They left behind?
第86話 建巳 act.27 another,side story「陽はまた昇る」
ページ繰る風かすかに甘い、静かに深い春が匂う。
見つめる活字あわく闇かすむ、もう朱色やわらかに染めていく。
つづられる詞のままだ?
The Clouds that gather round the setting sun
Do take a sober colouring from an eye
That hath kept watch o’er man’s mortality;
Another race hath been, and other palms are won.
Thanks to the human heart by which we live.
Thanks to its tenderness, its joys, and fears,
To me the meanest flower that blows can give
Thoughts that do often lie too deep for tears.
もう幾度めだろう、諳んじた時間が懐かしい。
あのころ父は生きていて、ただ幸せだった幼い時間。
幸せだったから、だから自分は警察官になって追いかけてしまった。
大切な約束すら忘れて。
『周が樹木医になったら、あの山桜もお願いできるかな…植物の魔法使いさん?』
幼い日に見た新聞記事、そこに願った自分の夢。
あのとき微笑んで父は肯いて、僕を「植物の魔法使い」と呼んでくれた。
あの大切な約束を歩きだす今日、詩の面影を見つめて周太は微笑んだ。
「お父さん、僕…叶えるね?」
朱色そめてゆくページ、座りこんだベンチ黄昏が染める。
翳される梢に黄金きらめく、朱色ふくんだ花ゆらす。
ゆらめく光に桜ふる、きっと庭の山桜も夕暮だろう。
「…もうじき閉園だね、」
吐息そっと時間こぼれて、ページおさえる手もと文字盤うかぶ。
刻々、秒針そっと左手首ふれる、もうじき公園は鎖す時間。
あのひとは、もう来ない?
今日、もうすぐ父の命日。
今この公園に満ちる桜たち、そのために父はあの日ここにいた。
そのことを知っているひと、そして、このベンチを特別だと言ってくれたひと。
『奥多摩は桜きれいだよ、周太?』
ほら声が笑ってくれる、一年前あなたの声。
あの幸せは「知らなかった」からかもしれない、けれど今もう知ってしまった。
それでも知らないことは多すぎて、たとえば、なぜ今日あなたは泣いたの?
“でも、あんまり静かに綺麗に泣いていたから。”
あなたは泣いていた、あの書店で。
ふたり何度も行った場所で、今この膝ひらく本を買って、あなたは泣いた。
“その本さっきも売れたばかりなんです、”
この本「さっき」買って行ったひと、その足跡たどりたくて今このベンチにいる。
きっと来ると想ってしまったから。
けれど夕闇へ桜がしずむ。
「もう…行かないと、ね」
ため息そっと零れて、けれど動けない。
ただ見つめるページ墨色あわく染めてゆく、残照の花びら光る。
そうして研がれてゆく感覚に、音ひとつ響いた。
「…、」
息ひそめて聴覚たどる、かすかな音また響く。
規則的、たたく響く、それから擦れるような音に音。
呼ばれた?
「…っ、」
振りむいた真中、長身しなやかな影ひとつ。
※加筆校正中
(to be continued)
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kenshi―周太24歳4月
第86話 建巳 act.27 another,side story「陽はまた昇る」
ページ繰る風かすかに甘い、静かに深い春が匂う。
見つめる活字あわく闇かすむ、もう朱色やわらかに染めていく。
つづられる詞のままだ?
The Clouds that gather round the setting sun
Do take a sober colouring from an eye
That hath kept watch o’er man’s mortality;
Another race hath been, and other palms are won.
Thanks to the human heart by which we live.
Thanks to its tenderness, its joys, and fears,
To me the meanest flower that blows can give
Thoughts that do often lie too deep for tears.
もう幾度めだろう、諳んじた時間が懐かしい。
あのころ父は生きていて、ただ幸せだった幼い時間。
幸せだったから、だから自分は警察官になって追いかけてしまった。
大切な約束すら忘れて。
『周が樹木医になったら、あの山桜もお願いできるかな…植物の魔法使いさん?』
幼い日に見た新聞記事、そこに願った自分の夢。
あのとき微笑んで父は肯いて、僕を「植物の魔法使い」と呼んでくれた。
あの大切な約束を歩きだす今日、詩の面影を見つめて周太は微笑んだ。
「お父さん、僕…叶えるね?」
朱色そめてゆくページ、座りこんだベンチ黄昏が染める。
翳される梢に黄金きらめく、朱色ふくんだ花ゆらす。
ゆらめく光に桜ふる、きっと庭の山桜も夕暮だろう。
「…もうじき閉園だね、」
吐息そっと時間こぼれて、ページおさえる手もと文字盤うかぶ。
刻々、秒針そっと左手首ふれる、もうじき公園は鎖す時間。
あのひとは、もう来ない?
今日、もうすぐ父の命日。
今この公園に満ちる桜たち、そのために父はあの日ここにいた。
そのことを知っているひと、そして、このベンチを特別だと言ってくれたひと。
『奥多摩は桜きれいだよ、周太?』
ほら声が笑ってくれる、一年前あなたの声。
あの幸せは「知らなかった」からかもしれない、けれど今もう知ってしまった。
それでも知らないことは多すぎて、たとえば、なぜ今日あなたは泣いたの?
“でも、あんまり静かに綺麗に泣いていたから。”
あなたは泣いていた、あの書店で。
ふたり何度も行った場所で、今この膝ひらく本を買って、あなたは泣いた。
“その本さっきも売れたばかりなんです、”
この本「さっき」買って行ったひと、その足跡たどりたくて今このベンチにいる。
きっと来ると想ってしまったから。
けれど夕闇へ桜がしずむ。
「もう…行かないと、ね」
ため息そっと零れて、けれど動けない。
ただ見つめるページ墨色あわく染めてゆく、残照の花びら光る。
そうして研がれてゆく感覚に、音ひとつ響いた。
「…、」
息ひそめて聴覚たどる、かすかな音また響く。
規則的、たたく響く、それから擦れるような音に音。
呼ばれた?
「…っ、」
振りむいた真中、長身しなやかな影ひとつ。
※加筆校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Books XI,257-388 [Spots of Time]」「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋】
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