Thou art more lovely and more temperate.
第85話 春鎮 act.27another,side story「陽はまた昇る」
からん、
グラスぶつけて氷が響く。
涼やかな音に唇つけて、オレンジ甘くすべりこむ。
さわやかな香アルコールも甘酸っぱい、ひさしぶりの酒に微笑んだ。
「おいしい…賢弥はここ、よく来るの?」
「たまにな、青木先生と田嶋先生がよく来るんだ。これから周太も常連だろ、」
眼鏡の明眸が笑ってくれる。
その言葉に不安すこし拭われて座敷、桜が匂う。
『俺はただ周太と話したいんだよ、コイバナも研究のことも人生語ろうや?』
アスファルトの街路樹、桜の下で言ってくれた。
あの言葉ひとつ信じて、オレンジの香に口開いた。
「あの、ヒントなかったら驚いたって賢弥…さっき言ったけど、」
たしかめたい、友達の本音を。
この友人なにを自分に見るだろう、想うだろう?
もう言ってしまった自分の素顔、呼吸そっと声にした。
「僕が好きなひとが男だってこと、気づくヒントだってことだよね…どんなヒントだったの?」
どこで洩れたのだろう、この友人に?
―美代さんは簡単には言わない、僕に無断でなんて…だったら、どうして賢弥が?
大学内で知る人はいない、それとも見られたのだろうか?
夏の終わり一度だけ大学で逢った、あのとき見られた?
わからない不安と見つめる真中、明眸からり笑った。
「それな、小嶌さんが青木先生に質問したろ?」
美代が?
「…質問?」
「夏だよ、公開講座のあと学食でさ?俺はいなかったけど、」
答えてくれる声は低めて、けれど朗らかに澱まない。
大らかなトーンいつものまま友達は続けた。
「あのあと青木先生に訊かれたんだよ、学食で質問されたんだけど手塚君はどう考えますか?って訊かれてさ、俺も考えたんだ、」
学食で、そんなことあった。
“先生は、男同士の恋愛も認められると、おっしゃるんですね?”
夏あの学食で美代が訊いた、そして准教授は答えてくれた。
あの答え今でも同じだろうか?見つめる想いに明眸が笑った。
「こんな質問するの誰だろ?何で青木先生に訊く必要あるんだろ?って考えたんだ、そしたら答え簡単だろ?」
チタンフレームの瞳が笑ってくれる。
明るい温もり闊達で、いつもの眼ざしに問いかけた。
「じゃあ…夏に泊めてくれたときって、もう?」
もう気づいていたのだろうか、この聡明な友人は?
あの夏の夜ともにいてくれた笑顔はからり答えた。
「うん、気づいてたし?」
そうだったんだ、でも、それって。
「じゃあ…あのとき僕が話したこと、って賢弥もう?」
「あのとき確信したよ、男とって悩みも多そうだなあって感心してた俺、」
明快に答えてくれる声、低めてくれるけど澱まない。
変わらない率直な明るさ見つめて、全身の力がくり解けた。
「僕…ずっとなやんでたの、ばかみたい?」
どうしよう、こんなこと。
「あははっ、まーなあ?」
ほら笑われる、こんなの可笑しいだろう?
ひとり悶々とした恥ずかしさに言ってくれた。
「もーちょい俺のこと信用していいかも?これでも俺、自分で考えて答えだせる程度には頭悪くないし?」
わかってるよ、君が頭いいってこと。
だからこその気恥ずかしさに闊達な声が笑った。
「まーなあ、リアル聴いたらちょっと驚いたしさ?イキナリだったらビックリして挙動不審になったかもなあ、」
驚いた、挙動不審に。
「…やっぱり驚くよね、こんなの、」
応えて溜息ひとつ飲みくだす。
これだけ受けとめてもらえることは、普通じゃない。
「そうだなあ、明治くらいまでなら普通だけどなあ?」
あいづち頷いてくれる。
その言葉すこし可笑しくて、訊いてみたくて尋ねた。
「明治って…調べたの?」
「まあな、俺なり勉強したんだ、」
グラス傾ける口もとが笑う。
透明はじけて氷ゆれて、明朗な声が言った。
「研究パートナーは生涯つきあうからな、俺なり周太を理解して結論だしてんだぞ?そーゆー性癖もソレナリ調べて理解したし、」
だから信用しろよ?
