萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第56話 潮汐act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2012-09-28 23:22:06 | 陽はまた昇るanother,side story
潮、辰に充ちて



第56話 潮汐act.1―another,side story「陽はまた昇る」

摩天楼の狭い空、けれど青色まばゆい朝がふる。
日曜の早い朝、普段雑多な広場も静謐がまだ微睡み優しい。
交番前を掃く箒の音だけが朝に響く、こんな静けさに実家の朝を思い出す。

…明日は、すこし庭の手入れしたいな?…いっしょに、

箒の音に予定を想って、首筋が熱くなる。
この当番勤務が明けたら大好きな人が迎えに来てくれる、そして海に行く。
それから実家に帰って明日の夜まで一緒に居られる。その予定が幸せで面映ゆい。

…まだ勤務中なんだ、しっかりしないと?

心つぶやいて、熱くなりかかる首を軽く掌で叩く。
ひとつ呼吸して落着くと、また箒を動かして塵取りに塵を掃きこんだ。

ざっ、ざぁっ、ざっ

箒の音が朝の静謐に響く、その音が遠い記憶を呼んでくる。
懐かしい家の朝の風景、それから遠い冬の陽だまりと薄紅の貝殻と、きらめく潮騒の音。

…海の音に、似てるね?

今日は海に行く、遠い冬に行った海と同じに貝殻拾いをするだろう。
また予定が想われて幸せが温かい、こんなに楽しみにしている自分がすこし気恥ずかしくなる。
そんな想いと動かす箒の音に、かすかな短靴のソール音が聞えた。

かつ、かつ、かつ…

近づいてくる足音は聞きなれたトーンでいる。
けれど、どこか急いているような響きが感じられて周太は首を傾げた。
なにを急くのだろう?そんな疑問と顔を上げて、朝陽ふるなか見つめた表情に納得が落ちた。

時が来る?

そんな予兆と見つめる上司の顔が、すこし固い笑顔で会釈する。
短靴の足音はすぐ傍に来て、周太は箒を持ったまま姿勢を正して笑いかけた。

「おはようございます、若林さん、」

左手首のクライマーウォッチは7:18を表示する。
交替にはまだ早い時間、それでも上司は急ぎ足で自分の前に現れた。
その理由を自分は解かっているだろう。いま予兆と微笑んだ朝陽のなか、交番所長はひとつ呼吸して笑ってくれた。

「おはよう、湯原。話がある、片づけたら奥へ来てくれ、」
「はい、」

素直に頷いて、上司の背中を交番へと見送った。
それから最後の一掃きを、丁寧に塵取りへと送りこんだ。

ざぁっ、

潮騒と似た音に塵は納まって、アスファルトに朝陽が射した。
光の軌跡に顔をあげ、見上げた空は狭くても朝が輝いて、ブルーは深く鮮やかに瞳へ映りこむ。
こんなふうに空は美しい、こんな晴れた朝だけではなく雨も風も、黄昏も夜の闇も。

…今日は海の夕陽、見られたらいいな?

あと1時間後には自分は、幸福な時間にいるだろう。
その前に今から自分は、運命のベクトルを受取りに行かなくてはいけない。
もう何度も覚悟した瞬間を今、迎えにいく。この今に微笑んで周太は、箒と塵取りを携え交番へと入った。


午前7時23分、湯原周太巡査に異動が告げられた。




古い、くすんだボタンを掌に包みこむ。
このボタンは14年前の春、父の制服を留めていた。
これを受けとったのは卒業配置間もない秋だった、父を助けようとしてくれた男が亡くなる直前に渡してくれた。
あのときからずっと、いつも活動服の胸ポケットに納めて警察官として勤務する御守にしている。

…お父さん、今日からいつも傍にいてくれる?

大切な俤へ微笑んで、周太は赤い錦の御守袋を開いた。
中には一枚の花びらを押したカードが入っている、そこにボタンも一緒に納めた。
そして藤色の房を結び直すと、掌に包みこんだ。

「今日も明日も、泣きませんように、」

願いごとに赤い錦袋へ笑いかけて、スラックスのポケットに仕舞いこんだ。
呼吸ひとつして、支度しておいた鞄を肩にかけ、革靴を履く。この鞄も靴も英二が揃えてくれた。
いま着ているスラックスもカーディガンもカットソーも、ベルトに靴下から全てが贈られたものばかりでいる。
こんなふうに、気がつけば自分の全ては美しい婚約者に充たされて、きれいな眼差しがいつも心に微笑む。
そして今もきっと、自分との約束のため新宿まで迎えに来て、自分を待っている。

…もうじき逢えるね、英二?

