萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 辞世 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

2015-03-16 23:50:04 | 陽はまた昇るanother,side story
学林、森の夢



第83話 辞世 act.2-another,side story「陽はまた昇る」

ぱっと熱いおしぼり顔に載せる、この潔さが逞しい。
そして可愛いと想えてしまう、そんな友達に店の主人は笑った。

「このネエさんは相変わらず男前だねえ、こんなに潔くおしぼり被る女の子は貴重だよ、兄さん大事にしなね?」

この「大事にしなね」は誤解ひとつあるかもしれない?
そう心配ごと首すじ熱のぼせながら周太は微笑んだ。

「大事だから僕、ここにも連れてきてます…いつものと五目そばお願いできますか?」
「うれしいこと言ってくれるねえ、いつもの一丁に五目、」

大らかに笑ってエプロン姿が踵をかえす。
その左脚すこし引きずってしまう、そんな背中に鼓動とくんと打った。

―僕が撃った人もこうなるんだ、一生ずっと脚を…きっと手も、

師走12月、初めて臨場で狙撃した。
そして傷つけた男は逮捕されて今を裁きの時間に立つ。
それは正しいことなのだろう、けれどあの日に言われた言葉たちが疼いて苦しい。

『SAT隊員が捜査官として司法の執行者であることは死刑執行人でもあるということだ、特に狙撃手なら、』

死刑執行人、そう言われて自分は反論した。
だって今この店の主人は生きている、これが証しだ。

―お父さんは死なせなかったんだ、このひとを…死刑執行人なんかじゃない、

SATの狙撃手だった父、けれど最期は誰も殺さなかった。
その道に自分も立って、だからこそ見つられけた場所で友達がおしぼりの蔭から微笑んだ。

「湯原くん、あと5分待ってね…復活するから、」

復活、そんな言葉に意志は逞しい。
こんな女性だから友達になった、この頼もしい隣に微笑んだ。

「五目そば来るまでいいよ…美代さん、のんびりして?」

のんびりでいい、今ここは。
だって家に帰れば美代は泣くことすらできない。

―お家の人に変に想われるよね、泣いたりしてたら…内緒なんだから、ね、

仕事と受験勉強の両立、それを家族の協力ゼロで取り組むこと。
きっと簡単じゃ無い、そこに幾つの努力と沈黙に願いこめてきたのだろう?
その時間すこし息抜きさせてあげたい、そんな想い見あげたテレビは普段どおりニュース流れる。

「1月に…で起きた強盗殺人の容疑者が起訴されました、本人は否認するも…また余罪の可能性が」

強盗致死罪だな?

そう見つめながら鼓動の底しずかに疼きだす。
もうじき15年になる哀しみの一日、あの時間がテレビから映りだす。

『お願いね周太、お母さんの目をちゃんと見て聴いて?』

ほら母の声すこし微笑んで、けれど瞳もう泣いている。
あの夜に鳴った一つの電話、あの瞬間から今は生みだされた。

『お父さんがね、亡くなったのよ…今からお迎えに行きましょう、』

どうして?

『お父さんね、悪いことした人を止めるために亡くなったの…お父さんは優しいでしょう?だから止めたかったのね、』

優しい父、だから死んでしまった。
そう告げて黒目がちの瞳が泣いている、ただ静かに水滴あふれて頬つたう。

『悪いことをしたとき、ごめんなさいをお腹の底から泣けたら少し赦されるの、その少しが大事なの…だからお父さんにがんばったねって言おうね?』

あのとき母が言ってくれた言葉は真実だ。

―お父さんは援けたかったんだ、どんな人でもチャンスを、

お腹の底から泣けたら少し赦される。

それは父へ向けた言葉かもしれない、そして祖父をも赦すだろう?
そんな想い座りこんだカウンター越し、かたん、気配かすかに動いた。

「…、」

厨房の奥、Tシャツの背かすかに震えている。
きっと誰も気づきはしない、けれど自分には真直ぐ伝わる。

―お父さんのこと後悔してくれてるんだね、佐山さん…でも本当はあなたじゃない、

佐山達治 

事件当時34歳、暴力団組員で新宿某所の銀行において金員を強奪。
共犯一名と逃走中に警察官一名を射殺、その数百メートル先で警察官一名に軽傷を負わせるも現行犯逮捕。
刑法240条 強盗致死傷罪にて起訴、無期懲役刑となるが情状酌量から懲役13年となり後、態度良好による刑期3年の切り上げ。

逮捕したのは安本正明、父の同期で当時は新宿警察署刑事課に勤務、佐山の事情聴取から全てを担当した。

―安本さんのお蔭なんだ、お父さんの代りに佐山さんを支えてくれて、

佐山は逮捕後すみやかに自白、そして安本の説諭に肯った。
そうして10年の服役を修めてこの店に出会い、先代の主人を看取り今も店を守り続ける。
いつも湯気の香は温かくて迎える笑顔も大らかで、そのかすかな寂しさと悔恨はただ優しい。
そんな男だから15年前も罪に服し今を償い続ける、そこにある真相をいつか告げられるだろうか?

『二丁目の暴力団事務所で押収された物だ、これと同じものが14年前も押収されたはずだが今は消えている。だが盗難記録は無い、』

消えた14年前の拳銃、そして再び現れた拳銃。
そこにある真相がこの男に無い罪まで償わせた、その真相を知らせてあげたい。

それとも告げたところで全て、無意味だろうか?