そんな視線が眼鏡から笑う。
その貌も声もいつもどおりで、変わらないでくれた笑顔にゆるまれる。
凍るような不安ほどかれて、溶けた余裕に熱さっと逆上せた。
「ありがとう、でも…せいへ、ってなんか恥ずかしいよ?」
「あははっ、そこらへんは泊まりで話すときな?」
からん、氷ゆらせ明眸が笑う。
この瞳ずっと自分を知ってくれていた、それを気づかなかったのは自分。
どれだけ考えて見てくれたのだろう?そんな想いに言われた。
「しかしなあ?いつか話してくれるかなあ思ってはいたけどな、あんなに、なあ?」
話してくれるか、待ってくれていた。
その信頼また緊張ほどかれて、オレンジの香と微笑んだ。
「あんなにって、なに?」
「あんなに熱的は想定外だってこと、路上で愛を叫ぶとかなあ?あははっ、」
どういう意味だろう?
考えて一呼吸、熱がっと逆上せた。
「いうときはぼくもいうんです…ぼくだっておとこだし、」
言い返しながら首すじ熱い。
熱ぐわり脳髄まで茹でられる、きっともう真っ赤だ。
「うん、周太は男だし?」
からり闊達な声が応える、ほら冷静なくせ愉快だ?
けれど自分は狼狽えて、それでも見返した真中で明眸が笑った。
「男なんだからさ、女の子を好きになるの本能だろ?」
からん、
氷かたむけ炭酸はじける。
日焼け健やかな笑顔に訊いてみた。
「ほんの、って?」
「異性間は本能だろ、種の存続に必須だし、」
氷からり、グラスまわす指の節が太い。
グラスくるりくるり、器用な浅黒い手もと話しだした。
「種の存続は生物の摂理だろ、存続には補い合える遺伝子が都合いいよな?そのために恋愛感情があるわけだろ、本能と情緒の必然ゆうかさ、」
明快な声つむぐ言葉、その単語に冷静が温もる。
客観的だけれど温かで、そんなチタンフレームの瞳が深い。
「種の存続において、補い合う目的は子孫を残すってことだろ?だから子をつくれる異性間の恋愛が最優先になる。ここまで違うとこある?」
明眸まっすぐ訊いてくれる。
こんな貌いつもの議論そのままで、安堵そっと微笑んだ。
「違わない…それが普通だと思う、」
「だよな、普通ってそうなんだよな?」
くるりグラス回る、氷ゆらめく。
透明な気泡はじけるアルコール、明快な声が言った。
「ようするに恋愛って、種の存続が“普通”の定義になってるだろ?でも生きるってソレだけじゃ無理なんだよな、」
恋愛、普通、生きる。
ならべてくれる言葉に眼鏡の瞳が深い。
あの眼ざし前にも見た、あの夏の夜に語られた過去。
―弥生さんのこと、だね…賢弥?
諦めた恋がある、その理由は“普通”の定義だった。
あの痛みがあるから理解してくれる?そんな瞳が微笑んだ。
「生きるために恋愛もあるって考えたらさ、どっち好きでもアリだろ思うよ?周太について言えばあっちも解ってるだろうし、」
グラス呷らせライムが香る。
ほろ苦い涼やかな香、なにげなく尋ねた。
「あっち?」
「小嶌さんだろ、周太が好きな女の子、」
即答からり明眸が笑う。
言葉にされて、詰まらせた声に言われた。
「青木先生に質問したのも周太を理解してるからだろ?むこうこそ解ってて好きになってんだ、イマサラだろ?」
あらためて言葉にされて気づく、だから彼女の傍は楽なんだ?
理解してくれて、解っても好きになってくれた。
―だから僕もずっと好きなんだ、でも今は前とは、
好きだった、ずっと友達でいたいと願っていた。
けれど今すこし気持ちが違う、この想いどこへゆく?
まだ迷いこんで、それでも目の前の信頼に微笑んだ。
「ありがとう賢弥、僕のこと理解してくれて…うれしい、」
この友人が理解してくれた、それがただ嬉しい。
こんな自分に示してくれた言葉も想いも嬉しくて、そんな明眸が笑った。
「やっと信頼してくれたか、ありがとな周太?」
「ん…なんでお礼言うの?」
問いかけながらグラス口つけて、オレンジの香あまい。
柑橘さわやかに喉すべりこむ、やさしい一息に友達が言った。
「カミングアウトは勇気すごい大変だろ?それでも俺に言ってくれて嬉しいんだ、信頼なかったらって俺こそ怖かったし、」
そうか、君も怖かったんだ?
『周太くんを知れてよかった、私は、』
ほら言葉が共鳴する、花屋の女主人が言ったこと。
あの言葉また自分は聴けたのだろうか、この友人から?
「…賢弥は、僕が話さなかったら傷ついた?」
問いかけてグラスのむこう、チタンフレームの瞳が笑う。
ちいさく肯いて笑って、闊達な声が言った。
「言ったろ?俺は周太と話したいんだ、この世界いっぱいの謎を話してさ、周太となら謎解きいっぱいできるし、」
この世界いっぱい、話そう?
こんなふう言われたことない、初めて言われた今。
言われて気づかされる、そんなふう生きられたら自分はどんなに幸せだろう?
