萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

長月二十日、曼珠沙華―again

2018-09-20 23:04:08 | 創作短篇:日花物語
それでも生きて、
9月20日誕生花マンジュシャゲ


長月二十日、曼珠沙華―again

いつか、なんてもの無いとも聞くけれど。

「…いつか、」

声なぞらせて時を待つ、君が言ったから。
もし言ってくれなかったら多分、きっと。

「声、かけていい?」

とん、

肩そっと突かれて声のぞきこむ。
もうかけられた声に笑いかけた。

「もう声かけてるだろ、なに?」
「んー…兄ちゃん、」

呼びかけながら詰襟姿が腰おろす。
もう馴染んだ衿元ながめて、つい笑った。

「詰襟、ちゃんと似合ってるな?」

入学式、まるで借り物みたいだったな?
そんな感想しまいこんだ縁側、丸い頬ぷっと膨れた。

「なんか今、ちょっとガキ扱いしただろ?」

こんなこと言う自体「ガキ」だろうに?
可笑しくて、つい笑った肩また突かれた。

「ほらあ、兄ちゃんすぐ笑うー中学生になってもガキ扱いかよー?」

ふくれた頬とんがらがせた唇、まだ声が高い。
この声もうじき低くなるだろう、そんな弟に微笑んだ。

「修司郎はさ、ガキ扱いされたくないんだ?」
「アタリマエだろー兄ちゃんもそうだったろ?」

とんがらがせた唇の衿元、詰襟が黒くまぶしい。
この制服を自分も着ていた、もう十年になる過去へ微笑んだ。

「そうだなあ、俺はガキ扱いされたかったかな?」

今の弟と同じ齢だった、あの日の自分。
あれから十年を生きて座る縁側、澄んだ瞳ゆっくり瞬いた。

「兄ちゃん…ごめん、俺…」

まだ高い声が見あげてくれる、その瞳まだ幼い。
ああよかった、年相応の声に眼に微笑んだ。

「修司郎が謝ることじゃないよ、そろそろ飯が炊けるぞ?」

とん、詰襟の肩そっと敲いて立ちあがる。
高くなる視界ふわり風あわい、頬ふれる冷気が秋になる。
もう訪れた季節かすかに芳しい、そんな風から弟に笑った。

「ガキ扱いが嫌なら修司郎、週末は稲刈り手伝ってくれるよな?」

中学1年生、まだ遊びたいかもしれない?
宿題だって部活だってあるだろう、そんな等身大が見あげてくれた。

「手伝っていいの?」
「手伝えるならな、部活とかあるか?」

笑いかけて居間に上がって、あまい芳ばしい飯が香る。
新米もっと薫るといい、願い台所に入って足音すぐ呼ばれた。

「それより稲刈りやりたい俺、ホントに手伝わせてよ兄ちゃん?」

そんなこと、言ってくれる齢になったんだな?

「ほんとに手伝うなら、手伝わせるよ?」

答え笑いかけて炊飯器ひらく。
あたたかな湯気やわらかに芳しい、しゃもじ小さく一掬い甘く香った。

「ほんとに手伝うよ、ホトケサンの飯も俺にあげさせてよ、」
「うん、よろしくな?」

ちいさな茶碗そっと渡して、弟の手が受けとめる。
ふれる指先やわらかい、まだ幼い指で、だけど大きくなった。

「…成長したよなあ?」

詰襟姿の背中、ただ嬉しい。
こんなふう自分も見られていたのだろうか?
もう訊けない相手に線香たなびく影、ほろ苦い馥郁に呼び鈴が鳴った。

「にいちゃーん、今の呼び鈴じゃない?」
「うん、」

頷きながら柱時計あおいで、時刻に訝しい。
来客には早すぎる朝、それでも玄関扉に立った。

「はい?」

郵便にしても早すぎる、電報だろうか?
めぐらす考え扉越し、声が呼んだ。

「晃太郎くん?」

なつかしい声、ほんとうに?

「え…?」
「晃太郎くんだろ?こんな朝早く、いきなりごめん、」

なつかしい声が呼ぶ、本当に「いきなり」だ?
途惑ったまま玄関かちり鍵ひらいて、がらり扉ひき開けた。

「いきなり朝っぱらかごめん、夜行バスに飛び乗って来たんだ、」

なつかしい声なつかしい笑顔、いつか、が来た。


曼珠沙華:マンジュシャゲ、別名ヒガンバナ、花言葉「悲しい記憶、あきらめ、独立、転生、」赤花「情熱」白花「また会う日を楽しみに」

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