映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ちひろさん

2024年03月09日 | 映画(た行)

軽やかに生きる

* * * * * * * * * * * *

安田弘之さん同名コミックの実写映画化。

海辺の小さな町にあるお弁当屋さんで働くちひろ(有村架純)。
もと風俗嬢であることを隠さず、軽やかに生きています。

自分のことを色眼鏡で見る男たち。
ホームレスのおじいさん。
子どもや動物。
誰にも分け隔てがありません。

そんなちひろと周囲の人々の物語。

ちひろのこれまでの人生は、
おそらく幸せと言えるようなものではなかったのかも知れません。
その根っこは、どうも自分と母親との関係にあったようです。
けれど、彼女はその苦しみを反芻することはやめて、
周囲の人々との関わりを大切にしながら、
今を気ままに自由に生きることに決めたかのようです。

気がついてみれば、彼女が親しくなるのは、
帰る場所のないホームレスや、親に本音を言えない女子高生、
水商売の母の帰りを待つ小学生・・・、
家族との関わりがなかなかうまくいっていない人たちばかり。

とある人が言います。
「でも、そういう過去を踏まえて、今の自分が居る」と。
ちひろさんの優しさは、つらい自分の過去の裏返し。
おなじ悩みを持つ人の気持ちがわかるし、支えることもできる。

いいですよね。
ちひろさんのように、やさしく軽やかに生きられたら。

お弁当屋の店先に立つ有村架純さんと、
水商売の母親・佐久間由衣さんの対面シーン。
朝ドラの頃が懐かしく思い出されて嬉しくなりました。

<WOWOW視聴にて>

「ちひろさん」

2023年/日本/131分

監督:今泉力哉

原作:安田弘之

脚本:澤井香織、今泉力哉

出演:有村架純、豊嶋花、嶋田鉄太、van、若葉竜也、佐久間由衣、リリー・フランキー、風吹ジュン、平田満

 

軽やかな生き方度★★★★☆

やさしさ★★★★☆

満足度★★★★☆


「ローズマリーのあまき香り」島田荘司

2024年03月08日 | 本(ミステリ)

幽霊が踊った?

 

 

* * * * * * * * * * * * 

講談社世界中で人気を博す、生きる伝説のバレリーナ・クレスパンが密室で殺された。
1977年10月、ニューヨークのバレエシアターで上演された
「スカボロゥの祭り」で主役を務めたクレスパン。
警察の調べによると、彼女は2幕と3幕の間の休憩時間の最中に、
専用の控室で撲殺されたという。
しかし3幕以降も舞台は続行された。
さらに観客たちは、最後までクレスパンの踊りを見ていた、と言っていてーー?

名探偵・御手洗潔も活躍、島田荘司待望の長編新作!

* * * * * * * * * * * *

島田荘司さんの新作・・・って、昨年の4月に出ていたのか!!
気づいていなかったとは!

 

さてさて、いつものごとく「なぜこんなことに?」という
不可思議な事件からストーリーは始まります。
600ページを超すボリューム。
この読み始めのワクワク感がたまりません。

 

1977年ニューヨークのバレエシアターで、
主演を演じたバレリーナ、クレスパンが専用の控え室で撲殺されます。
しかしそこは密室。
中から鍵がかけられており、もちろん死体発見時に部屋の中に他の人物は誰もいなかった。
ビルの50階、窓はすべてはめ殺し。
おまけに部屋の外の通路には見張りの人物がずっといて、
クレスパン以外にこの部屋に出入りしたものは誰もいないという。

そしてさらに、検屍によりクレスパンの死は2幕と3幕の間の休憩時間であるとされたのに、
彼女はその後の3幕と4幕に出演し、見事にすべて踊り終えたという・・・。

そんなバカな! 
彼女はなんとしても舞台をやり終えたいという強い意志で、
幽霊となって踊りを続けていたのか・・・?

