萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第80話 端月act.5-another,side story「陽はまた昇る」

2014-12-04 23:20:06 | 陽はまた昇るanother,side story
asylum 守護域



第80話 端月act.5-another,side story「陽はまた昇る」

「…板がずれてる?」

潜りこんだ机は古材の香うす暗い、けれど一閃かすかな明るみが見える。
側面の上の方、板材ずれた隙間に周太は指そっと触れた。

「あ…二重?」

声こぼれて指先の感触を見つめてしまう。
この勉強机は幼い日から使ってきた、こうして潜ったこと幾度もある。
それなのに今初めて気づいた構造は意外で、確かめたくて側板そっとノックした。

こん、

響く感覚が手の甲から伝わらす、これは空洞がある?

「…二重構造だったんだ、でも…どうしてずれて、」

ひとりごと思案めぐりだす、なぜ側板はずれたのだろう?
見つめる側面上部は確かに板材すこしだけ外れて、けれど昔は嵌めこまれていた。

―だって隙間に気づいたこと無かったもの、膨張とかでずれたのかな…でも、

木材は湿度で膨張や乾燥する、それが歪みになってズレが生まれる。
それくらい森林学を学ぶなら基礎知識だ、だからこそ製作者の性格で不思議になる。
だってこの勉強机を作ったのは父だ?

―お父さんが歪みを計算しないで作るなんて変、庭のベンチだって歪みが無いのに?

野外の家具すら歪みが無い、それなのに室内の勉強机が歪むなど変だろう?
こんなこと不思議で調べてみたくなる、けれどノックが呼んだ。

「周、ご飯にしましょう?叔母さまをお待たせしては失礼よ、」

あ、そうだった?

「はーい、すぐ行きます、」

応えて机の下から出て、ふっと瞳細めさせられる。
暗がりになれて窓の陽まぶしい、光やわらかな部屋くるり見回し廊下に出た。

―いつからずれたんだろう、去年の大掃除の時は気づかなかったよね…三月の時も、

今日は新年の元旦、だから一年前は歪んでいない。
去年は三月も大掃除した、雪崩で受傷した英二が療養で滞在する時だ。

―怪我で外出できないから、ずっと家にいるから綺麗にしてあげたくて…隅々まで掃除して、

英二は頭に包帯を巻いていた、左足首も固定包帯されていた。
額の裂傷と左足首の脱臼、指先に軽度の凍傷、そんな姿で再会した奥多摩の病床が映りだす。

「…懐かしいね、英二?」

記憶に声こぼれて階段てっぺん、脚が止まってしまう。
雪ふる奥多摩の夜に看病し続けた、あの不安は哀しくて、けれど今は羨ましい。
あのとき自分は何を願ったろう祈ったろう?10ヵ月遡らせて記憶の貌に微笑んだ。

「…英二のおかあさん元気かな、」

吉村医院の廊下、初めて会った顔は冷たいのに哀しげだった。
あの人は今日なにをしているだろう、新年の祝を少しでも笑っているだろうか?
そんな思案に思い出して階段を下り、そのまま玄関を出て郵便受をのぞきこんだ。

「ん、着てた…」

取りだした紅白の葉書たちに嬉しくなる。
去年より今年は通数が多い、嬉しくて眺めながら玄関に戻った。

―賢弥のイラスト自筆かな?青木先生も絵が上手…フランス語って田嶋先生らしいね、

つい葉書を見ながら笑顔になってしまう。
そのまま仏間へ入って一歩、すぐ優しいアルトが窘めた。

「周、葉書を見ながらなんて叔母さまに失礼よ?」

あ、また油断してしまったな?
こんな迂闊もリラックスしている所為だ、その信頼に大叔母は笑ってくれた。

「いいのよ美幸さん、それだけ気を許してくれてるなら嬉しいわ、」
「ありがとうございます、甘えてばかりですみません、」

困ったよう母は微笑んで、けれど黒目がちの瞳は楽しげに明るい。
ふたり向きあう座卓は屠蘇の盃に重箱も碗も華やぐ、床の間では軸に花に迎春が明るい。
こうして元日に三人食事を囲むのは久しぶり、この幸せと座布団へ腰おろし笑いかけた。