心つぶやき微笑んで、周太は部屋の扉を開いた。
鍵を掛けて廊下を歩く、その向こうから私服姿の笑顔が笑いかけた。

「おはよう、湯原。今日は実家、帰るんだ?」
「おはよう…そうだよ、深堀も?」

教場から一緒の同期へと周太は素直に微笑んだ。
深堀も微笑んで、楽しげに笑って教えてくれた。

「今日は俺、午後から内山に呼び出されてるんだ。なんかあいつ、ここんとこ変なんだよね?変の下心かもね、」
「へんのしたごころ?」

どういう意味だろう?
不思議で聞き直すと、人の好い笑顔は淡々と説明した。

「ほら『変』っていう漢字の下の部分を『心』にしたら、恋って字になるだろ?だから恋の病かな、ってこと、」
「内山、恋したんだ?…あ、教場で噂になったひと?」

そういえば内山は騒ぎを起こしたな?
懐かしい記憶に可笑しくて笑った周太に、けれど深堀は首傾げて苦笑した。

「だったら話は楽だけどさ?多分違う気がするよ、まあ俺には内山、話しするもりないだろうけど、」
「でも、呼びだされてるんだよね?…話したいからじゃ、ないの?」

話すつもり無いのに呼び出すのかな?
不思議で首傾げた周太に、落着いた笑顔は可笑しそうに笑った。

「話せなくても、気晴らしに付きあう位は出来るだろ?夜は関根も一緒に飯食うんだよ。たぶん今、独りになりたくないんだろね、内山」

あの内山でも、そういう気分の時があるんだな?
なんだか意外で、けれど本当は寂しがりな一面も頷ける。前にそんなことを言っていたことがあったから。
今日は楽しんで気晴らしになると良いな?そんな想いのまま周太は笑いかけた。

「そうなんだ、皆で今日、楽しいといいね。でも内山、その好きな人も誘えばいいのにね?」

何げなく言って周太は微笑んだ。
その言葉に深堀は、困り顔で可笑しそうに笑いだした。

「その相手のことでね、そのうち宮田が呼び出されるんじゃないかな?本人直接は、内山的には無理だろね、」
「ん?…そうなんだ?」

どうして、あの内山が本人を避けるのだろう?

初任科教養の時は彼女に会うため校則違反までした、そういう大胆さが内山にはある。
それなのに今回はどうして「内山的には無理」なのだろう?あのときの彼女はどうしたのだろう?
しかも相手のことで何故、英二が呼び出されるのだろう?モテる英二に相談してみたいのかな?
なんだか気になってしまう、けれど時間を思い出して周太は踵を返した。

「俺、行かなくちゃ。深堀、またね?皆によろしく、」
「うん、またね、湯原。宮田によろしくね、」

人の好い笑顔で笑って踵を返す、その背中の言葉に周太は驚いた。
さっき「実家に帰る」話をしていたのに、どうして深堀は「宮田によろしく」と言ったのだろう?

「あ、ふかぼり?なんで英二によろしくなんだ?」

驚くままに呼び止めて、同期の前へと周太は戻った。
そんな周太に深堀は、何のこと無い顔で教えてくれた。

「だって今日、宮田に会うんじゃないの?そのあと実家に帰るのかな、って思ったんだけど、違った?」
「どうしてそうわかるんだ?」

なんでだろう?
不思議なまま問いかけた周太に、人の好い笑顔は言ってくれた。

「だって湯原、今朝はとびきり美人の貌してるよ?だから宮田に会うのかなって、思ったけど?」

そんなに自分は顔に出ているの?

そう思った途端に恥ずかしくて首筋が熱くなってくる。
こんなこと面映ゆくて困ってしまう、けれど嬉しい気持ちも本当で、羞んでも素直に周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう…よろしくつたえておくね?じゃあ、また、」

笑いかけると踵返して、足早に出口へと歩き出した。
すぐ廊下が終わって扉を開く、階段を降りて通りに出ると木洩陽がきらめいた。
アスファルトに聳えるコンクリートの街、それでも太陽も空も輝いている。
この光はどこも変わらない、そんな想いに今朝の辞令へ周太は微笑んだ。

