Of moral evil and of good,
第86話 建巳 act.21 another,side story「陽はまた昇る」
改札口、あの向こう探してしまう。
「昼間でも混んでるよなあ、だいじょうぶ?周太、」
「ん、ありがとう賢弥、」
うなずいて笑い返して、友だちと改札を抜ける。
こんなふう並んで笑って、そのくせ視界の端は見てしまう。
『周太!』
ほら、記憶の笑顔に呼ばれてしまう。
あなたの笑顔ただ、僕を見て。
―英二…今日は何してるのかな、
ほら考えだす、電話の勇気もないくせに?
奥多摩で追いかけて、あの雪山を駆けた自分どこ行った?
「あの角を曲がったとこだったよな?」
「ん、暖簾すぐ見えるよ、」
ほら笑って話して歩く自分、それなのに雪山が見える。
おととい銀色きらめいた場所、凍てつく大樹、そして深紅の登山ジャケット。
「おー、なんかイイ匂いしてきた、」
「ん、お腹すいちゃうね?」
「だよなあ、ナニ食おうかなあ、」
ほら闊達な瞳チタンフレームに笑う、楽しい。
こんな何でもない会話に笑って、歩いて、芳ばしい香くすぐられる。
それなのに白銀と深紅が離れない、どうして、なぜ、僕はこんなに見つめてしまう?
「こんちはー、」
闊達なバリトン扉を開けて、胡麻油の香が甘い。
この匂い初めて香った日、あのとき隣はあなただった。
「らっしゃーい、おっ?にいさん達かい、さあさあ座ってくんな、」
ほら、なじみの笑顔が迎えてくれる。
武骨なくせ気さくに温かで、おしぼりと水のコップ運んでくれた。
「唐揚げ食うかい?揚げたてなんだ、サービスするよ、」
「いいっすねえ、周太も好きだよな?」
「ん、ありがとうございます、」
笑いかけて頭下げて、いつものメニューほっとする。
こんなふうに友だちと食事の時間、馴染みの店、こんな日常が温かい。
けれど最初に来た時は、あなただった。
「チャーシュー麺のネギ大盛ね、にいさんは何にするかい?」
「五目そばで、」
「いつものだねえ、ちょいと待っててくださいよ?すぐ出しますからねえ、」
気さくな笑顔が踵を返して、その左脚ゆっくり引き摺ってゆく。
あの脚は父の友人が撃った。
『あいつ、手帳ごと胸を撃たれてな…あいつの帰りたい気持ちが銃弾に壊されたみたいで、悔しくて哀しくて、』
父が撃たれて、報復に父の友人が撃った脚。
けれど本当は父の同僚が犯人だった。
―この人には撃てるわけなかったんだ、ボディーアーマーを着てるのに手帳ごと撃ちぬくなんて…普通じゃないもの、
春、新宿御苑の園遊会が終わった夜。
あのとき警備に当たった父は制服姿、装備は固かった。
それを「普通ではない」技術が撃ち抜くなんてない、なぜ当時それを誰も指摘できなかったのだろう?
―ううん、指摘できなかったんじゃない…無視されたんだ、ね、
父の友人だった安本、彼が事件を担当してくれた。
それは今も過去じゃない、だから自分は今こうして生きられている。
―英二のおかげだけじゃない、僕がこうしているのは…ここのご主人も安本さんに救われて、
口つけるコップのガラス越し、厨房の背中は明るい。
あの主人が15年前、暴力団員だったなど誰が思うだろう?