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.27another,side story「陽はまた昇る」
からん、
グラスぶつけて氷が響く。
涼やかな音に唇つけて、オレンジ甘くすべりこむ。
さわやかな香アルコールも甘酸っぱい、ひさしぶりの酒に微笑んだ。
「おいしい…賢弥はここ、よく来るの?」
「たまにな、青木先生と田嶋先生がよく来るんだ。これから周太も常連だろ、」
眼鏡の明眸が笑ってくれる。
その言葉に不安すこし拭われて座敷、桜が匂う。
『俺はただ周太と話したいんだよ、コイバナも研究のことも人生語ろうや?』
アスファルトの街路樹、桜の下で言ってくれた。
あの言葉ひとつ信じて、オレンジの香に口開いた。
「あの、ヒントなかったら驚いたって賢弥…さっき言ったけど、」
たしかめたい、友達の本音を。
この友人なにを自分に見るだろう、想うだろう?
もう言ってしまった自分の素顔、呼吸そっと声にした。
「僕が好きなひとが男だってこと、気づくヒントだってことだよね…どんなヒントだったの?」
どこで洩れたのだろう、この友人に?
―美代さんは簡単には言わない、僕に無断でなんて…だったら、どうして賢弥が?
大学内で知る人はいない、それとも見られたのだろうか?
夏の終わり一度だけ大学で逢った、あのとき見られた?
わからない不安と見つめる真中、明眸からり笑った。
「それな、小嶌さんが青木先生に質問したろ?」
美代が?
「…質問?」
「夏だよ、公開講座のあと学食でさ?俺はいなかったけど、」
答えてくれる声は低めて、けれど朗らかに澱まない。
大らかなトーンいつものまま友達は続けた。
「あのあと青木先生に訊かれたんだよ、学食で質問されたんだけど手塚君はどう考えますか?って訊かれてさ、俺も考えたんだ、」
学食で、そんなことあった。
“先生は、男同士の恋愛も認められると、おっしゃるんですね?”
夏あの学食で美代が訊いた、そして准教授は答えてくれた。
あの答え今でも同じだろうか?見つめる想いに明眸が笑った。
「こんな質問するの誰だろ?何で青木先生に訊く必要あるんだろ?って考えたんだ、そしたら答え簡単だろ?」
チタンフレームの瞳が笑ってくれる。
明るい温もり闊達で、いつもの眼ざしに問いかけた。
「じゃあ…夏に泊めてくれたときって、もう?」
もう気づいていたのだろうか、この聡明な友人は?
あの夏の夜ともにいてくれた笑顔はからり答えた。
「うん、気づいてたし?」
そうだったんだ、でも、それって。
「じゃあ…あのとき僕が話したこと、って賢弥もう?」
「あのとき確信したよ、男とって悩みも多そうだなあって感心してた俺、」
明快に答えてくれる声、低めてくれるけど澱まない。
変わらない率直な明るさ見つめて、全身の力がくり解けた。
「僕…ずっとなやんでたの、ばかみたい?」
どうしよう、こんなこと。
「あははっ、まーなあ?」
ほら笑われる、こんなの可笑しいだろう?
ひとり悶々とした恥ずかしさに言ってくれた。
「もーちょい俺のこと信用していいかも?これでも俺、自分で考えて答えだせる程度には頭悪くないし?」
わかってるよ、君が頭いいってこと。
だからこその気恥ずかしさに闊達な声が笑った。
「まーなあ、リアル聴いたらちょっと驚いたしさ?イキナリだったらビックリして挙動不審になったかもなあ、」
驚いた、挙動不審に。
「…やっぱり驚くよね、こんなの、」
応えて溜息ひとつ飲みくだす。
これだけ受けとめてもらえることは、普通じゃない。
「そうだなあ、明治くらいまでなら普通だけどなあ?」
あいづち頷いてくれる。
その言葉すこし可笑しくて、訊いてみたくて尋ねた。
「明治って…調べたの?」
「まあな、俺なり勉強したんだ、」
グラス傾ける口もとが笑う。
透明はじけて氷ゆれて、明朗な声が言った。
「研究パートナーは生涯つきあうからな、俺なり周太を理解して結論だしてんだぞ?そーゆー性癖もソレナリ調べて理解したし、」
だから信用しろよ?
そんな視線が眼鏡から笑う。
その貌も声もいつもどおりで、変わらないでくれた笑顔にゆるまれる。
凍るような不安ほどかれて、溶けた余裕に熱さっと逆上せた。
「ありがとう、でも…せいへ、ってなんか恥ずかしいよ?」
「あははっ、そこらへんは泊まりで話すときな?」
からん、氷ゆらせ明眸が笑う。
この瞳ずっと自分を知ってくれていた、それを気づかなかったのは自分。
どれだけ考えて見てくれたのだろう?そんな想いに言われた。
「しかしなあ?いつか話してくれるかなあ思ってはいたけどな、あんなに、なあ?」
話してくれるか、待ってくれていた。
その信頼また緊張ほどかれて、オレンジの香と微笑んだ。
「あんなにって、なに?」
「あんなに熱的は想定外だってこと、路上で愛を叫ぶとかなあ?あははっ、」
どういう意味だろう?
