萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

長月十四日、節黒仙翁―Tables Turned

2018-09-14 21:41:01 | 創作短篇:日花物語
心変わりの色は、
9月14日誕生花フシグロセンノウ


長月十四日、節黒仙翁―Tables Turned

夕闇くれて朱が光る。

川瀬あわく波立つ陽、きらめいて水を匂う。
かすかに渋い甘い、湿度やわらかな記憶の香。

「あいかわらずだなあ…」

水瀬と稜線、田園はるか民家が燈る。
まばらな灯り黄昏に沈む、そんな風景にトランク腰かけた。

「はー…、」

一息、けれど肚底から吐かれる。
溜りこんだ全て吐きだしたい、想い足元の石ひろった。

「っ、」

風を切る、鋭く飛んで石が光る。
流れる水きらり飛沫とぶ、ひとつ、ふたつ三つ四つ。
このまま岸に着くだろうか?見つめて、けれど消えた。

―俺みたいだ、こんなのさ?

ほら考えだす、肚底くらり重くなる。
水瀬きらめいて弾いて飛んで、それでも消えた現実の昨日。
渡り切れなかった願い消されてトランクひとつ、腰かけるまま呼ばれた。

「もしかして、かずよし?」

ほら、見つかった。
なつかしい、けれど見られたくない声に振りむいた。

「ひさしぶり、大輔?」

振りむいた先、土手の道に作業着姿が大きい。
あいかわらず逞しいな?変わらない幼馴染が駆けよった。

「かっちゃん!」

なつかしい呼び名ほころんで、日焼け顔に夕陽やわらかい。
朱いろ暮れて染まる土手の道、おおらかな声が覗きこんだ。

「かっちゃん久しぶりだなあ、いつまでいられる?ウチに寄れよビール飲もうよ?」

たんたんたん、一息に笑いかけてくる。
何にも変わってなんかいない、そんな幼馴染に口ひらいた。

「そんな焦って喋るなよ?いつまでもいられるからさ、俺、」

言葉にして唇が苦い。
こんな告白したくなかったな、ほろ苦い空気に汗が香った。

「…かっちゃん?」

おおらかな声が不思議がる、ほら長い睫かすかに伏せた。
考えるときの癖そのまま傍ら、大きな背が屈んだ。

「よっ、」

風を切る、大輔の石だ。
鋭く光って奔る跳ぶ、朱い水瀬きらきら跳んでゆく。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ五つ、きらめき跳んだ。

「あいかわらず大輔、上手いな?」

称賛すなおに笑って、ワイシャツの肩すこし解かれる。
衿元ふれてネクタイ緩めて、ボタンひとつ息ついた。

「は…、」

呼吸する、あまずっぱい脂っぽい香まじる。
水瀬わたる風おだやかな土手、変わらない汗の匂い振りむいた。

「かっちゃん、もしかして役場で働くのか?あそこの県の分庁舎?」

この男にしては鋭いな?
感心つい可笑しくて、トランク座りこんだまま笑った。

「大ちゃんにしちゃー鋭いな、」
「いやいや、鋭いワケじゃないよ俺、」

黄昏まばゆい土手、日焼けの頬やわらかに笑いかけてる。
穏やかで朗らかな視線こちら向けて、作業着姿は口ひらいた。

「ウチの妹いるだろ?アイツあそこに春から勤めてんだよ、で、こんど転勤してくる人いるって言ってたからさ。でも驚かれるよきっと?」

教えてくれる言葉は予想通りで、けれど少し外れている?
ちいさな違和感と見あげて、まだ苦い唇で笑った。

「中央からここに左遷される官僚なんて、何やったんだって驚かれる?」

国と地方公共団体の人事交流。

その制度は県庁の職員なら知っている、それが左遷だけではないとも知っている。
けれど「本音」どこかも解っていて一息、溜りこんだ肚底を吐きだした。

「一方的に決めつけるタイプっているだろ?そーゆーヤツにウワサ流されたんだよ俺、」

あんな人間のために、今までの全部が潰される。

こんな理不尽は自分だけじゃない、官僚に限った話でもない。
そんなこと解っている、けれど溜りだす想い渋すぎて吐いた。

「好き嫌いで判断して相手の話なんか聞かない、また狂ったみたいに怒鳴るから皆がサワラヌカミニタタリナシ状態。俺も口悪いトコあるからソコを突かれた、」

自分に非が全くないとは思わない、欠点いくらか自覚あるから。
けれど理不尽の重荷ゆがんで軋んで、痛い。

「悪人だって決めつけるコトで攻撃の正当化するわけ、正義の味方だから本人マッタク罪悪感なく怒鳴っちまうんだろうけどな。俺はああいうの嫌いだ、」

嫌いだ、

口にして少し鼓動ゆるくなる。
やっと本音を言える、こんな時間いつ以来だろう?

「ホントに正義の味方だとしても、怒鳴りつけるのは別問題だろ?ただ鬱憤ばらしのサンドバックにしてるだけだ、マトモな人間のすることじゃない、」

まともじゃない、そう思った。
今も思っている、だから曲げられないまま汗が香った。

「かっちゃん、ソレぜんぶ言ったんだろ?そのセイギノミカタ?サンに、」

言ってくれる声、闊達なまま堪えている。
すこやかな震えすぐ解って、苦い唇つい噴きだした。

「ふっ大ちゃんナニ笑ってんだよ?」
「かっちゃんこそ笑っあはははっ、」

おおらかな声ほころぶ頬、日焼け健やかに眼ざし明るい。
もう暮れて蒼い土手の道、けれど夕陽まばゆい笑顔は言った。

「かっちゃん変わっていないなあ、すげえーうれしい!」

作業着のブルー逞しい腕がくる、温もり肩ふれて汗が匂う。
あまずっぱい脂っぽい香くるまれて、なつかしさと笑った。

「汗くせーなあ、大ちゃん一日ずっと畑にいたろ?」
「そりゃそうだ、俺の職場は畑だし、」

おおらかな温もり汗が香る。
人懐こい笑顔きらめく朱い土手、幼馴染は言った。

「かっちゃん見つけたとき俺、ワイシャツの背中なんだか遠かったんだ、」

おおらかな声、でも言葉そっと射す。

“遠かった”

