To me, fair frend, 佳客なる友は、
第85話 春鎮 act.42 another,side story「陽はまた昇る」
どうして、どうやってここに来たのだろう?
そんな疑問は雪ふる門前、浅黒い笑顔すこやかに佇む。
「…田嶋先生?」
「おう、周太くんも昨日からおつかれさん、」
呼びかけて返してくれる、その笑顔は白まじる髪が朱い。
日焼も雪焼もなじんだ健やかな貌まっすぐ周太を見て、マフラーうずめた唇おおらかに笑った。
「ヒサシブリの奥多摩だが、あいかわらず俺には運がイイ場所みたいだ。小嶌さんと周太くんに追いつけた、」
低いくせ徹る声、鳶色の瞳おおらかに笑う。
そんな父の旧友に周太は幼馴染を見た。
「あの、光一?どこで…田嶋先生と?」
「御嶽駅で降りたらさ、小嶌さんのお宅を知ってるかーって声かけられたね。で、事情聴取して連れてきたワケ、」
ダークスーツの長身さわやかに笑ってくれる。
底ぬけに明るい瞳は愉しげで、けれど珍しい姿に頭下げた。
「こう…国村さん、最終日おつかれさまでした、」
幼馴染で先輩は今日、警視庁を辞してきた。
その退職は言祝いでいいのだろうか?迷いに雪白の笑顔からり言った。
「ありがとね、でも月末まで休暇扱いだからさ?コトあればアレだけどね、」
小雪ふる眼ざし向こう仰ぐ、その視線に稜線が白い。
銀色けぶる山里の一隅、マフラー巻いた学者がが訊いた。
「もしかして君、警視庁の山岳救助隊員か?」
「月末まではそうですよ、」
答えるテノール涼やかに笑っている。
すっきりした、そんな貌で幼馴染は言った。
「で、周太?この教授サンはホントに周太のオヤジさんの友だちかね?東大のセンセイで周太のジイサンの教え子だ言われたんだケド?」
嘘じゃないならイイけどさ?
そう訊いてくれる瞳は黒目あざやかに澄んで、つい見惚れる。
―いろんなことあったのに…きれい、光一は、
警視庁山岳救助隊員、そこで何を見ていたのか?
その全部を知っているわけじゃない、愉快なことも美しいこともあったろう。
けれど自分と関わった場所はきれいじゃなかった、それでも澄んだままの眼に笑いかけた。
「ほんとうに父の友だちだよ?フランス文学の田嶋先生…ランボオの研究書いろいろ出されてる、祖父の本も大事にしてくれてるの、」
「ふうん?それならイイ助太刀になりそうだね、よかったね美代?」
底ぬけに明るい瞳からり笑って、ぽん、ベージュのコートの肩たたく。
華奢なコート姿こくり肯いて、大きな明眸まっすぐ学者を見た。
「田嶋先生、あの…私と湯原くんに追いつけたって、どういう意味ですか?私の合格になにか不備でもあったんですか?」
なぜ、この教授が追いかけてきたのだろう?
不安で、けれど真直ぐむきあう瞳に学者は笑った。
「不備なんかないさ、ただ責任を果たしに来たんだよ?」
「責任?田嶋先生に何の責任があるんですか、」
ソプラノが教授を見あげて問う。
ストレートな質問に鳶色の瞳は応えた。
「小嶌さんを大学の世界にひっぱりこんだ責任あるだろう?ほんとは青木が来ようとしたんだがな、あいつは学問への責任感が強いから、」
朱い髪くしゃり、右手にかきまぜ笑ってくれる。
いつもの癖ごと大らかに低い徹る声は続けた。
「でも青木が来たら入試の不正を疑われそうだろ?俺なら学部違いの門外漢だ、第三者でもある俺はご家族の説得にイイと思うが、どうだい?」
農学部と文学部、たしかに第三者だろう。
それでも関わってくれる学者に彼女は訊いた。
「ありがとうございます、あの、どうして田嶋先生がそこまで?」
第三者なら、放っておくこともできる。
それなのに雪の山里まで来た男は、鳶色の瞳おおらかに笑った。
「これは周太くんの将来に影響あるコトだろ?周太くんのことは俺にとって他人事じゃないんだ、」
他人事じゃない、そう笑ってくれる。
だから想ってしまう、きっと父は幸せだ。
『大らかな山の男…友達よりも近くて大切だね、いろんな気持があるから、』
あの夏の日、父が謳ったのはこのひとだ。
だから父は幸せだ、そんな想いに夏が謳いだす。