…きっと大丈夫、出来る、

密やかな覚悟を抱いて、そっとスラックスのポケットにふれる。
そして振向いた視線の向こう、シックなブルーの車が此方に来てくれる。
そのフロントガラスに大好きな笑顔を見つけて、周太は綺麗に笑いかけた。

「英二、」

名前を呼んで歩み寄る、その近くにブルーグレーの車が止まってくれた。
扉を開いて助手席に座らせてもらう、その運転席で迎えてくれた笑顔へと綺麗に笑いかけた。

「おはよう、英二…お迎え、ありがとう、」
「おはよう周太、」

大好きな声が名前を呼んで、綺麗に笑ってくれる。
大切な笑顔に逢えて嬉しい、微笑んでシートベルトを締めようした掌を長い指が包みこんだ。

「周太、逢いたかった、」

引寄せられ、きれいな笑顔が近づいて唇が重なった。
ふれる唇の熱、ほろ苦い甘い香が吐息におくられて、首筋から頬まで熱くなる。
すぐ離れて、切長い目は嬉しそうに笑ってくれた。

「そのココア、周太のだよ、」

言われて見ると、ココアのペットボトルがスタンドに置いてある。
自分の好きな飲み物まで支度してくれた、嬉しくて面映ゆくて周太は微笑んだ。

「ん…はい、ありがとう、」

答えながらシートベルト締めて、ペットボトルに手を伸ばすと温かい。
車は丁寧に発進して通りを走りだす、車窓に流れる見慣れた風景に周太は微笑んだ。
こうして見ると違う風景に見えるな?なんだか楽しく見る隣から綺麗な低い声が教えてくれた。

「この車、俺の運転で助手席に座ったのは、姉ちゃんと両親以外は周太が初めてだから、」
「え…」

それはほんとう?

言われた言葉に驚いてしまう。
だって今まで英二は、沢山の女の人と付き合ってきた事を知っている。
それなのに家族以外は初めてだと言うのは、どういうことだろう?不思議で見上げた隣で、幸せな笑顔がほころんだ。

「俺、デートするために運転すること、周太が初めてだよ?いつも独りで乗ってたから、」

初めてだなんて、うれしい。
うれしくて面映ゆくて、そして今、こんなこと言われたら泣いてしまうのに?
ずっと独りだった隣を自分にくれる、それが嬉しくて、嬉しい分だけ今もう苦しい。

…ありがとう、でもごめんね

ほんの1時間前から、もう約束は何も出来なくなった。その現実が涙に変わりそうで堪えて苦しい。
この1時間前に告げられた異動の内示、それは逢える時間が減るだろう宣告、もう、この隣に座る約束が出来ない。
この「初めて」の次が解からない。そうしたら英二は、また独りこの車を運転するのだろうか?

…ごめんね英二…うれしい、でもごめんなさい…でも、ありがとう英二

今、幸せそうな隣の笑顔が嬉しくて、切なくて泣きたくなる。
今こうして隣に自分が座る、それを喜んで笑ってくれている、それなのに独りにしてしまう。
この今の現実に涙こみあげそうで、俯いて周太はペットボトルの蓋を開けた。

…いいかおり、

ほろ苦く甘い香が昇って、自然と微笑ませてくれる。
この香は父と母との優しい記憶が温かい、この温もりに今、泣かない勇気をもらいたい。
そっと唇つけて香を飲みこんで、涙も一緒に心の底へ飲みこみ周太は微笑んだ。

「いい車だね?」
「ありがとう、周太。でも買い替える予定なんだ、」

嬉しそうに笑ってくれる、その横顔に見惚れてしまう。
今日はたくさん笑顔にしてあげたいな?そんな願い微笑んで周太は尋ねた。

「そうなの?…あ、山に行きやすい車にする?」
「そうだよ、やっぱり四駆の方が奥多摩では良いだろ?今日、父さんに買い替えのこと頼んできたんだ、」

さらり言ってくれた言葉に「約束」が想われて嬉しくなる。
あの川崎の家を奥多摩に移築して永住する、そう英二は前に約束してくれた。
その約束が車の買い替えに想われて嬉しい、そして今からの話へと緊張してしまう。
今日、英二は久しぶりに実家に帰った。この「久しぶり」な理由は周太にある、その自責が緊張に傷む。
その傷みごとペットボトルに口付けて、ひとくちココアを飲みこむと周太は微笑んだ。

「みなさん、お元気だった?」
「うん、父さんに、お母さんと周太によろしくって言われたよ。母さんは、あの子は元気?って訊いてきた、」

…お母さんが、自分を気に懸けてくれたの?