―お父さん、でも僕は教えてあげたいよ…だって今も泣いてるんだ佐山さん、

厨房のむこう包丁の音リズミカルに温かい、けれど背中が泣いている。
今のニュースに撃たれたまま泣いて、その想いへと周太は笑いかけた。

「おやじさん、煮玉子もお願いします。僕のと五目そばにも載せて下さい、」

今かけられる言葉はこれが精一杯、それでも少し伝わったらいい。

『ごめんなさいをお腹の底から泣けたら少し赦されるの、その少しが大事なの』

あの夜に母が言った「少し」を今も贈りたい、そして今この瞬間も支えたい。
今も15年の春を超えて泣いてくれるひと、この真摯な罪びとへただ微笑んだ。

「あと八宝菜と家常豆腐もお願いします、ゆっくりで良いですから、」

ゆっくりで良い、あなたも。
今は泣きたいなら泣いてほしい、そして「少し」に赦されて?
その果にいつか真実を教えてあげたい、話したい、その願いごとに背中すこし笑ってくれた。

「あいよ、ゆっくりな分だけ美味いもん出しますからね?いっぱい食べていってくださいよ、」
「はい、お腹空かせておきます、」

笑いかけ応えながら掌の上、おしぼり一枚ひろげてみる。
白い小さなタオルは熱まだ残す、そのまま顔そっと拭いて隣が笑った。

「湯原くん、そんなに頼んじゃって食べ切れるの?」

あ、こっちは復活したんだな?
うれしくてタオル下ろし笑いかけた。

「雪で寒いからお腹空いたんだ、美代さんもでしょ?」
「私は泣いたからかも?」

さらり言ってくれる顔はもう笑っている。
目元も腫れていない、すっきりした笑顔でかわいい声は囁いた。

「ね、おやじさん本当は気づいたよね…私が泣いてたって、」

こんなに潔くおしぼり被る女の子は貴重だよ。
そう言って笑ってくれた真意に周太も肯いた。

「ん、僕もそう想う…優しいね?」
「うんっ、」

肯いて薔薇色の頬おだやかに微笑ます。
その明るい眼差しに持ってきた紙袋ひとつ差出した。

「あのね、これ美代さん好きそうだと想って…受けとってくれる?」

いつもの大学書籍部の紙袋、これだけで中身もう解かる?
そんな信頼と見つめた瞳はきれいに明るんだ。

「もしかして田嶋先生の本?湯原くんがお手伝いしてた、」

ほら解ってくれる。
この真直ぐな理解に誇らしさと気恥ずかしさ笑った。

「あたり…川崎の家に送ってくれたんだ、10冊も、」
「そういうの共著者ってカンジね?すごい、ありがとう湯原くん、」

嬉しそうに紙袋を開いてくれる。
そして取りだした2冊に明るい瞳が瞬いた。

「あ、もう一冊…これって、」

田嶋の著書ともう一冊、それこそ美代が本当に読みたい本だろう?
そして願いごとでもある一冊に笑いかけた。

「東大農学部のテキストだよ、賢弥に訊いて買ったんだ…受けとってくれる?」

ほんとうは合格祝いに贈りたかった。
けれど今は不合格が美代の現実で後期試験を受験する、それでも贈りたい願い微笑んだ。

「どんな結果でも合格のお祝いに渡そうって持ってきたんだ、きっと美代さんは諦めないって思ったから…ね?」

きっと諦めないだろう、叶うまで。
それくらい逞しい明眸は溜息ひとつ、ふわり笑った。

「うん、諦めないよ?ちゃんと大学の講義に使わせてもらう、ありがとう湯原くん、」

ほら、やっぱり強いんだ。

心も願いも美代は強い、そういう美代だから大好きになった。
大好きで友達になって話すたびまた好きになる、この大切な笑顔に笑いかけた。

「講義のノート、僕にも読ませてくれる?」
「もちろんよ、」

肯きながら可愛い手そっとテキスト開いてくれる。
きれいな明るい瞳うれしそうにページ見つめて、そして言ってくれた。

「湯原くんも大学院のノート見せてね?私ほんとに全速力で勉強したいの、みんなより遅れて進学だから、」

約束また贈ってくれる。
この約束どうか叶えたい、その願いだけ見つめて笑った。

「うん、見せてあげるよ?でも賢弥の方が良いノートかも、」
「手塚くんもノート解かりやすいよね、絵もきれいだし、」

楽しげに笑って本2冊うれしそうに見つめてくれる。
こうして笑顔を見られることが幸せだ、そんなカウンター席に温かな湯気おかれた。

「おまちどうさん、この皿は俺からのサービスだよ?いっぱい食って下さいね、」

ラーメン丼2つと皿3つ、温かい香が湯気のぼらせる。
その一つ多い皿に顔見あわせてカウンターの笑顔に笑った。

「ありがとうございます。でもおやじさん、この山盛り二人だと多すぎますよ?特に唐揚げ、」
「ほんと山盛りね、何人前なんですか?」

いつものに五目そば、八宝菜と家常豆腐、そして唐揚げの山。
こんなに二人で食べきれないだろう?この優しい過剰サービスの主は笑って言った。

「唐揚げは持ち帰りも出来ますよ、あとはね、あっちのテーブルでご一緒したらどうですかい?」

あっちのテーブル?

言われて振向いた向こう隅、男ふたり座って食べている。
四十代と大学生、その眼鏡かけたバツ悪い顔たちに友達が笑った。

「青木先生と手塚くん、私に気を遣ってコッソリしてくれてたね?不合格に気づいて、」

察して、だからそっとしておいてくれた。
そんな恩師と学友を明るい瞳の笑顔は呼んだ。

「青木先生、手塚くん、同席して良いですか?唐揚げの援軍して下さい、」

ほら、やっぱり逃げるなんてしない。
今も現実まっすぐ立って笑ってくれる、この逞しい夢の道連れに周太も席を立った。


(to be continued)

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