 

私、てっきりこれは御手洗潔のシリーズではないと思って読んでいたのですが、
中盤くらいになってやっぱり御手洗氏が登場してびっくり。
でも、そりゃそうですよね。
こんな変な事件を解けるのはミタライだけ。

正確には、この20年後にミタライはこの事件に興味を持って、
滞在中のスウェーデンからニューヨークを訪れ、もつれた糸を解きほぐします。

 

クレスパンはユダヤ人収容所の中で生まれたということから、
ユダヤの民の歴史が語られているのがなかなか興味深かった。
国を追われたユダヤ人の一部が東へ東へと移動していって、
やがて日本にたどり着いて権力を持つようになるというところも面白いなあ・・・。
真偽のほどはわからないまでも、そういう想像の翼を広げるのは楽しい。

また、ウクライナの戦争や新型コロナウイルスのことなど
予言的な話をしているのも面白い。
ま、これは後出しじゃんけんですけれど。

 

そしてまた、ミタライが訪れる少し前のニューヨークで起きた、
これまた変な事件が、20年前の事件ともほんの少し関係している
というあたりもお見事。

さすがに、島田荘司さん!!
堪能しました。

 

<図書館蔵書にて>

「ローズマリーのあまき香り」島田荘司 講談社

満足度★★★★.5

 


コンペティション

2024年03月06日 | 映画(か行)

監督と俳優、三つ巴の競合

* * * * * * * * * * * *

大富豪の実業家が、自身のイメージアップを図るため、
一流の映画監督と俳優を起用した、傑作映画を制作しようと思いつきます。

そこで白羽の矢が立ったのは、変わり者の天才監督、ローラ(ペネロペ・クルス)、
世界的スター、フェリックス(アントニオ・バンデラス)、
老練な舞台俳優、イバン(オスカル・マルティネス)。
ベストセラー小説の映画化に挑みます。

本作は主にこの3人の練習風景をとらえています。

奇想天外な演出論を振りかざす監督。
そして各々独自の演技法を貫こうとする俳優たちがぶつかり合います。
映画のストーリーは、2人の兄弟が対立し合うというもので、
まさにライバル関係である2人の俳優が互いを出し抜こうと必死。
いえ、時にはキスの演技を監督も含めて3人で競い合ったりする・・・。

ということで、劇中劇、「演技をしている演技」が重要となる本作。
さすがの名優揃いで楽しませてもらいました。

ペネロペ・クルスが映画監督役というのも極めて意表を突く感じなのですが、
名うての変人監督ということで、これもまた悪くないのです。

そしてまた、終盤は思いも寄らない展開となりまして、ビックリさせられました。
コメディっぽい作品ながら、ちょっとブラックでもあります。

映画界で生きてきた彼、彼女ら自身にも楽しい作品だったのではないでしょうか。

<Amazon prime videoにて>

「コンペティション」

2021年/スペイン・アルゼンチン/114分

監督:ガストン・ドゥプラット、アリアノ・コーン

出演:ペネロペ・クルス、アントニオ・バンデラス、オスカル・マルティネス、ホセ・ルヌス・ゴメス

 

競合度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


コットンテール

2024年03月05日 | 映画(か行)

かみ合わない、父と息子

* * * * * * * * * * * *

兼三郎(リリー・フランキー)は、妻・明子(木村多江)の葬儀で
しばらく疎遠となっていたひとり息子・トシ(錦戸亮)と
その妻さつき(高梨臨)、孫のエミに久しぶりに会います。

明子が残していた手紙に、明子が子どもの頃好きだった「ピーターラビット」の発祥地、
イギリスのウィンダミア湖に散骨してほしいとありました。
明子の願いを叶えるため、兼三郎とトシ一家は、
イギリス北部、湖水地方のウィンダミア湖へ向かいます。

父と息子の確執・・・。
よくあるテーマですが、本作でも、兼三郎とトシはどうも折り合いが悪く、
2人の間を取り持つのはいつも明子だったのでしょう。
父は息子にどのような言葉をかけて良いのかわからず、
息子は父を敬い近づきたい思いはあるのに、
いつも拒絶されているように思い、気安く話せない。

 

明子は認知症で、最後にはほとんどわけがわからなくなっていて、
下の世話も兼三郎が行うようになっていたのです。
兼三郎はそんな明子の姿を、息子やその家族には見せたくないと思うのですが、
それがまた、息子は遠ざけられていると感じてしまう・・・。

