歴歩

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明日香村・「亀石」の謎を解く石敷き遺構か

2009年01月07日 | Weblog
 6日県立橿原考古学研究所の調査で、明日香村の「亀石」(長さ4・3m、幅2・7m、高さ2mの花崗岩製)の西約20mから、飛鳥時代(7世紀後半)の長さ約14m、最大幅2・7mの円弧状に北西に向かって延びる石敷き遺構が出土していたことが分かった。
 石敷きのすぐ上には砂が堆積しており、亀石付近から北に向かって水を排出していたとみられる。
 亀石には「西を向けば村が沼地になる」との伝承(注1)もあり、遺構は亀石にかかわる水の祭祀などで使われた排水施設の可能性があるという。亀石にまつわる遺構が見つかったのは初めてで、謎の石造物の解明につながることを期待する。
発掘現場はすでに埋め戻されている。
[参考:産経新聞]
注1)
 むかし、大和が湖であったころ、湖の対岸の当麻と、ここ川原の間にけんかが起こった。長いけんかのすえ、湖の水を当麻にとられてしまった。湖に住んでいたたくさんの亀は死んでしまった。何年か後に亀をあわれに思った村人たちは、亀の形に石を刻んで供養したそうである。
 今、亀は南西を向いているが、もし西を向き当麻をにらみつけたとき、大和盆地は沼地になるという。(明日香村・説明板より)

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