何げなく言ってくれた言葉に、隣を見つめてしまう。
彼女と会ったのは3月、雪ふる吉村医院での夜だった。
あのとき叩かれた頬の腫れは退いている、けれど心の痛みまでは退いてくれない。
最初からずっと覚悟していた、嫌われて当然だと解っている、それでも拒絶は哀しかった。
哀しくて苦しくて、でも自分は彼女を少しも憎めなくて、それが尚更に哀しいままだった。

宝物のよう大切なひとを生んでくれた、そんなひとを憎むことなんて出来るはずがなくて。
もし彼女がいなければ英二はいない、自分に幸せを贈ってくれる存在は生まれなかった。
だから憎めない、だから殴られる覚悟もして頬を叩かれた、それは心に痛かった。
そんな彼女が、自分の事を気に懸けてくれたの?

「お母さん、俺のことを気にしてくれたの?」
「うん、してた。姉ちゃんに周太がくれた花も、綺麗だったって褒めてたよ」

笑って答えてくれる言葉が、素直にうれしい。
やっぱり本当は彼女も「人を好きになりたい」けれど不器用なほど繊細な人でいる。
そんな彼女の素顔が今、この隣で運転するひとの為に嬉しくて仕方ない。

…どうか英二が、お母さんと本当に仲良くなれますように

どうか、この母子にも心から笑い合える幸せがあってほしい。
そっと心に願いを見つめて、周太は綺麗に微笑んだ。

「よかった、花を喜んでくれるの嬉しい…ありがとう、英二、」
「俺は何もしてないよ、」

綺麗に笑って頷いてくれる、その笑顔が前よりも明るい。
その明るさが今、心から温かい。



青い光が、まばゆい。

潮風すずやかに頬をなでていく、やさしい潮騒が記憶を呼んでいく。
大らかな青ひろがる世界は陽光きらめいて、休日の穏かな朝のどやかに寛がす。
海が見える朝食をしよう、そう言って英二はこのレストランに連れて来てくれた。
その言葉通りに食卓の向こう、ブルーあざやかな海は大らかな朝陽に耀いている。

…きもちいいな、

ゆるやかな吹く風に座り、見つめるブルーの光に微笑が誘われる。
ほら、こんなふうに世界は穏やかで明るい、それが今の自分にとって不思議で頼もしい。
この3時間ほど前にコンクリートの空間で告げられた現実は厳しい扉、それでも世界は優しく佇んでいる。
この美しい光景は、この先どこに自分があっても変わることは無い。そんな摂理が優しく温かい。

「周太、うれしい?」

きれいな低い声が微笑んで、隣を周太は見た。
きれいな笑顔ほころんだ切長い目が、優しい眼差しに笑いかけてくれる。この大好きな目に周太は素直に笑った。

「ん、うれしい…きれいだね、ここ良いね?」

答えながらオレンジをとったフォークを口に運ぶ。
その手に長い指が添えられて、英二の唇はフォークのオレンジを咥えこんだ。

「あ、」
「ごちそうさま、周太と間接キスしちゃったな?」

うれしそうに笑って、端正な口許からオレンジが香る。
その唇と「間接キス」に首筋が熱くなってしまう、こんなの気恥ずかしい。
それでも隣のひとがすること全てが嬉しい、そんな想いとパンケーキを口に運んで飲みこんだ。
その横顔に視線を感じて、何げなく振り向くと切長い目が楽しそうに見つめてくれていた。

…こんな貌して、見つめてくれるね?

幸せそうな貌が嬉しい、けれど苦しい。
この貌から自分はすこし遠く離れなくてはいけない、その現実への扉は既に開かれた。
その現実に、自分はこの大切な笑顔を護りぬくことは出来るだろうか?
そんな想いと気恥ずかしさに微笑んだ、その向こうで笑顔は輝いた。

―好きだよ、ずっと見ていたいよ、傍にいて?