「あのね、英理さんと英二のお父さんからも年賀状いただいたよ?見て、」

いま三人一緒に見たらきっと嬉しい。
その2通を示すと母も大叔母も笑ってくれた。

「英理は相変わらず可愛らしい字ね、啓輔はすこし優しい字になったわ、」
「英理さんの年賀状おしゃれね、でもこんな可愛い字って意外です、」
「でしょう?意外と可愛いのよ、啓輔は貌のまんま硬いけど、」

ふたり楽しげに笑ってくれる、その笑顔も声も温かい。
こんな他愛ないお喋りが幸せな食卓に母が笑いかけた。

「周ったらずいぶん嬉しそうに笑ってるわね、どうしたの?」
「ん、お母さんのこういうの初めてだから…お祖母さん生きてたらこんな感じなのかなって、」

言葉にして、あらためて母の孤独を気づかされる。
母ひとり子ひとりになってしまった自分の家、その傷みに祖母の従妹は笑ってくれた。

「そうね、斗貴子さんと美幸さんなら仲良く母娘になれたと思うわ、私はちっともお嫁さんとうまくいかないけどね?」

もしかして開いちゃいけないとこだった?
そんな大叔母の発言に母は可笑しそうに笑ってくれた。

「私こそお義母さまと一緒に暮らしたら叱られてばかりかもしれません、いたらない嫁だって叔母さまに愚痴らせてしまったかも?」
「あら、美幸さんがそんなこと意外だわ、」

微笑んで応えてくれる切長い瞳が悪戯っ子に笑いだす。
このまま会話がはずみそう?そんな二人に屠蘇を注いで笑いかけた。

「あの、まずお屠蘇しませんか?お雑煮も冷めちゃうし、」
「そうね、せっかくのお節だもの。まず戴きましょう、」

微笑んで大叔母が盃に口つけてくれる。
それから母も口つけて、箸動きだすと二人の会話が始まった。

「美幸さんがお嫁さんなら私は大歓迎よ、今だって実の娘に思えちゃうもの、斗貴子さんも同じだと思うけど?」
「ありがとうございます、でも一緒に暮したら色々あると思いますよ?ねえ周?」

可笑しそうに笑って黒目がちの瞳がこちら見る。
こんなとき返事なんてすればいいのだろう?解らなくて首傾げた前、父そっくりの綺麗な瞳が笑った。

「訊かれても周太くん困っちゃうわよね、でも美幸さん的にはどんなところが色々なの?」
「馨さんがお休みだと家事を沢山してくれてたんです、それに私は周太を甘やかすところがあって。お茶もお花も知らないで嫁ぎましたし、」
「あら、何も知らないなら教える楽しみがあるじゃない?下手に知っていて小賢しいよりずっと良いわ、馨くんも教えるの楽しんでたでしょう?」
「はい、お恥ずかしいですけど馨さんは私にとって先生でした。料理から読書にピアノまで教わって、」
「あら良いじゃない、馨くんの楽しそうな笑顔が浮かんじゃうわ、」

ふたり楽しげな会話に自分も楽しくなってくる。
こんなふう母が身内と話すところは初めてで、なんだか嬉しい。

―秋に看病で来てくれたときは慌しかったもの、僕が寝込んでる所為で、ね?

秋、喘息と過労で一週間ほど実家で寝込んでしまった。
あのとき大叔母が看病と家事のため来てくれたのが三人そろった最初でいる。
あれから二人は連絡とりあうようになって、そう想うと倒れたことも結局は良かったろう?
そんな思案と箸つける料理は懐かしくて温かい、ただ今ひと時が嬉しいまま大叔母が尋ねた。

「そういえば美幸さん、馨くんとはどうやって知りあったの?」

ふたりは桜の下で逢ったんだよ?

そう心裡で答えながら何か気恥ずかしくて言えない。
けれど嬉しくて微笑んで栗きんとん箸つける隣、母が愉しげに笑って言った。

「桜が出逢いなんですけど、本当はあまり自慢できたもんじゃないんです、」

あれ、それってどういう意味?



(to be continued)

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