Close up those barren leaves 時間の息吹

第82話 誓文 act.9-side story「陽はまた昇る」
月が冴える。
銀色おおらかに天穹を映えて、それでも星は無数に瞬き輝かす。
光ふる銀嶺はるか稜線つらなり夜を囲む、その大気おだやかに凛と張る。
もう刻は深くなっていく、深々と零度くだる山の夜に澄んだテノールが笑った。
「イイ耐寒訓練だね、コンダケ冷えたら雪も締って雪崩も心配ないよ、」
がらり、焚火くずれて金粉が爆ぜる。
火影ゆれる腹と顔は熱いほど暖かい、反面、凍えゆく背に英二は笑った。
「気温かなり下がっていますね、国村さんと黒木さんは慣れてるだろうけど、」
名前ふたつ並べて呼んで、その一方が視線を向ける。
雪焼けの貌は精悍に凛々しい、けれど困ったような目で言った。
「宮田、今のワザとだろ?」
そんな質問しちゃって大丈夫かよ?
そう訊き返したくなって笑いたくなる、堪えた向かい寡黙な声が訊いた。
「黒木さん、なにがワザとなんですか?」
「いや、原はいい、」
即答に断って三十男はマグカップに口つける。
ふわり酒の香あまく起って、そんな部下にテノールが訊いた。
「あのさ黒木、前からずっと訊きたいんだけど?」
これは尋問が始まるな?
そんな空気に薪くべた隣、雪白の貌ゆらり火影が映えた。
「黒木って俺のコトいつもいつも避けるよねえ?今のワザとってのも俺と名前を並べられたのが癪なんだろ、俺を気に入らない理由ハッキリ言いな、」
気に入らない、ならむしろ良かったのかもしれない。
―気に入らないんなら黒木さん、悩みも半分だったろな?
黒木が抱いてしまった微妙な「好意」そのズレが溝になっている。
それなら溝ごと壊してしまえばいい、けれど三十男は頑なに言った。
「気に入らないとかありません、尊敬しています、」
「ふん、尊敬って態度かねえ?」
テノールの声は明るいまま、けれど低く苛立ちが昇りだす。
このままだと久しぶりに始まる?そんな予想どおり雪白の貌が月光に嗤った。
「新隊員訓練中だってのにイキナリ夜間訓練あったよねえ?飯のときも俺には目を合わせたコト一度もねえよなあ、風呂なんざ速攻で消えちまうしさ、インフルエンザのときも差入してやったのに顔もあわせなかったよな、ソンナに俺のコト避けといてドノヘンが尊敬なのか説明してみな?」
この啖呵口調ひさしぶりだ?
つい懐かしくなるまま笑ってしまった。
「光一、ホントに黒木さんは嫌ってるとかじゃない。好きすぎて目を合わせられないだけ、」
暴露してごめん黒木さん?
そう心で謝りながら秀麗な貌は嗤った。
「ふうん、好きすぎて、ねえ?」
ホントかよ?
そんな貌はテノール謳うよう言った。
「だったら黒木の口からキッチリそこんとこ聴きたいね、上司も部下も無礼講で吐きだしてくんない?ココは山の上で下界は関係ないからさ、」
これが目的で登ったんだ?
こんな意図はらしくて、可笑しくて笑いかけた。
「黒木さん、正直に話したらどうですか?話せなくても俺が黙ってられないかも、」
これは本音、そして脅しでもある。
そのままに三十男は白い溜息ひとつ、端正な困り顔で言った。
「国村さん、俺がなに言ってもドン退かないって約束してくれますか?」
「それはモノによるね、」
さらり応えた笑顔に雪焼けの貌が困りだす。
そんな上司と先輩へ朴訥な男は言った。
「どんびくって黒木さん、国村さんに嫌われそうな事してるんですか?」
それも禁句だろう?
けれど言ってしまった言葉は白く凍えて、そのまま黒木にぶつかった。
「…っ、なにもしてない俺は!」
今夜ずっとこんな感じだろうか。
ちょっと呆れながらも可笑しくて、つい笑いながら口開いた。
「黒木さんの初恋の人が国村さんと似ているそうです、この北岳で助けてくれた女の人で、」
これで納得してくれるだろうか?