―この人は確かにお父さんに銃口を向けて、でも弾丸は大きく逸れて…怯えて撃っただけ、
あの春の夜、ガード下、そこで父に銃口を向けた人。
けれど弾丸は壁に残っていた、未遂だった、けれど当時その証拠は誰も気づかなかった。
―教えてあげたい、あなたは誰も殺してなんていないのに…どうして、
ほら想いこみあげる、だって香が温かい。
ほら厨房の笑顔まっすぐ手もと見る、エプロンの腕かろやかに鍋を振る。
こんなふう毎日ずっと誰かの腹を満たして温めて、こんなに温かで、こんな無実の罪人が哀しい。
「しゅーた、おーい周太?」
「ん?」
呼ばれて振りむいて、チタンフレームの眼ざし笑ってくれる。
つい考えこんでしまったな?気恥ずかしさに友だちが言った。
「小嶌さんからメール着たよ、周太にも着てない?」
スマートフォンこちら示してくれる、その差出人に自分も画面ひらく。
受信履歴すぐ開けて、綴られた名前に微笑んだ。
「着てる、お引っ越し無事に終わったみたいだね…」
元から片づけておいたの、結果どうでも自立するつもりだったから。
そう告げて笑った彼女の荷物は、ダンボール2つとボストンバッグひとつだった。
あれだけでは足りないものもあるだろう?
「田嶋先生の紹介なんだ?小嶌さんの新居、」
「ん、前もってお願いしてたみたいだよ、」
答えながらメールの返信を考える。
電子文字ながめるテーブル、明朗なバリトンが言った。
「なあ、周太?小嶌さんと奥多摩に行ったんだろ?」
眼鏡ごし、闊達な瞳が訊いてくれる。
心配してくれていた、そんな眼ざしに微笑んだ。
「行ってきたよ?田嶋先生がね、お父さんと話してくれたんだ、」
自分と美代だけでは難しかったろうな?
あらためての感謝に友だちが言った。
「田嶋先生、やっぱり行ったんだ?青木先生と話してたんだよ、」
「そうなの?」
どんな話をしたのだろう?
問い返したテーブル、農学生は口ひらいた。
「ほんとは青木先生が行こうとしたんだよ、でも小嶌さんに入学を勧めた張本人だろ?オヤジさんを刺激しすぎるって田嶋先生が止めたんだ、」
第86話 建巳act.20← →第86話 建巳act.22
斗貴子の手紙←
にほんブログ村
純文学ランキング
kenshi―周太24歳4月
第86話 建巳 act.21 another,side story「陽はまた昇る」
改札口、あの向こう探してしまう。
「昼間でも混んでるよなあ、だいじょうぶ?周太、」
「ん、ありがとう賢弥、」
うなずいて笑い返して、友だちと改札を抜ける。
こんなふう並んで笑って、そのくせ視界の端は見てしまう。
『周太!』
ほら、記憶の笑顔に呼ばれてしまう。
あなたの笑顔ただ、僕を見て。
―英二…今日は何してるのかな、
ほら考えだす、電話の勇気もないくせに?
奥多摩で追いかけて、あの雪山を駆けた自分どこ行った?
「あの角を曲がったとこだったよな?」
「ん、暖簾すぐ見えるよ、」
ほら笑って話して歩く自分、それなのに雪山が見える。
おととい銀色きらめいた場所、凍てつく大樹、そして深紅の登山ジャケット。
「おー、なんかイイ匂いしてきた、」
「ん、お腹すいちゃうね?」
「だよなあ、ナニ食おうかなあ、」
ほら闊達な瞳チタンフレームに笑う、楽しい。
こんな何でもない会話に笑って、歩いて、芳ばしい香くすぐられる。
それなのに白銀と深紅が離れない、どうして、なぜ、僕はこんなに見つめてしまう?