……
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
……
あの夏の日に父が謳った、14行つづる朗誦。
翻訳は古風な言い回しだった、それが父らしいと子供心まぶしく仰いだ。
音楽のように異国の言葉を謳って、母国の音に口遊んで、風ゆるやかに透る緑の木洩が響く夏。
「湯原くん?どうしたの、」
「どうしたね周太?」
ソプラノとテノールいっぺんに呼んで、黒い瞳ふたり覗きこむ。
声と視線に戻された視界ゆるやかに霞んで、滲んで一滴こぼれた。
「あ…僕?」
頬ゆるやかに温もり伝う。
はたり、零れて瞬いた真中で大きな瞳が瞬いた。
「泣いてもいいよ湯原くん、だって、ひとごとじゃないって、嬉しいね?」
ソプラノ微笑んで、きれいな明るい瞳が笑ってくれる。
また受けとめてくれた、この信頼やわらかで微笑んだ。
「美代さんって、いつもわかるね…どうして?」
「私も同じだもの、うれしかったから。昨日も今朝も、」
応えて微笑んでくれる、昨日と今朝に。
こうして響きあうから募ってゆく、けれど、ほら?思いだす。
『周太、俺もう行かないといけないんだ、』
数日前の雪の夜、あなたが残した言葉。
『連れてくよ、じゃあまた明日な?』
また明日、そう言ってくれたのに何日過ぎた?
そんな約束放棄がソプラノの声なおさら沁みる、泣き叫びたい。
“明日はいつ来るの?”
叫んで呼びたい、あなたのこと。
けれど今はするべきことがある、その誇らしい責任に微笑んだ。
「…ありがとうございます田嶋先生、美代さんの応援よろしくお願いします、」
頼れる人、その厚意に甘えさせてほしい。
それが彼女の道を拓くことになる、そう信じる先で鳶色の瞳が笑った。
「応援になるか解らんけどな、悪者くらいは役に立つぞ?」
「はい…え?」
うなずきかけて立ち止まる、なんて言ったのだろう?
言われた言葉に見つめて背中、とん、敲かれて幼馴染の温もり笑った。
「トリアエズよろしくね周太、そしたら俺んちに昼飯おいで?」
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.42 another,side story「陽はまた昇る」
どうして、どうやってここに来たのだろう?
そんな疑問は雪ふる門前、浅黒い笑顔すこやかに佇む。
「…田嶋先生?」
「おう、周太くんも昨日からおつかれさん、」
呼びかけて返してくれる、その笑顔は白まじる髪が朱い。
日焼も雪焼もなじんだ健やかな貌まっすぐ周太を見て、マフラーうずめた唇おおらかに笑った。
「ヒサシブリの奥多摩だが、あいかわらず俺には運がイイ場所みたいだ。小嶌さんと周太くんに追いつけた、」
低いくせ徹る声、鳶色の瞳おおらかに笑う。
そんな父の旧友に周太は幼馴染を見た。
「あの、光一?どこで…田嶋先生と?」
「御嶽駅で降りたらさ、小嶌さんのお宅を知ってるかーって声かけられたね。で、事情聴取して連れてきたワケ、」
ダークスーツの長身さわやかに笑ってくれる。
底ぬけに明るい瞳は愉しげで、けれど珍しい姿に頭下げた。
「こう…国村さん、最終日おつかれさまでした、」
幼馴染で先輩は今日、警視庁を辞してきた。
その退職は言祝いでいいのだろうか?迷いに雪白の笑顔からり言った。
「ありがとね、でも月末まで休暇扱いだからさ?コトあればアレだけどね、」
小雪ふる眼ざし向こう仰ぐ、その視線に稜線が白い。
銀色けぶる山里の一隅、マフラー巻いた学者がが訊いた。
「もしかして君、警視庁の山岳救助隊員か?」
「月末まではそうですよ、」
答えるテノール涼やかに笑っている。
すっきりした、そんな貌で幼馴染は言った。
「で、周太?この教授サンはホントに周太のオヤジさんの友だちかね?東大のセンセイで周太のジイサンの教え子だ言われたんだケド?」
嘘じゃないならイイけどさ?
そう訊いてくれる瞳は黒目あざやかに澄んで、つい見惚れる。
―いろんなことあったのに…きれい、光一は、
警視庁山岳救助隊員、そこで何を見ていたのか?