願いながら薪くべて、からり燃え崩れた火の粉にポケットが震えた。
「あ、」
きっと待っていた相手だ?
期待ごと開いた画面の傍ら、澄んだテノールが訊いた。
「英二、おまえ電源切ってなかったワケ?」
「待っていたんだ、」
これだけ言えば解かるだろう?
そんな信頼にザイルパートナーは笑った。
「いつもの山メールだね、さっさと返信してやんな?」
「うん、ありがとう、」
笑いかけて火端に受信ひとつ開封する。
その電子文字に待っていた名前が現れた。
From :周太
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
「…わからな」
つぶやき、白い吐息ごと呑みこんで見つめてしまう。
なぜ「解からなくなる」と言いたいのだろう?知りたくて送ったメールも開いた。
T o :周太
Subject:哲人
本 文 :北岳にいるよ、穏やかだけど気温が低い。
山肌は地面から凍ってるよ、アイゼンの感覚に帰ってきたって嬉しくなる。
四人で登るのは初めてだけど夜が凄そうだよ、でも沈黙は守るから心配しないで?
往還の共通は「沈黙を守る」だ。
この言葉に問い詰められる、これは疑念じゃないか?
“ 沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ? ”
無難、けれど解からなくなることも多い。
その「沈黙」が何を意味するのか、何を示すのか、まっすぐ鼓動を撃った。
―周太、俺を疑ってるのか?
解からなくなる、それは自分に対する言葉だ?
そう解る、だから今すぐ逢って話したくて、けれど標高二千の現実がひっぱたいた。
「…ない、」
電波アンテナが、無い。
携帯電話のアンテナ表示は「圏外」の文字だけ光る。
今さっき受信したばかり、けれど上空の風向きが変わったのだろうか?
そんな思案ただ見つめる傍ら、それでも仲間たちの声は笑って火影あかるく温かい。
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】
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第82話 誓文 act.9-side story「陽はまた昇る」
月が冴える。
銀色おおらかに天穹を映えて、それでも星は無数に瞬き輝かす。
光ふる銀嶺はるか稜線つらなり夜を囲む、その大気おだやかに凛と張る。
もう刻は深くなっていく、深々と零度くだる山の夜に澄んだテノールが笑った。
「イイ耐寒訓練だね、コンダケ冷えたら雪も締って雪崩も心配ないよ、」
がらり、焚火くずれて金粉が爆ぜる。
火影ゆれる腹と顔は熱いほど暖かい、反面、凍えゆく背に英二は笑った。
「気温かなり下がっていますね、国村さんと黒木さんは慣れてるだろうけど、」
名前ふたつ並べて呼んで、その一方が視線を向ける。
雪焼けの貌は精悍に凛々しい、けれど困ったような目で言った。
「宮田、今のワザとだろ?」
そんな質問しちゃって大丈夫かよ?
そう訊き返したくなって笑いたくなる、堪えた向かい寡黙な声が訊いた。
「黒木さん、なにがワザとなんですか?」
「いや、原はいい、」
即答に断って三十男はマグカップに口つける。
ふわり酒の香あまく起って、そんな部下にテノールが訊いた。
「あのさ黒木、前からずっと訊きたいんだけど?」
これは尋問が始まるな?
そんな空気に薪くべた隣、雪白の貌ゆらり火影が映えた。
「黒木って俺のコトいつもいつも避けるよねえ?今のワザとってのも俺と名前を並べられたのが癪なんだろ、俺を気に入らない理由ハッキリ言いな、」
気に入らない、ならむしろ良かったのかもしれない。
―気に入らないんなら黒木さん、悩みも半分だったろな?
黒木が抱いてしまった微妙な「好意」そのズレが溝になっている。
それなら溝ごと壊してしまえばいい、けれど三十男は頑なに言った。
「気に入らないとかありません、尊敬しています、」
「ふん、尊敬って態度かねえ?」
テノールの声は明るいまま、けれど低く苛立ちが昇りだす。
このままだと久しぶりに始まる?そんな予想どおり雪白の貌が月光に嗤った。
「新隊員訓練中だってのにイキナリ夜間訓練あったよねえ?飯のときも俺には目を合わせたコト一度もねえよなあ、風呂なんざ速攻で消えちまうしさ、インフルエンザのときも差入してやったのに顔もあわせなかったよな、ソンナに俺のコト避けといてドノヘンが尊敬なのか説明してみな?」
この啖呵口調ひさしぶりだ?