「こんちはー、」
闊達なバリトン扉を開けて、胡麻油の香が甘い。
この匂い初めて香った日、あのとき隣はあなただった。
「らっしゃーい、おっ?にいさん達かい、さあさあ座ってくんな、」
ほら、なじみの笑顔が迎えてくれる。
武骨なくせ気さくに温かで、おしぼりと水のコップ運んでくれた。
「唐揚げ食うかい?揚げたてなんだ、サービスするよ、」
「いいっすねえ、周太も好きだよな?」
「ん、ありがとうございます、」
笑いかけて頭下げて、いつものメニューほっとする。
こんなふうに友だちと食事の時間、馴染みの店、こんな日常が温かい。
けれど最初に来た時は、あなただった。
「チャーシュー麺のネギ大盛ね、にいさんは何にするかい?」
「五目そばで、」
「いつものだねえ、ちょいと待っててくださいよ?すぐ出しますからねえ、」
気さくな笑顔が踵を返して、その左脚ゆっくり引き摺ってゆく。
あの脚は父の友人が撃った。
『あいつ、手帳ごと胸を撃たれてな…あいつの帰りたい気持ちが銃弾に壊されたみたいで、悔しくて哀しくて、』
父が撃たれて、報復に父の友人が撃った脚。
けれど本当は父の同僚が犯人だった。
―この人には撃てるわけなかったんだ、ボディーアーマーを着てるのに手帳ごと撃ちぬくなんて…普通じゃないもの、
春、新宿御苑の園遊会が終わった夜。
あのとき警備に当たった父は制服姿、装備は固かった。
それを「普通ではない」技術が撃ち抜くなんてない、なぜ当時それを誰も指摘できなかったのだろう?
―ううん、指摘できなかったんじゃない…無視されたんだ、ね、
父の友人だった安本、彼が事件を担当してくれた。
それは今も過去じゃない、だから自分は今こうして生きられている。
―英二のおかげだけじゃない、僕がこうしているのは…ここのご主人も安本さんに救われて、
口つけるコップのガラス越し、厨房の背中は明るい。
あの主人が15年前、暴力団員だったなど誰が思うだろう?
―この人は確かにお父さんに銃口を向けて、でも弾丸は大きく逸れて…怯えて撃っただけ、
あの春の夜、ガード下、そこで父に銃口を向けた人。
けれど弾丸は壁に残っていた、未遂だった、けれど当時その証拠は誰も気づかなかった。
―教えてあげたい、あなたは誰も殺してなんていないのに…どうして、
ほら想いこみあげる、だって香が温かい。
ほら厨房の笑顔まっすぐ手もと見る、エプロンの腕かろやかに鍋を振る。
こんなふう毎日ずっと誰かの腹を満たして温めて、こんなに温かで、こんな無実の罪人が哀しい。
「しゅーた、おーい周太?」
「ん?」
呼ばれて振りむいて、チタンフレームの眼ざし笑ってくれる。
つい考えこんでしまったな?気恥ずかしさに友だちが言った。
「小嶌さんからメール着たよ、周太にも着てない?」
スマートフォンこちら示してくれる、その差出人に自分も画面ひらく。
受信履歴すぐ開けて、綴られた名前に微笑んだ。
「着てる、お引っ越し無事に終わったみたいだね…」
元から片づけておいたの、結果どうでも自立するつもりだったから。
そう告げて笑った彼女の荷物は、ダンボール2つとボストンバッグひとつだった。
あれだけでは足りないものもあるだろう?
「田嶋先生の紹介なんだ?小嶌さんの新居、」
「ん、前もってお願いしてたみたいだよ、」
答えながらメールの返信を考える。
電子文字ながめるテーブル、明朗なバリトンが言った。
「なあ、周太?小嶌さんと奥多摩に行ったんだろ?」
眼鏡ごし、闊達な瞳が訊いてくれる。
心配してくれていた、そんな眼ざしに微笑んだ。
「行ってきたよ?田嶋先生がね、お父さんと話してくれたんだ、」
自分と美代だけでは難しかったろうな?
あらためての感謝に友だちが言った。
「田嶋先生、やっぱり行ったんだ?青木先生と話してたんだよ、」
「そうなの?」
どんな話をしたのだろう?
問い返したテーブル、農学生は口ひらいた。
「ほんとは青木先生が行こうとしたんだよ、でも小嶌さんに入学を勧めた張本人だろ?オヤジさんを刺激しすぎるって田嶋先生が止めたんだ、」
(to be continued)
第86話 建巳act.20← →第86話 建巳act.22
斗貴子の手紙←
にほんブログ村
純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます