

個人的にはジャニーズびいきなので、なんとかメンバーたちに不利益なことがないよう
解決に向かってほしいと思っています・・・
今、トリリオンダラーがあれば、ジャニーズ事務所丸ごと買い取って
幹部総入れ替えで立て直しだな。
スミマセン。余計な一言。

 

<WOWOW視聴にて>

「SHE SED シー・セッド その名を暴け」

2022年/アメリカ/129分

監督:マリア・シュラーダー

出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、
   アンドレア・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、アシュレイ・ジャッド

 

性加害の実態のおぞましさ★★★★★

立ち向かう勇気度★★★★☆

満足度★★★★☆


ふたりのマエストロ

2023年09月04日 | 映画(は行)

反発し合う父と息子

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パリの華やかなクラシック音楽界で、それぞれ指揮者として活躍する
父フランソワと息子ドニ。

ある時、フランソワのもとに世界最高峰、ミラノ・スカラ座の
音楽監督就任を依頼する電話があります。
ドニは、ライバルでもある父の成功を素直に喜ぶことができません。
ところが翌日、実は就任を依頼されたのはドニで、
父フランソワへの連絡は誤りだったと分かります。
父に真実を伝えなければならないけれど、なかなかできないドニ・・・。

父と息子の相克を真っ正面から捉えています。
元々このふたり、普段から会話も少なく反発し合う仲。
ドニは父にかわいがってもらった記憶もありません。
まあそもそも父は常に多忙だったというわけで。

長年の努力と自らの感性に誇りを抱くフランソワは、
スカラ座から声がかかったことでようやく報われた、と思ったわけです。
ドニは悔しく思いながらも、その気持ちは分かる。
だからその依頼が間違いで、実は自分こそが当事者と分かったときに、
父の心情を思わずにいられなかった。
どんなにがっかりすることか。
そして、息子に「負け」たことでより傷つくのではないか・・・。

そこがやはり親子なんですね。
常以上に相手を気遣いすぎて、素直に伝えることができない。
そしてそれを隠したことでまた父を傷つけてしまう・・・。

本作、こうした父子のぐちゃぐちゃの感情を、
最後に意外な方法ですくい上げています。

やるもんだね!!
ま、そこがミソの物語。

ドニの息子は、父と祖父のいざこざを見過ぎてイヤになったのか(?)
音楽をたしなみはするものの、音楽家になることは放棄して、
料理人になるといっていました。
ときおりピアノを好きに弾く。
そうした音楽との親しみ方もいいですよね。
こういう若い人の自由さもまたいいなあ・・と思います。

ステキなオーケストラ演奏も楽しめました。

 

<シアターキノにて>

「ふたりのマエストロ」

2022年/フランス/88分

監督:ブリュノ・シッシュ

出演:イバン・アタル、ピエール・アルディティ、ミュウ・ミュウ、キャロライン・アングラード

 

父子の相克度★★★★★

クラシックを楽しむ度★★★★☆

満足度★★★.5


長崎の郵便配達

2023年09月03日 | 映画(な行)

長崎の地で

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戦時中イギリス空軍の英雄となり、
退官後英国王室に仕えたピーター・タウンゼンド大佐。
1950年代にマーガレット王女との恋が報じられ、世界中から注目をあびました。
そしてタウンゼンド氏は、映画「ローマの休日」のモデルになったとも言われています。
が、その恋は実らず、長き世界旅行の後
ジャーナリストとなったピーター・タウンゼンド。

彼は、長崎で被爆した男性、谷口稜曄(スミテル)氏を取材。
1984年にノンフィクション小説「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を発表しました。

前置きが長くなりましたが、本作はこのタウンゼント氏の娘であるイザベル・タウンゼンドが
2018年に長崎を訪れ、父の著書とボイスメモを頼りに、
父と谷口さんの思いを紐解いていくというドキュメンタリーです。

谷口稜曄さんは、16歳の時郵便配達中に被爆し、
その後生涯をかけて核廃絶を世界に訴え続けてきた方です。

タウンゼンド氏の彼に対する取材は通り一遍のものではなく、
長期間にわたり、信頼関係を結んだ上でのものだったようです。
双方とも、いまは亡き人物ですが、タウンゼンドの娘さんが父のゆかりの地を訪ね、
長崎の被爆当時のことを振り返りつつ、
ふたりのゆかりの地を感慨を持って歩むというところに、こちらも胸が熱くなります。
谷口氏の体験がこうして世界にも語り継がれていくことの大切さを思います。

谷口さんは被爆時、背中にひどい火傷を負ったために
何年もうつ伏せで過ごさなければならなかったと言います。
そのため、胸に褥瘡ができて、肉を切除しなければならなかったと・・・。
また、被爆者はいわれのない差別を受け、なかなか結婚することもできなかったそうなのですが、
幸い良縁に恵まれ、人生の伴侶を得ることができました。
こうしたことは氏にとっても大きな心の支えとなったに違いありません。

被爆体験を語ることは実際勇気が必要だったと思うのですが、
世界の核廃絶のために、生涯をかけて訴え続けたということに敬意を表します。

「長崎の郵便配達」

2021年/日本/97分

監督:川瀬美香

出演:イザベル・タウンゼンド、谷口稜曄、ピーター・タウンゼンド

 