そんな想いが声が、綺麗な笑顔にほころんでくれる。
こんなに綺麗な英二、もっと似合う人がいるのに自分にこの笑顔をくれる。
この笑顔が自分は大切で宝物で、だから同性でも恋する道を選んで今、唯ひとつの願いを抱いている。

…護りたい、

この笑顔を、離れていても護りたい。
この願いを叶えたい、そのために自分は幼馴染に願ってしまった。
大らかで強く優しい光一、あの美しい幼馴染は英二と似合う体と力と、そして心を持っている。
どこまでも明るい目をした山っ子が英二を支えてくれる、そう信じているから今も異動への覚悟は鎮まっている。

それでも、光一と英二のふたりが恋愛関係になる事は安易ではない。
それを自分も解かっている、ふたりと同じ警察組織に所属する一人として、ふたりの立場も弁えている。
そう解った上で願っている、あの二人に寄添い合って支え合っていてほしい、だって他に方法が見つからない。

ふたりは資質が優れている、だから互いにしか頼るに足る相手もいない、そんな唯ひとりの相手同士でいる。
だから恋愛になっても互いに解りあえるはず、それは幸せだろうと思ってしまう。
たとえ公に言えない立場でも、心が充たされるなら救いはあるのだから。

…だから、きっと俺にも言わないね…ふたりは、きっと

周太を秘密背負う責任から護る、そのために二人とも言わない。
そういう潔癖な二人だからこそ、それぞれを自分は大切に想って今、見つめる海にも祈ってしまう。
どうか大切な二人とも、ずっと幸せに笑い合って最高峰への夢を叶えて、輝く道を昇り続けていてほしい。
どうか二人の笑顔が誇らかな心のままに耀いて、この世の天辺に自由を謳う幸せに生きていて?

…ごめんね、でも、ありがとう…ずっと幸せでいてね、

静かな自責と感謝に微笑んで、周太は海に祈りを見つめた。
大らかに耀くブルーの水と空、吹きぬける潮騒の甘い香、頬撫でる風の優しい温度。
その全てに想う祈り佇んで、のんびりとフォークを運んで甘いパンケーキに微笑んだ。

「周太、食べたら浜に降りてみる?」

綺麗な低い声に呼びかけられて、振り返る。
浜に降りてみたいな?そう素直に微笑んで周太は頷いた。

「ん、行ってみたい…貝殻あるかな?」
「たくさんある所に連れて行ってあげる、今日もあると良いんだけどな、」
「ありがとう、英二…ちょっと待ってね、これ食べちゃうから、」

もう英二の皿には、トーストも卵料理も無い。
つい呑気に食事してしまったな?すこし気恥ずかしく微笑んで周太はフォークを動かした。
オレンジのサラダを食べ終えてパンケーキをフォークに取る、その隣から婚約者は微笑んだ。

「周太、周太だけが、俺の帰る場所だよ?」
「え…あ、はい、」

急に言われた言葉に、パンケーキのフォークが止まる。
急にどうしたのかな?すこし驚いてしまう、けれど言ってくれた想いが嬉しい。
すこし途惑うけれど嬉しいほうが大きくて、そんな思いと見つめた婚約者の希望に気がついた。

…さっき、俺のフォークから食べて嬉しそうだった

あの笑顔をまた見せてほしいな?
そんな想い素直に微笑んで、パンケーキのフォークを差し出した。

「ん、帰ってきてね?…あの、食べる?」

ほら、差し出したフォークに幸せが笑ってくれる。
見つめる想いの真中で、嬉しそうに英二はフォークの先へと口付けた。

「うまいな、ありがとう周太、」
「ん、よかった、」

微笑んで最後の一欠片をフォークに取ると、自分の口に入れる。
たった今この美しい婚約者が口づけたフォークは、あまい幸せが面映ゆい。

…かんせつきすになっちゃった

心つぶやく想いが熱になって、首筋を昇って頬まで熱い。
あまい熱ごとココアを飲み干し、きちんと紙ナプキンで口元を拭う、その唇にそっと指ふれてしまう。
フォーク越しのキス、その幸せがもう涙に変わりそうで、それでも微笑んでナプキンを畳んだ。
どこか名残惜しい想いごと白い紙をテーブルに置く、それから隣の笑顔に周太は微笑んだ。

「ごちそうさまです。英二、お待ちどおさま…ここの浜辺に降りるの?」
「すこし車で走ったとこだよ、周太、」

笑いかけて立ち上がってくれる、一緒に周太も立ちあがった。
その視界にブルーが映り海を振り返る、見つめた先ひろがる光彩が嬉しい。
このブルーを幸せと一緒に記憶したい、そんな想い佇んだ横顔に綺麗な低い声が笑いかけた。

「周太、今から俺のお祖母さんの家に行くよ?そこの浜辺で貝殻、拾えるから、」

言われた言葉に鼓動ひとつ、温かく心をノックした。




(to be continued)

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