歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

豊橋市・普門寺旧本堂(元々堂)跡 寺の創建が10世紀まで遡ることを確認

2011年03月01日 | Weblog
 豊橋市教育委員会は1月25日、同市雲谷(うのや)町にある普門寺の旧伽藍址(きゅうがらんし)の第4次発掘調査(元堂址(もとどうあと)の調査)により、寺の創建が10世紀まで遡ることが確認できたと発表した。これまでの同伽藍址調査では、12~13世紀(鎌倉および室町時代)までの遺構など確認されていたが、今回調査では10世紀の灰釉陶器が大量に見つかり、創建年代は一挙に200年以上古いことが明らかになったとする。
 1月29日(土)に現地説明会が開催された。
[参考:2011.1.26東愛知新聞、豊橋市HP]

備考
 「三州船形山普門寺略縁起」では、神亀4年(727)年に行基が開創したとされる。
 嘉応年間(1169~1171年)に兵火にあって焼失。
 養和年間(1181~1182年)に源頼朝の叔父とも舎弟とも云われる化積上人が学頭となり寺を再興。頼朝の保護を受けた鎌倉時代に大いに繁栄した。

過去の関連ニュース・情報
 2010.1.8普門寺旧本堂(元々堂)跡で岩盤を削った基壇が見つかる
 2008.12.5普門寺旧伽藍址 元堂址で新たに基壇見つかる 
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松江市・美保神社境内遺跡 勾玉の製作跡

2011年03月01日 | Weblog
 島根県古代文化センターと國學院大学(東京)は28日、美保神社境内遺跡(松江市美保関町)の共同学術調査の結果、神社創建前の古墳時代中(5世紀)頃に勾玉が製作され、その場で祭祀が行われていたと発表した。
 1996年に、旧美保関町教委が同遺跡の約250㎡を発掘調査し、土器や深い碧色の青めのう(碧玉)約500点を含む遺物約1万点が出土した。
 再調査で、青めのう2点を製作の途中で破損した勾玉と断定した。 17個の破片を結合してこぶし大の母岩が復元できた。
 県内での勾玉製作跡は、古墳時代から平安時代の31遺跡で確認されているが、玉作湯神社が鎮座する松江市玉湯町周辺が多い。美保神社から出土した青めのうも約30km南南西にある玉湯町の花仙山(かせんざん)から切り出された碧玉だった。 遺跡まで運び、製作したとみられる。
 祭祀の場で製作が確認された例はこれまで県内にはなく、航海の安全を祈願したとみている。建物遺構が確認されていないため、神社創建前から実施されていた可能性が高いという。
 関連出土品は、3月2日から27日まで出雲市の県立古代出雲歴史博物館(出雲市)で展示される。
[参考:中国新聞、日本海新聞、日本海テレビ、産経新聞、読売新聞]
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