萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

設定閑話:リアルとの相違

2012-11-09 04:16:42 | 解説:背景設定
現実と虚構の澹、そのリアルに



設定閑話:リアルとの相違

まず大きく違うのは、御岳駐在所です。
ドラマでは木造建築で田園風景に建っていましたが、本作もそれに沿って描いています。
ですが実在の御岳駐在所は鉄筋コンクリート構造で、駐在所の前は道路を挟んで青梅線の線路です。
駐在所の背後も多摩川の御岳渓谷を控え、ドラマや作中の森を背負った雰囲気とは全く違います。
そういうわけで、御岳駐在所管轄の巡回ルートである御岳町の景色も、実在と多少異なります。
但し、青梅線御嶽駅に近く青梅街道沿いに立っているという点は、リアルと同じにしました。

青梅署管轄の駐在所・交番は大半が青梅街道に建てられています。
この青梅街道が奥多摩の幹線道路になっていて、遭難救助に駈けつけ易い立地です。
奥多摩のもう一本の大きな道としては吉野街道があります、この2つの街道は多摩川を挟んでほぼ平行です。

そして青梅警察署からの眺めも実際とちょっと違います。
作中では山が近く見えるような雰囲気ですが、実際の青梅署からは遠くに見えます。
なので青梅署単身寮の窓からは、ちょっと見えにくいかもしれません。

いちばんリアルと近似なのは、青梅署山岳救助隊副隊長と青梅署警察医のキャラクター設定です。
作中の後藤邦俊副隊長と吉村雅也医師、この2名は実在の副隊長と警察医の方をモデルにしています。
トップの掲示板に掲載の出典資料にある、青梅署嘱託警察医と山岳救助隊副隊長がその方達です。
そのため2人については出典資料中にある台詞やエピソードも引用させて頂きました。

「人の子よーある医師の自分史」吉野住雄:青梅署嘱託警察医手記
「山岳救助隊日誌」金邦夫:警視庁青梅署山岳救助隊副隊長手記

どちらも現在は手に入り難い書籍になります。
この2冊は本当にお世話になっていて、宮田が出会うエピソードの大半はこの出典です。
御感想にリアリティがあると頂きますが、そこには現場の御二方による手記の力をお借りしています。

吉野医師の本は中古でも滅多になくて、けれど素晴らしい手記です。
首都の山岳地域という特殊な条件下での警察医、その経験を美しい文章で理知的に書かれています。
出会った数々の遺体や留置人たち、そこに見つめ続けた生命と人間の尊厳への真摯な想いが素晴らしい。
ベテランの開業医として警察医も兼務されるご苦労と、警察医の問題点と解決案にも向きあっていく姿勢が伝わります。
第11話「奥津城」で吉村医師と宮田が初めて出会うシーン、縊死自殺の現場とエピソードは吉野医師の手記をベースにしました。
あのとき吉村医師が宮田に語る遺体への想いや祈りは、吉野医師が記されている台詞を引用に書かせて頂いています。
他にも留置所での話や検案でのご苦労、警察医の現状と問題など多くを参考に頂戴する一冊です。

金副隊長は定年退職された後も、嘱託で遭難救助の現場に立たれています。
この方の手記も文章が美しい、種田山頭火など短歌にも詳しい方で山の男らしいロマンが端正です。
内容もリアルな奥多摩の現実と、近年の山岳界における問題点であるマナー低下についてもきちんと触れています。
地元の方や動物たちとの交流や風物、ハイカーたちとのエピソードは温かくて山間部の警察官のリアルがあります。
そして、遭難救助の現場は厳しい緊張感と無事に救助出来た時の安堵感が、温度をもって伝わり惹きこまれました。
この方は遭難者に対する態度も端正で、悪い事は悪いとはっきり叱ることが出来る方です、その叱り方がまた温かい。
そういう厳しく温かい人間性は作中の後藤副隊長にも、そのまま反映されています。

この遭難救助現場については、他に2冊の手記を参考にしています。
日本警察の山岳レスキューで最強と言われる富山県警山岳警備隊と、3,000m峰を多く管轄する長野県警山岳遭難救助隊の手記です。
どちらもドキュメンタリーやニュース、映画や漫画などで有名ですが、手記に記される現場の方の肉声は厳しいものでした。

富山県警山岳警備隊は苦難の歴史に今があり、草創期には一般の民間人である芦峅寺のガイドさん達が大きく寄与しています。
立山町芦峅寺は伝統的な山のエキスパートを輩出してきました、その方達の教育とサポートを支えに山岳警備隊は発足しました。
世界的にも厳しい立地条件の山「剱岳」を管轄し、その為に殉職者と負傷者も複数いらっしゃるのが富山県警の現実です。
それくらいに厳しい現場なためストイックな精神性が顕著な方達で、手記にもそうした言葉や訓練風景が多くあります。
そして富山県警の手記で印象的なのは家族の方達が抱く心情と、遭難者達への疑問提起との葛藤でした。

長野県警山岳遭難救助隊の手記は、遭体協との交流が他2冊には無い点でした。
長野では警察の山岳遭難救助隊と民間の長野県山岳遭難防止対策協会・遭体協が協力しています。
3,000m峰を数多く抱え豪雪地帯もある長野は、年間の遭難件数が200件を超えている現状です。
こうした遭難は同時多発に起きることもあり、そのため民間協力団体として遭体協があります。
この遭体協は地元の山エキスパートが集まっていて、単独で救助活動の全てを行ってしまう。
そういう遭体協のメンバーを見て、警察の救助隊員は奮起して訓練に取り組む新人もいます。

また長野県警山岳遭難救助隊は、漫画を映画化した作品で近年有名になっていますね。
あの作品についてはレビューしか読んだことはないのですが、現場とは結構違うな?という印象でした。
この相違点の最大は「山岳救助隊員は志願制」という点が抜けてしまっていた事と、遭難者と家族への態度です。

山岳救助隊の世界は「命の瀬戸際」に立ち続ける任務です。
それは他部門の警察官より高度な体力と精神力、そして「山」への想いが無くては勤まりません。
遭難現場は当然「危険地帯」になります、そこへ登りまた降りて遭難者を救助し、また遺体収容を行うのが山岳救助隊の任務です。
この遺体は無残な状態の時も当然のようにあります、外的衝撃による損壊や野生獣の食餌となった痕跡が見られる場合もあります。
こうした生と死が廻る現場が日常であることは警察の世界でも特殊性が高いです、そのため原則は志願制で研修制度もあります。

そして遭難者と家族への態度ですが「情を入れ過ぎず受けとめ、言うべきことを言う」という姿勢を3冊から感じます。
山は「自助と相互扶助」の世界です、「自助」自分自身で山行に責任を持つことが大原則で万が一には「相互扶助」で援けあう。
この「相互扶助」は山に行く人の義務ですが、これは「自助」を行わない者に対して厳しい言葉を言うことも含まれています。
もし「自助」自分で正しい判断も出来ないままに登山を続ければ、本人はもちろん救助に向かうものも危険に陥ってしまう。
そうした遭難事故の可能性を未然に防ぐためにも、きちんと叱る必要があり「言う」ことが本当の優しさであり受容れです。

この山ヤの覚悟について作中、田中老人の「山ヤが山で死ぬだけだ、それが山ヤの本望だ」という台詞があります。
これは「山では自分の力を使わないと生きられない、それが出来なければ死ぬ」ことが当然だという意味も含んでいます。
ですから突き放した言い方をすれば、山で死ぬことは本人の責任だから誰を責めることも出来ない、という意味です。
だから遭難者や家族に対しても、救助者が必要以上に謝ることも不要、それが「山」に立つ自由の一面でもあります。

そういう自由への敬意を示すよう、山ヤの警察官たちは遺体への敬意も忘れません。
富山県警の手記には遭難者の顔に岩石が傷をつけないようタオルを懸けたり、遺体に花を添えたことも書かれています。
青梅署の金副隊長も同じで、自身の友人でもある遭難者の行方を何ヶ月も探し続け、白骨化した遺体をきちんと家族に帰しました。
この「遺体への敬意」は山岳という特殊な現場に即応する面が必要です、そのため谷川岳ザイル事件のように非常措置の事もあります。
そうした非常措置で遺体が無残な状態になることも、理解した上で高難度の登山に挑むクライマーや山ヤ達です。

この山岳レスキュー3冊を読んで思うことは、現場の方達の「山」に対する想いの深さです。
確かに山は誰もを受容れ豊かな自然に癒される、けれど「山の掟」ルールをきちんと守らなければ命を落としかねない。
そういう「山」の温もりと厳しさから、自身に厳しく、また遭難者への態度や励ます言葉にも厳しさと温もりが宿されます。

こうした山ヤの警察官たちの手記があって、国村光一というキャラクターは生まれました。
稀代の山っ子、最上の山ヤの魂を持った最高のクライマー、そして山ヤの警察官のトップに立っていく男。
そんな彼の精神性と身体能力を育むバックボーンは、手記や実在の山ヤの方達をモデルに設定は作られています。

宮田英二が抱く山ヤの警察官としての心情も、この手記にある実在の方がモデルとなる部分があります。
宮田のように普通の大学生だったけれど、色んなことがあって山岳救助隊員になった方がいるんです。
そして美代や湯原の「待つ」想いは、実在の救助隊員の家族の方達の想いを反映しています。

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