その全部を知っているわけじゃない、愉快なことも美しいこともあったろう。
けれど自分と関わった場所はきれいじゃなかった、それでも澄んだままの眼に笑いかけた。
「ほんとうに父の友だちだよ?フランス文学の田嶋先生…ランボオの研究書いろいろ出されてる、祖父の本も大事にしてくれてるの、」
「ふうん?それならイイ助太刀になりそうだね、よかったね美代?」
底ぬけに明るい瞳からり笑って、ぽん、ベージュのコートの肩たたく。
華奢なコート姿こくり肯いて、大きな明眸まっすぐ学者を見た。
「田嶋先生、あの…私と湯原くんに追いつけたって、どういう意味ですか?私の合格になにか不備でもあったんですか?」
なぜ、この教授が追いかけてきたのだろう?
不安で、けれど真直ぐむきあう瞳に学者は笑った。
「不備なんかないさ、ただ責任を果たしに来たんだよ?」
「責任?田嶋先生に何の責任があるんですか、」
ソプラノが教授を見あげて問う。
ストレートな質問に鳶色の瞳は応えた。
「小嶌さんを大学の世界にひっぱりこんだ責任あるだろう?ほんとは青木が来ようとしたんだがな、あいつは学問への責任感が強いから、」
朱い髪くしゃり、右手にかきまぜ笑ってくれる。
いつもの癖ごと大らかに低い徹る声は続けた。
「でも青木が来たら入試の不正を疑われそうだろ?俺なら学部違いの門外漢だ、第三者でもある俺はご家族の説得にイイと思うが、どうだい?」
農学部と文学部、たしかに第三者だろう。
それでも関わってくれる学者に彼女は訊いた。
「ありがとうございます、あの、どうして田嶋先生がそこまで?」
第三者なら、放っておくこともできる。
それなのに雪の山里まで来た男は、鳶色の瞳おおらかに笑った。
「これは周太くんの将来に影響あるコトだろ?周太くんのことは俺にとって他人事じゃないんだ、」
他人事じゃない、そう笑ってくれる。
だから想ってしまう、きっと父は幸せだ。
『大らかな山の男…友達よりも近くて大切だね、いろんな気持があるから、』
あの夏の日、父が謳ったのはこのひとだ。
だから父は幸せだ、そんな想いに夏が謳いだす。
……
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
……
あの夏の日に父が謳った、14行つづる朗誦。
翻訳は古風な言い回しだった、それが父らしいと子供心まぶしく仰いだ。
音楽のように異国の言葉を謳って、母国の音に口遊んで、風ゆるやかに透る緑の木洩が響く夏。
「湯原くん?どうしたの、」
「どうしたね周太?」
ソプラノとテノールいっぺんに呼んで、黒い瞳ふたり覗きこむ。
声と視線に戻された視界ゆるやかに霞んで、滲んで一滴こぼれた。
「あ…僕?」
頬ゆるやかに温もり伝う。
はたり、零れて瞬いた真中で大きな瞳が瞬いた。
「泣いてもいいよ湯原くん、だって、ひとごとじゃないって、嬉しいね?」
ソプラノ微笑んで、きれいな明るい瞳が笑ってくれる。
また受けとめてくれた、この信頼やわらかで微笑んだ。
「美代さんって、いつもわかるね…どうして?」
「私も同じだもの、うれしかったから。昨日も今朝も、」
応えて微笑んでくれる、昨日と今朝に。
こうして響きあうから募ってゆく、けれど、ほら?思いだす。
『周太、俺もう行かないといけないんだ、』
数日前の雪の夜、あなたが残した言葉。
『連れてくよ、じゃあまた明日な?』
また明日、そう言ってくれたのに何日過ぎた?
そんな約束放棄がソプラノの声なおさら沁みる、泣き叫びたい。
“明日はいつ来るの?”
叫んで呼びたい、あなたのこと。
けれど今はするべきことがある、その誇らしい責任に微笑んだ。
「…ありがとうございます田嶋先生、美代さんの応援よろしくお願いします、」
頼れる人、その厚意に甘えさせてほしい。
それが彼女の道を拓くことになる、そう信じる先で鳶色の瞳が笑った。
「応援になるか解らんけどな、悪者くらいは役に立つぞ?」
「はい…え?」
うなずきかけて立ち止まる、なんて言ったのだろう?
言われた言葉に見つめて背中、とん、敲かれて幼馴染の温もり笑った。
「トリアエズよろしくね周太、そしたら俺んちに昼飯おいで?」
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】
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