考えて一呼吸、熱がっと逆上せた。
「いうときはぼくもいうんです…ぼくだっておとこだし、」
言い返しながら首すじ熱い。
熱ぐわり脳髄まで茹でられる、きっともう真っ赤だ。
「うん、周太は男だし?」
からり闊達な声が応える、ほら冷静なくせ愉快だ?
けれど自分は狼狽えて、それでも見返した真中で明眸が笑った。
「男なんだからさ、女の子を好きになるの本能だろ?」
からん、
氷かたむけ炭酸はじける。
日焼け健やかな笑顔に訊いてみた。
「ほんの、って?」
「異性間は本能だろ、種の存続に必須だし、」
氷からり、グラスまわす指の節が太い。
グラスくるりくるり、器用な浅黒い手もと話しだした。
「種の存続は生物の摂理だろ、存続には補い合える遺伝子が都合いいよな?そのために恋愛感情があるわけだろ、本能と情緒の必然ゆうかさ、」
明快な声つむぐ言葉、その単語に冷静が温もる。
客観的だけれど温かで、そんなチタンフレームの瞳が深い。
「種の存続において、補い合う目的は子孫を残すってことだろ?だから子をつくれる異性間の恋愛が最優先になる。ここまで違うとこある?」
明眸まっすぐ訊いてくれる。
こんな貌いつもの議論そのままで、安堵そっと微笑んだ。
「違わない…それが普通だと思う、」
「だよな、普通ってそうなんだよな?」
くるりグラス回る、氷ゆらめく。
透明な気泡はじけるアルコール、明快な声が言った。
「ようするに恋愛って、種の存続が“普通”の定義になってるだろ?でも生きるってソレだけじゃ無理なんだよな、」
恋愛、普通、生きる。
ならべてくれる言葉に眼鏡の瞳が深い。
あの眼ざし前にも見た、あの夏の夜に語られた過去。
―弥生さんのこと、だね…賢弥?
諦めた恋がある、その理由は“普通”の定義だった。
あの痛みがあるから理解してくれる?そんな瞳が微笑んだ。
「生きるために恋愛もあるって考えたらさ、どっち好きでもアリだろ思うよ?周太について言えばあっちも解ってるだろうし、」
グラス呷らせライムが香る。
ほろ苦い涼やかな香、なにげなく尋ねた。
「あっち?」
「小嶌さんだろ、周太が好きな女の子、」
即答からり明眸が笑う。
言葉にされて、詰まらせた声に言われた。
「青木先生に質問したのも周太を理解してるからだろ?むこうこそ解ってて好きになってんだ、イマサラだろ?」
あらためて言葉にされて気づく、だから彼女の傍は楽なんだ?
理解してくれて、解っても好きになってくれた。
―だから僕もずっと好きなんだ、でも今は前とは、
好きだった、ずっと友達でいたいと願っていた。
けれど今すこし気持ちが違う、この想いどこへゆく?
まだ迷いこんで、それでも目の前の信頼に微笑んだ。
「ありがとう賢弥、僕のこと理解してくれて…うれしい、」
この友人が理解してくれた、それがただ嬉しい。
こんな自分に示してくれた言葉も想いも嬉しくて、そんな明眸が笑った。
「やっと信頼してくれたか、ありがとな周太?」
「ん…なんでお礼言うの?」
問いかけながらグラス口つけて、オレンジの香あまい。
柑橘さわやかに喉すべりこむ、やさしい一息に友達が言った。
「カミングアウトは勇気すごい大変だろ?それでも俺に言ってくれて嬉しいんだ、信頼なかったらって俺こそ怖かったし、」
そうか、君も怖かったんだ?
『周太くんを知れてよかった、私は、』
ほら言葉が共鳴する、花屋の女主人が言ったこと。
あの言葉また自分は聴けたのだろうか、この友人から?
「…賢弥は、僕が話さなかったら傷ついた?」
問いかけてグラスのむこう、チタンフレームの瞳が笑う。
ちいさく肯いて笑って、闊達な声が言った。
「言ったろ?俺は周太と話したいんだ、この世界いっぱいの謎を話してさ、周太となら謎解きいっぱいできるし、」
この世界いっぱい、話そう?
こんなふう言われたことない、初めて言われた今。
言われて気づかされる、そんなふう生きられたら自分はどんなに幸せだろう?
(to be continued)