萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85.5話 祈望に春は―P.S ext,side story「陽はまた昇る」

2017-10-12 21:53:21 | 陽はまた昇るP.S
REAL―現実になるのなら、
美幸51歳・周太24歳3月下旬


第85.5話 祈望に春は―P.S ext,side story「陽はまた昇る」

繰り返す物語、そんな現実すこし疲れた。
そうして息子に恋が訪れる、前とは違う未来ある戀。

「美幸さん、お仕事のめどついたかしら?」

やわらかなノックふたつ、深いアルト呼んでくれる。
呼ばれた指キーボート停まって、呼吸ひとつ微笑んだ。

「いま休憩しようと思ってました、おばさま何か?」
「おいしいお菓子を買ってきたの、テラスでお茶はいかが?」

朗らかにアルトが微笑む、この声いつも懐かしくなる。
それだけ「血は争えない」?いつもの疑問とデスクを立った。

「ありがとうございます、ちょうど甘いもの欲しかったんです、」
「じゃあよかった、いらっしゃいな?」

アルトが笑って足音そっと遠のく。
おだやかに落ち着いた音、でも気遣いが見える。

「…周太のこと、よね?」

ため息ひとつ微笑んで、さあどうしよう?

―美代ちゃんと英二くんのどっちってことよね、さて?

息子の恋の行方、それが叔母の関心事だろう?
自分も他人事にしていられない、そんな現実とひらいた扉つい振りむいた。

「馨さん、どう思う…?」

あなた、あなたなら何を願いますか?

そうやって訊けたらいい、現実の今このときに。
けれど死んでしまった声は聴けない、この孤独に微笑んでテラスに出た。

「は…、」

深呼吸ひとつ風があまい、潮と花の香。
かすかに辛い甘い潮風、馥郁あまやかな春の花、海をながめる陽だまりのテラス。
ウッドデッキあふれる緑、花の香、のどやかな犬のあくび、そんな平和の王国に女主人が呼んだ。

「いらっしゃい美幸さん、紅茶とコーヒーどちらがいいかしら?」

朗らかなアルト、ほら、世界はこんなに明るい。

「紅茶でお願いします、お花の香のでもいいですか?」
「マルコ・ポーロね、私もそれにするわ、」

深いアルトが花に笑う、紫に白に三色すみれ揺れる。
あわく濃く高雅な香、ヴィオラの匂い、あなたの声。

―…ヴィオラは香るんだ、すみれらしいって僕は想う…な、

深い穏やかな、ちょっと自信がない声。
けれど優しくて包まれていたかった、あの春にずっと。

「美幸さん?どうしたの、」

あ、呼ばれた、またぼんやりしてしまった?

「ヴィオラかわいいなって見てました、おばさまと菫さんだけで手入れされるんでしょう?」

なにげなく答えて、ほら?あなたの知らない私。
こんなふう器用だなんて気づいてもいなかった、そんな遠い若さに微笑んだ。

「うちでも周太が庭をきれいにしてくれるんです、そういうとこ馨さんとそっくりで、」

あなたを語る、恋しくて。
こんなふう声にすることもできなかった、恋しすぎて前は。
それでも微笑んで名前を呼べる相手の手、ことん、ティーポット置いて笑った。

「そうね、私も馨くんの面影よく見ちゃうわ?ちょっとした仕草とかね、」

もう皺のある笑顔、けれど白皙なめらかに美しいひと。
その切長い瞳こそ「面影」見えて、慕わしさ笑いかけた。

「あら、叔母さまもそう見えます?」
「そう見ちゃうわよ?さあ座って、どうぞ?」

切長い瞳やわらかに笑う、ほら?あなたの面影。

―…座って美幸さん、どうぞ?

ほら、幸せの面影が映る。

あのころ当たり前だった笑顔、でも消えてしまった。
それでも血縁やわらかに彼女が笑う、そんな瞳の前ガーデンソファに座った。

「ベリーたっぷりのガトーショコラですって、ほろにが甘酸っぱくておすすめだそうよ?苺やいろいろ焼きこんであるみたい、」

アルトが笑って皿を出す、その言葉なんだか不思議だ?
つい笑った茶話会のテーブル、美しい瞳が笑った。

「あら?ころころ笑い転げて、こんなオバアサンでも楽しませてる?」
「ケーキの説明が、なんだか楽しくて、」

笑ながらティーカップ口つけて、花が甘い。
あまやかな芳香やさしい湯気、おだやかな青空に笑いかけた。

「おばさま?英二くんと、美代ちゃんと周太のこと話したいのでしょう?」

単刀直入、そんな話し方で今はいい。
それだけ近しくなった相手は濃やかな睫ゆっくり瞬き、微笑んだ。

「ええ、美幸さんはどちらが幸せだと思う?」

華やかな笑顔まっすぐ問いかける、こんなところは似ていない。
それとも似ているだろうか、あなたは大切な話だとそうだった。

「美幸さん?どうしたの?」

呼ばれて引き戻される、ああ、今はあなたの叔母と話していたんだ?
そんな血縁くゆらす不思議に笑いかけた。

「おばさまが今、馨さんとダブって見えたんです。馨さんに質問されているみたいで、」

あなたなら、なんて答えるのだろう?
たどりたくなる想いの真中、面影の瞳そっと笑った。

「馨くんを私に、ね…かなしいのに、幸せな感じするわ?」

切長い瞳やわらかに笑う、ほら?こんな貌よく似ている。
やさしい深い憂い顔、なつかしい花香る貌が自分を見た。

「ねえ、美幸さん…馨くんなら周太くんのお相手、どう考えるかしら?」

どうするだろう、あなた?

―きっと困ったように笑うわ、すごく優しい貌で…そうでしょう?

深く、ふかく鼓動まどろむ貌に訊く。
そうして確かめる想い問い返した。

「おばさま?お義母さまなら、斗貴子さんならどう考えますか?」

あなたの母親、それならきっと?
たどる予想に切長い瞳は瞬きひとつ笑った。

「あら?いい質問返しされちゃったわ、でも、そうよねえ?」

納得だわ?

そんな視線が笑いだす、切長い瞳まどやかに明るむ。
もう気づいてくれたのだろう?そんな聡い瞳へテーブルの上、春の菓子を指した。

「そうですよ?今はとにかく、ほろにが甘酸っぱいを食べましょう?」
「そうよ、せっかくのケーキが風で乾いちゃう、」

濃やかな睫やわらぐ、美しい瞳ほがらかに笑う。
どこまでも華やかな貌は齢にもきれいで、紅茶あまやかな香に温かい。

こんな会話ほっとする、愛しい未来に祈りながら。


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