萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.3 another,side story「陽はまた昇る」

2018-10-24 13:14:02 | 陽はまた昇るanother,side story
shall not fade 
kenshi―周太24歳3月末


第86話 建巳 act.3 another,side story「陽はまた昇る」

こととっ、湯が鳴って芳香ゆれる。

ほろ苦い甘い馥郁にダークブラウンきらめく。
深い漆黒ガラスに波紋ゆらす、艶めく香あまく苦い。
こうしてコーヒー淹れる記憶すこし軋んで、吐息ひとつ周太は微笑んだ。

―また考えてる僕は…どうして、

どうして、どうして僕は考えてしまうのだろう?
こんなに囚われてまた廻る、こんな自分どうしたらいいのだろう?

「でも…今それじゃない、ね、」

言葉ひそやかに呼吸して、肩越し気配を見る。
扉むこう応接間に座るひと、彼の来意にコーヒーカップ注ぐ。

―どうして来たんだろう…ここに、こんな時間に、

時計は9時11分、社会ようやく動く時間。
平日こんな朝ここに彼は来た、その理由はかりながらトレイ抱えた。

ぱたん、

ダイニングから廊下ひらいて、応接室が遠い。
人がいる、けれど静かな空気をコーヒー香った。

「…お待たせしてすみません、」

声かけ応接室に踏みこんで、窓際の背中が振りかえる。
ジャケット姿の影が高い、その長身に記憶なぞられる。

このシルエット、やっぱりあのひとだ?

「こちらこそすみません、急にお邪魔して。」

長身の影おだやかに微笑む、その声やわらかに低い。
あの人とは違う声、けれど知っている声が笑った。

「いい香ですね、」

やわらかな低い声が穏やかに笑う。
優しい冷静な人柄なのだろう、そんな笑顔に声かけた。

「どうぞ…さめないうちに、」
「ありがとうございます、」

やわらかなテノール笑って、ソファに腰下す。
大きな手きれいにコーヒーカップふれて、凛とした口もと微笑んだ。

「…うまい、」

ほろ甘い湯気のむこう、細い瞳やわらかい。
精悍だけれど笑顔やわらかで、吐息ひとつ周太は口ひらいた。

「あの…加田さん、ですよね?」

数週間前あの夜、雪の駐車場で大叔母は言った。

『早く銃を引きなさい、ここにいる加田さんも起訴を保証してくれます』

雪降る病院の駐車場、銃声と硝煙あわい鋭い香。
あの夜に聞いた声が穏やかに笑った。

「よくわかりましたね、夜の雪で顔も見えなかったでしょう?」
「声と、シルエットで…」

答えながらマグカップ抱えて、芳香ほろ苦い。
掌くるむ温かな湯気の先、細い瞳やわらかに笑った。

「すごいですね、」

凛とした唇ほがらかに笑って、コーヒーカップ口つける。
精悍な顔立ち、そのくせ優しい細い瞳に尋ねた。

「あの、大叔母から頼まれていらしたんですか?」

あの夜あの場所、大叔母と現れた男。
どんな関係あるのだろう?解らないままに青年は微笑んだ。

「ある意味そうです、」
「…ある意味?」

言葉なぞって見つめる先、ほろ甘い湯気から視線やわらかい。
おだやかな静かな、けれど明るい微笑は口ひらいた。

「私の判断に任せると言われました、」

だから「頼まれて」ではないよ?
言外そう告げてくる瞳は周太を見つめて、カップことりテーブルに置いた。

「あなたと、あなたのお母さまを二人にする危険をご心配です。」

テーブルくゆらす馥郁やわらかに白く昇る。
昇る香ゆれすテーブル、静かな瞳に問いかけた。

「加田さんは…大叔母と、どういうご関係ですか?」

このひとは誰?

まだ何も知らない、唯ひとつ「あの夜あの場所にいた」ことだけ。
あの時「いた」そして援けてくれた青年は、おだやかに口ひらいた。

「私の先生の奥様です、」
「…先生?」

言葉に問いかけた先、静かな瞳が笑ってくれる。
物静かなくせ朗らかな眼は続けてくれた。

「法律の現実を教えてくれた先生です、」

法律の「現実」を教えてくれた先生。
その意味に見つめた先、柔らかな低い声が問いかけた。

「奥様の夫が何をしていた人か、聞いていますか?」
「…検察官だったと聞いています、」

答えながら記憶たどる、大叔母から聞いたこと。
大叔父に直接の血縁はない、それでも連なる人を青年は微笑んだ。

「宮田先生は最高検察庁の次長検事を務めた方です。退官されて弁護士事務所を開かれたのですが、事務所のバイトは勉強もみてもらえました、」

話してくれる声は低くやわらかに笑っている。
きっと良い思い出あるのだろう、そんな瞳に尋ねた。

「そこで加田さんは、アルバイトしてたということですか?」
「大学生のときお世話になりました、」

細い瞳やわらかに答えて、コーヒーカップ口つける。
その紡がれる時間に不思議で口ひらいた。

「あの…アルバイトしていたご縁で、ここまでするものですか?…長野までいらしたり、」

あの夜あの場所に彼はいた、それは「普通」じゃない。
それも「先生」の妻といた瞳はやわらかに笑った。

「普通はしないと思います、」
「普通…とは違うということですか?」

問いかけながら掌、コーヒーカップ温かい。
ほろ苦い香くゆるテーブル、やわらかな低い声は言った。

「奥様にはよく面倒を見てもらいました、母親みたいに?」

大叔母の過去を低い声やわらかに紡ぐ。
その時間たどる瞳は細く優しくて、過去かいま見える。

『母親みたいに?』

疑問形の口調、そこに彼の現実が匂う。
どうして「?」なのか、その言葉そっと呑みこみ訊いた。

「加田さんは…どこまで聞いているんですか、僕のこと、」

大叔母に母親なぞらえる青年。
彼はどこまで知らされたのだろう?その信頼が微笑んだ。

「従妹さんのお孫さんだと伺いました、警察を辞めて東大の研究室に入られるそうですね?」

必要なことだけ答える、そんな声の眼は静かに明るい。
こういう人に自分も無駄は訊きたくない、ただ確認を口にした。

「僕の祖父と父のことも訊いていますか?…警察官になった理由と、」

祖父のこと、父のこと、もう大叔母は知っている。
だから長野まで追いかけてくれた。

『十四年前こうするべきだったわ!あなたを引っ叩けてたら喪わないですんだのに、あなたも私も大事なものをっ!』

夜の雪ふる駐車場、叫んだ瞳の涙。
あのとき傍にいた青年は穏やかに言った。

「長野に向かう車で、」

短い言葉、けれど細い瞳は温かい。
この眼あのとき何を想っていたのだろう?見つめるまま彼は言った。

「下宿はできますか?」

どういう意味?

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:Jean Cocteau「Cannes」】

第86話 建巳act.2← →第86話 建巳act.4

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