歴史発掘度★★★★★

人と人との絆度★★★★☆

満足度★★★★☆


サイダーのように言葉が湧き上がる

2023年09月02日 | 映画(さ行)

ショッピングモールの5・7・5

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ポップな色合いのアニメです。

人前でなかなか思ったことを口にできない、コミュ障気味の少年チェリー。
いつもヘッドホンをつけて、外部との接触を遮断。
それは人から話しかけられないようにする盾でもあります。
そんなチェリーですが、俳句が好きで、いつも言葉を探し、紡いでいます。

ある日、チェリーはふとしたはずみで少女・スマイルと出会う。
彼女は前歯が少し出ていて、しかも今は歯の矯正具をつけているので、
人から隠すために常にマスクをつけているのです。
いわば、スマイルにとっての盾がマスク。

さて、チェリーのバイト先、デイサービスセンターに通う老人フジヤマが、
思い出のレコードを探し回っていることを知り、
チェリーとスマイルも手伝うことに。

次第に距離を縮めていく2人。
しかし、あることで気持ちはすれ違い・・・。

自分を解き放てない若い2人のことがテーマ。
そこで俳句がみずみずしい感情の発露に手を貸しています。
ちなみに、チェリーというのは彼の名前、「さくら」から来るニックネーム。
まあ、チェリーボーイの意味も含んでいそうですが。

そして本作はもうひとつ、「時」がテーマでもあります。
チェリーがバイトしているデイサービスセンターあり、また、この2人が出会った場所でもあるのは、
この地域にある大きなショッピングモール。

ここには以前レコードのプレス工場があったということで、
フジヤマ老人はそこで働いていたのです。
そして、いまは亡きかつての若かりし妻が歌っているレコードが、
ジャケットのみを残して中身が消えており、
意気消沈し半ばボケてもいる老人が、そのレコードを探し回っているというわけ。

若く未来への希望に燃えた青年が、すっかり老いてしまうまでの時間。
それはレコードプレス工場が消えて、
立派なショッピングモールができて、人々が集うようになった時間でもある。
ショッピングモールの中に、かつてのレコードプレス工場の記念碑的なものが
ちゃんと設置してあるのがまたなんともステキなのです。

いかにも現代的、ポップな色合いの中に、いにしえを配置。
年配の人だけでなく若者も俳句を詠む。
いい感じにミックスされ、世代の分断を軽く飛び越えていくステキな作品なのでした。

 

<Eテレ視聴にて>

「サイダーのように言葉が湧き上がる」

2020年/日本/87分

監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ

原作:フライングドッグ

出演(声):市川染五郎、杉咲花、潘めぐみ、花江夏樹、山寺宏一

 

時の表現度★★★★★

満足度★★★★☆


宮松と山下

2023年09月01日 | 映画(ま行)

宮松の秘密と真実

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エキストラ俳優の宮松(香川照之)は、いつもその他大勢、
斬られたり撃たれたりして死ぬ役ばかり。
それだけでは生活できないので、ロープウェイのメンテの仕事もしています。
そんなある日、宮松の前に現れた男が、彼に「山下」と呼びかけます・・・。

本作、宮松は分かったけれど、では山下は誰なんだろう、
なかなか登場しないなあ・・・などと思って見ていて、
いきなり宮松のはずの男が山下と呼ばれるのにビックリです。

さて、実は数年前、宮松は記憶を失っていて今の生活を始めました。
その彼を知る男が現れて、宮松の本当の名前、山下と呼びかけたのです。
それでようやく宮松は本当の自分の身元が分かり、
妹とその夫が暮らしている実家へと帰ります。

さて、本作に登場する人物たちは皆、言葉少な。
彼らは本当の自分の思いを決して口にしません。
だからわたし達は、せっせと想像力を働かせて
彼、彼女たちの本当の思いを推測しなければなりません。

すると疑問が湧いてくるのです。
本当に宮松は記憶を無くしているのか・・・?

宮松は以前、タクシー運転手をしていて妹と2人暮らし。
その妹への感情がどうも微妙なところ。
彼はその頃の生活から逃げ出したかったようではある。

何もかも捨てて忘れ去ってしまいたかった・・・?

最後のタバコのエピソードも謎が多いです。
私は過去も今も、宮松には喫煙習慣はなかったのでは?という気がしたのですが・・・。
見ようによってはどうとでも採れるシーンばかり。

エキストラの仕事は、ちょい役でも映画に出れば、
誰か自分を知っている人が気づいて現れるかも知れない、と思ったからかも知れないし、
もしくは、死人ばかりを演じることで、今までの自分を殺し、
これからも死んだように生きるという気持ちの表れなのかも知れない。

とても奥深い作品です。

監督・脚本は関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦という
監督集団「5月」の初作品ということで、力の入り具合がよく分かります。
しかーし!!。
香川照之さんの不祥事が取り沙汰されるようになったのが2022年8月。
本作は2022年11月公開。
というかむしろよく公開中止にならなかったなあ・・・と思うくらい。

本来ならもっと評価されるべき作品なのではないかと思いました・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「宮松と山下」

2022年/日本/87分

監督・脚本:関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦

出演:香川照之、津田寛治、尾美としのり、野波麻帆、中越典子

謎度★★★★☆

寡黙度★★★★★

満足度★★★★.5