 

そんなわけで、葬儀の時の対面は父子関係も最悪になっていたのですが・・・。

でも、兼三郎は息子家族とともにイギリスへ向かいます。
本当は1人の方が気楽で良かったのでしょうけれど、
トシにとってはたった1人の大事な母のことでもありますし。

しかし、イギリスに到着してもギクシャクしたまま口論が起きて、
兼三郎は先に1人で列車に乗って出発するのですが、
誤って逆方向へ向かってしまい、1人迷子になってしまうのです。

どうするのこれ・・・、とハラハラしながら見て行きましたが、
結局どんなにギクシャクしても家族は家族。
楽しかった頃の同じ気持ちは持っていて、大事だった人の思い出もたくさん。
湖水地方の穏やかな風景のなかで、ほんの少しずづわだかまりも解けていくのかも知れません。

ちなみにコットンテールは、「ピーターラビット」の作中に出てくるウサギの名前ですね。
実は私も、湖水地方には憧れていて、
散骨してほしいとまでは思わないけれど、行ってみたい場所ではあります。

<シネマフロンティアにて>

「コットンテール」

2023年/イギリス・日本/94分

監督・脚本:パトリック・ディキンソン

出演:リリー・フランキー、錦戸亮、木村多江、高梨臨、キアラン・ハインズ、イーファ・ハインズ

 

父子の相克度★★★★☆

満足度★★★.5


十月十日の進化論

2024年03月04日 | 映画(た行)

孤立しないで

* * * * * * * * * * * *

第7回WOWOWシナリオ大賞受賞作。
なので、さすがに良い感じのストーリーとなっています。

 

独身、アラフォーの昆虫分類学博士、小林鈴(尾野真千子)。
彼女は留学までして昆虫の研究にこれまでの人生をかけてきたのですが、
しかしそれを生かす仕事にはつけず、
どうにか潜り込んだ大学の研究室のバイトも解雇されてしまいました。

その夜、戸籍には入っていない実父(でんでん)・中村保が営む喫茶店で、
モトカレの安藤武(田中圭)と再会。
武は酔いつぶれた鈴を家まで送っていきますが、
2人は酔った勢いで一夜を共にしてしまいます。
それから5週間後、鈴の妊娠が発覚し・・・。

 

失業したところで予期せぬ妊娠。
・・・これは確かに迷いますね。
そんなとき鈴は、「人間は胎児の間の十月十日で生命30数億年の進化を再現する」
という文章を読んで、生む決意を固めていきますが、
武には子供のことを切り出せません。

 

う~む、それはちゃんと伝えるべきでしょう、
そのお腹の子は、あなた1人の子じゃないのだから・・・と、
見ているこちらはちょっとやきもきしてしまうのですが・・・。
でも、そんなことはいつまでも隠し通せることではない。
ついにそのことを知った、武がいう言葉がいい。

「自分1人で育てていく。手助けなんて必要ない。」という鈴に
「それは自立ではなくて孤立だ。」というのです。
しかしその言葉も空しく、鈴の決意は簡単には変わらないようなのですが・・・。

でも、肩肘張らずに、人に頼るべき所は頼っていいのですよ。
人はどうしたって1人では生きていけないのだから・・・、
としみじみ思います。

本当は好きな人なのに、いじをはって拒絶してしまうという、
母と娘の似たような人生のあり方もまた興味深いところでした。

 

<Amazon prime videoにて>

「十月十日の進化論」

2015年/日本/118分

監督:市井昌秀

脚本:栄弥生

出演:尾野真千子、田中圭、でんでん、リリィ

 

満足度★★★★☆


アダマン号に乗って

2024年03月02日 | 映画(あ行)

セーヌ川に浮かぶ、デイケアセンター

* * * * * * * * * * * *

ドキュメンタリー映画です。

パリ、セーヌ川に浮かぶ木造建築の施設。
船になぞらえて「アダマン号」と名付けられています。
ここは、精神疾患のある人々のデイケアセンター。
文化活動を通じて、彼らの支えとなる時間と空間を提供しています。
彼らが社会と再びつながりを持てるようサポートしているのです。