本当にそうだ、自分から遠くしていたから。
言われても仕方ない想いの真中、親しい瞳に朱いろ燈った。

「カンリョーえりーとになって違う人間になったかあ思った、でも口悪いまんまだったからさ?よかったあーオベッカニンゲンに変身してねえって、ほっとした、」

朱色きらきら幼馴染が笑う、昔いつもこうだった。
夕暮の土手いつも並んで座った、あの時間そのまま笑った。

「オベッカ言えてたら俺、ここに道路つくらせたり新幹線の駅つくったり出来たかもしれねえんだぞ?大ちゃんの野菜も高く売れてさ、」

この故郷に何かを、過疎なんて嫌だ。

そう思っていた、だから官僚になりたかった出世したかった。
けれど成しえないまま戻ってしまった進路の涯、土に生きる眼が自分を見た。

「便利や金持ちもイイモンだろうけどさ、人間オカシクなっちまったら意味ナイだろ?かっちゃんのが大事だよ、」

汗やわらかに香る声、まっすぐに温かい。
こういう眼ずっと見ていなかった、なつかしい安堵に微笑んだ。

「ほんと大ちゃんって賢いよな、バカだけど、」

勉強は苦手、そんな幼馴染はけれど賢い。
その賢明ほがらかな瞳は自分を映して、声おおらかに笑った。

「ほんっと口悪いよなあ?でもウソ吐きより何百倍もいいや、」
「ちょっとは直さないとなって自覚もあるんだぞ、俺なりにさ?」

言い返した唇に風ふれる、湿度やわらかな記憶の香。
かすかに渋い甘い瑞々しい、ふるさと水匂う黄昏ふっと訊いた。

「さっき大ちゃん、俺の転勤は驚かれるって言ったよな?どういう意味で言ったんだ、」

地元の役所だから知人も多い、その既知が理由だろう?
そんな推論と尋ねて、けれど闊達な声は言った。

「女だと思われてるからだよ、カズミサン?」

ぽん、

組んだ肩ひとつ大きな掌に敲かれる。
その言葉すぐ気がついて、納得に答えた。

「あー…大学ではソレ、よくあったよ俺?」

漢字は読み方いくつもある。
地元では生まれた時から名を知られて、だから間違えなどなかった。
けれど地元を離れたら誤読もあたりまえで、それでも予想外な場所に言われた。

「やっぱあったんだ?そう読めちゃうもんなあ、」
「まあ読めるけど、」

返事しながら痛み小さく射す、予想外で。
その本音そのまま声こぼれた。

「でも地元だろ?地元で読み間違えされるってさあ…ほんと帰り方もうマズッたよなあ、」

まったく知らない土地なら仕方ない、でも故郷は堪える?
どんな貌して初出勤したらいい?未知の場所ならいっそ気楽だった?
こんな初体験に考えぐるり眉ひそめた隣、夕映えに日焼け顔ほころんだ。

「そーゆーの気にすんなって。もう聞いたみたいだしさ、ほら?」
「え?」

どういう意味だろう「もう聞いたみたい」って?
解らないまま隣の眼たどって先、木下闇あわく朱色うかんだ。

「立ち聞きしちゃってごめんなさい!」

やわらかな朱色が頭下げる、黒髪ひるがえって夕映え零す。
聞き覚えあるソプラノ見つめた真中、白い顔ふわり浮かんだ。

「女の人に間違えたの私なの、私です、ごめんなさい!」

蒼い薄暮ゆるやかに朱色あわく象らす。
やさしい朱色ブラウスなびく、黒いスカートさわやかな白い脚。
やわらかな色あざやかに歩みよる、そうして女性ひとり前に立った。

「同姓同名の漢字ってすぐ思ったの、思いました、でも私、かっちゃんがウチの分庁舎に来るとかそんな幸運あるわけないって思ってたから女の人だ思って、」

なつかしい口調、丁寧な口調、ごったまぜにソプラノ透る。
そんな話し方も懐かしくて、可笑しくてつい噴きだした。

「ふっ」

変わらないんだ、この女の子も?
この故郷こんなにも変わらない、それが笑ってしまう。

「かっちゃん笑いすぎだぞ?アイツ固まってるぞっあはははっ、」
「大ちゃんも笑ってんだろが、」

笑いながら肩ぽんぽん敲く、敲かれる。
昔のまま笑いあう黄昏の土手、けれど幼馴染はさらり言った。

「かっちゃん、アイツをちゃんと見てやってくれよな…」

耳打ちみたいな小さな声、でも確かに言われた。
どういう意味だろう?

「見てるけど?あっちゃんが俺を同姓同名の女と勘違いしたって話してくれてんだろ、」

それ以外なにを「ちゃんと見てやって」なのだろう?
不思議で見つめた至近距離、賢明な眼が笑った。

「かっちゃんは賢いけど鈍いよなあ、イイカゲン気づけよ?」
「なにを?」

訊き返して日焼けの口元また堪えだす。
どうしても笑ってしまう、そんな声はそっと告げた。

「アイツも二十歳すぎたよ…二十年の片想いとか男冥利だろよ?アリガタガレ、」

ひそめた声ぽんと肩を敲く、二十八年どれより響いて朱が咲いた。


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