つい懐かしくなるまま笑ってしまった。
「光一、ホントに黒木さんは嫌ってるとかじゃない。好きすぎて目を合わせられないだけ、」
暴露してごめん黒木さん?
そう心で謝りながら秀麗な貌は嗤った。
「ふうん、好きすぎて、ねえ?」
ホントかよ?
そんな貌はテノール謳うよう言った。
「だったら黒木の口からキッチリそこんとこ聴きたいね、上司も部下も無礼講で吐きだしてくんない?ココは山の上で下界は関係ないからさ、」
これが目的で登ったんだ?
こんな意図はらしくて、可笑しくて笑いかけた。
「黒木さん、正直に話したらどうですか?話せなくても俺が黙ってられないかも、」
これは本音、そして脅しでもある。
そのままに三十男は白い溜息ひとつ、端正な困り顔で言った。
「国村さん、俺がなに言ってもドン退かないって約束してくれますか?」
「それはモノによるね、」
さらり応えた笑顔に雪焼けの貌が困りだす。
そんな上司と先輩へ朴訥な男は言った。
「どんびくって黒木さん、国村さんに嫌われそうな事してるんですか?」
それも禁句だろう?
けれど言ってしまった言葉は白く凍えて、そのまま黒木にぶつかった。
「…っ、なにもしてない俺は!」
今夜ずっとこんな感じだろうか。
ちょっと呆れながらも可笑しくて、つい笑いながら口開いた。
「黒木さんの初恋の人が国村さんと似ているそうです、この北岳で助けてくれた女の人で、」
これで納得してくれるだろうか?
願いながら薪くべて、からり燃え崩れた火の粉にポケットが震えた。
「あ、」
きっと待っていた相手だ?
期待ごと開いた画面の傍ら、澄んだテノールが訊いた。
「英二、おまえ電源切ってなかったワケ?」
「待っていたんだ、」
これだけ言えば解かるだろう?
そんな信頼にザイルパートナーは笑った。
「いつもの山メールだね、さっさと返信してやんな?」
「うん、ありがとう、」
笑いかけて火端に受信ひとつ開封する。
その電子文字に待っていた名前が現れた。
From :周太
Subject:Re:哲人
本 文 :写真すごくきれいでした、ありがとう。
都心も冷えこんでいます、鍋料理がおいしかったです。
沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ?
「…わからな」
つぶやき、白い吐息ごと呑みこんで見つめてしまう。
なぜ「解からなくなる」と言いたいのだろう?知りたくて送ったメールも開いた。
T o :周太
Subject:哲人
本 文 :北岳にいるよ、穏やかだけど気温が低い。
山肌は地面から凍ってるよ、アイゼンの感覚に帰ってきたって嬉しくなる。
四人で登るのは初めてだけど夜が凄そうだよ、でも沈黙は守るから心配しないで?
往還の共通は「沈黙を守る」だ。
この言葉に問い詰められる、これは疑念じゃないか?
“ 沈黙は守るほうが無難だけれど、でも解らなくなることも多いって僕は想うよ? ”
無難、けれど解からなくなることも多い。
その「沈黙」が何を意味するのか、何を示すのか、まっすぐ鼓動を撃った。
―周太、俺を疑ってるのか?
解からなくなる、それは自分に対する言葉だ?
そう解る、だから今すぐ逢って話したくて、けれど標高二千の現実がひっぱたいた。
「…ない、」
電波アンテナが、無い。
携帯電話のアンテナ表示は「圏外」の文字だけ光る。
今さっき受信したばかり、けれど上空の風向きが変わったのだろうか?
そんな思案ただ見つめる傍ら、それでも仲間たちの声は笑って火影あかるく温かい。
【引用詩文:William Wordsworth「The tables Turned」】

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