そこでは訪れる人々の自主性を重んじ、
絵画や音楽、詩など、各々が自らを表現。
そして看護師や職員らが患者たちに寄り添い続けます。

ともすると精神疾患を持つ人々の病棟というと、
閉鎖的で陰鬱なイメージがありますが、ここは明るく開放的。
もちろんある程度一般社会になじめる人を対象としているのでしょうけれど、
時には暴力的な発作を抑える薬を用いながら、
極力一般社会になじめるように、自分らしさを保ちながら、
生きる力を得ることができる・・・そんな場所のようです。

ここを訪れる人々は、これまでの人生の大半をこの病のために
つらい思いで過ごしてきた人々がほとんど。
周囲の人に気味悪がられたり恐れられたり・・・。
そんな彼らが、安心して居られる場所。



そして時にはワークショップを開いて、一般の人々との交流も行います。
多分私たちはこうした人々のことをよく知らないから恐れているのでしょうね。
彼らのことを知れば、ちょっと変わった友人として付き合っていくことは十分可能です。

こんな場所が街角の所々にある、そんな世の中になれば良いなと思います。

<WOWOW視聴にて>

「アダマン号に乗って」

2023年/フランス・日本/109分

監督:ニコラ・フィリベ-ル

解放度★★★★☆

満足度★★★★☆


「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」

2024年03月01日 | 本(その他)

各々の人生の節目

 

 

* * * * * * * * * * * *

また会えたひと、もう会えないひと。
成人式 結婚式 葬式 祭礼
人生の節目に訪れる出会いと別れを書く
文庫オリジナル・アンソロジー

人生の節目に催される冠婚葬祭
――冠は成年として認められる成人式を、
婚は婚姻の誓約を結ぶ結婚式を、
葬は死者の霊を弔う葬式を、
祭は先祖の霊を祀る祭事を指します。
四つの行事は人生の始まりと終わり、そしてその先も縁を繋いでいきます。
現在の、あるいはこれからの私たちと冠婚葬祭をテーマに、
現代文芸で活躍する六人の作家があなたに贈る文庫オリジナル・アンソロジー。

* * * * * * * * * * * *

私のお気に入り、創元文芸文庫オリジナルのアンソロジーです。
テーマは、冠婚葬祭。

成人式や結婚式、お葬式など。
確かにこうした人生の節目にはその人個人個人のドラマがあるわけです。

 

冒頭「もうすぐ18歳」では、主人公・智佳が
もうすぐ18歳なのではなくて、36歳。
彼女は18歳の時に妊娠して東京に出てきて結婚、出産をしたのでした。
ところが18歳での出産ということが、
あたかもだらしないヤンキーママのような先入観をもたれてしまって、
人物関係や就職がうまくいかない。
唯一、夫の母親にだけは歓迎され、やさしくしてもらったのが救いではありますが。
そんな智佳がこの度、成人年齢が18歳なるというニュースを聞いて思うのです。
あの時、成人年齢が18歳であったなら、
自分も偏見の目で見られることもなかったのかな、と。
とは言え、今の智佳は良き家族と仕事に恵まれて
まずまずの幸福を得ているようです。
暖かで穏やかな日常を祝福したくなります。

 

さて、このように身の回りの日常の物語ばかりかと思いきや、
「二人という旅」では少し戸惑わされてしまいました。
舞台はおそらく、かなり未来の宇宙のどこかの星。
「家読み」のシガと、その助手のナガノが旅をしているのです。
お~っと、SFもアリだったのか!!
気を取り直して読んでいくと、思いのほか叙情的な世界が広がっていました。
男女の関係ではなく、同性愛とも少し違う。
けれど、「結婚」ということの本質を突くような作品。
ロマンティックです。

 

本巻の著者は、
飛鳥井千砂、寺地はるな、雪船えま、
嶋津輝、高山羽根子、町田そのこ(敬称略)。
私には初めての作家さんも多いのですが、出会えて良かったです。

 

「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」創元文芸文庫

満足度★★★★☆