この瞬間をともに、
葉月三十一日、竜胆―stand for
君がそんな貌するなんて、僕は知らない。
「…っ」
かすかな音、君の吐息。
吐息というより、たぶん嗚咽。
「ぅ…、っ…」
消えそうな、けれど消えない途切れない聲。
そうして響く水音の雫、テント伝って影がにじむ。
もうじき朝が来る。
―どうして…紀之が泣くなんて、
心呟いてシュラフのなか、どうしていいのかわからない。
こうしてシュラフ包まる山の夜、テント一つ何度も君と過ごした。
それでも君、こんなふうに泣くなんて無かったのに?
「…、…」
途切れてゆく聲、そうしてテントの水音かすれてゆく。
もうじき雨も止むだろう、そんな感覚すっと身を起こした。
ジャッ、
胸もとファスナー降ろして寝袋を出る。
籠る温もり離れて腕を伸ばして、足を登山靴にテントのファスナー開けた。
ほら、雨が止む。
「ん、」
外へ一歩、かすかな音を踏む。
頬ふれる風あわく甘い、やわらかな湿度が額ゆらす。
ほの甘い渋い香しずかに沁みる風、立ちあがり背中ぐっと伸ばした。
「ふぁ…」
あくび一つ、肩ゆるやかに解かれる。
見あげる紺青を雲が駆けてゆく、峪から尾根から大気よせて醒ます。
連なる陰翳はるか燈る星、あわく瞬いて涯が滲んだ。
ほら、夜が明ける。
「は…」
息ひとつ、波うつ雲に朱が滲む。
顕われる黄金にじむ雲、つらなる陰翳あわく強く朱が染める。
かすかな陰翳にじむ光、紫紺色やわらかに朱く紅く日が昇る。
「きれい…」
こぼれた息あわく光る、もう雪が近い。
まだ夏の終わり、それでも高峰の暁は冴えて冷を謳う。
よせる風そっと額を指を醒まさせる、浸される大気の波に足元きらめいた。
ほら、朝が届く。
「ふ…っ」
吐いて吸いこんで、浸される冷涼に醒まされる。
黄金に朱色に雲きらめく、群青色はるか押しあげて暁が光る。
こんなふうに君の眼はいつも、明るいのに?
「…どうして泣いて、」
そっと声にして、振りむけない。
だって君は泣いていた、いつも笑う山上で。
いつもテントの中で笑う君、大学でも笑っている君、いつだって闊達な瞳。
『かーおるっ、行くぞ、』
低いクセのびやかな明るい声、闊達な瞳。
いつだって明朗きらめく笑顔、その瞳いつも透けて明るい。
あの瞳あんなふうに泣くだなんて、僕はどうしたらいいのだろう?
解らない、けれど。
「…きれい、だね」
けれど今、この足もと視界すべて光満ちる。
黄金きらめく暁の色、もうテントあざやかに染めてゆく。
この髪そっと梳いてゆく風、きっとテントの底も揺らすだろう。
「きれいだね…紀之?」
どうしていいのか、なんて解らない。
けれど解らなくてもいいのかもしれない、この時に共にあるだけで。
ほら、君が起きる。
「よっ…と」
背後そっと声が届く、低いクセどこか明るい声。
もう君も起き上がった、その瞳すこし赤いかもしれない。
けれど構わない、きっとそれも良い。
「泣いても笑っても、同じだね…」
ひそやかに声にして、肚ふかく穏やかに凪ぐ。
だって君どんな貌でもいい、それもまた君なのだから。
「おはよう、きれいな日の出だよ?」
すこし振りむいて笑って、波うつ草の波に色が燈る。
かすかな甘い風そっと冴えて、はざま紫紺が瞬いた。
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8月31日誕生花リンドウ竜胆
葉月三十一日、竜胆―stand for
君がそんな貌するなんて、僕は知らない。
「…っ」
かすかな音、君の吐息。
吐息というより、たぶん嗚咽。
「ぅ…、っ…」
消えそうな、けれど消えない途切れない聲。
そうして響く水音の雫、テント伝って影がにじむ。
もうじき朝が来る。
―どうして…紀之が泣くなんて、
心呟いてシュラフのなか、どうしていいのかわからない。
こうしてシュラフ包まる山の夜、テント一つ何度も君と過ごした。
それでも君、こんなふうに泣くなんて無かったのに?
「…、…」
途切れてゆく聲、そうしてテントの水音かすれてゆく。
もうじき雨も止むだろう、そんな感覚すっと身を起こした。
ジャッ、
胸もとファスナー降ろして寝袋を出る。
籠る温もり離れて腕を伸ばして、足を登山靴にテントのファスナー開けた。
ほら、雨が止む。
「ん、」
外へ一歩、かすかな音を踏む。
頬ふれる風あわく甘い、やわらかな湿度が額ゆらす。
ほの甘い渋い香しずかに沁みる風、立ちあがり背中ぐっと伸ばした。
「ふぁ…」
あくび一つ、肩ゆるやかに解かれる。
見あげる紺青を雲が駆けてゆく、峪から尾根から大気よせて醒ます。
連なる陰翳はるか燈る星、あわく瞬いて涯が滲んだ。
ほら、夜が明ける。
「は…」
息ひとつ、波うつ雲に朱が滲む。
顕われる黄金にじむ雲、つらなる陰翳あわく強く朱が染める。
かすかな陰翳にじむ光、紫紺色やわらかに朱く紅く日が昇る。
「きれい…」
こぼれた息あわく光る、もう雪が近い。
まだ夏の終わり、それでも高峰の暁は冴えて冷を謳う。
よせる風そっと額を指を醒まさせる、浸される大気の波に足元きらめいた。
ほら、朝が届く。
「ふ…っ」
吐いて吸いこんで、浸される冷涼に醒まされる。
黄金に朱色に雲きらめく、群青色はるか押しあげて暁が光る。
こんなふうに君の眼はいつも、明るいのに?
「…どうして泣いて、」
そっと声にして、振りむけない。
だって君は泣いていた、いつも笑う山上で。
いつもテントの中で笑う君、大学でも笑っている君、いつだって闊達な瞳。
『かーおるっ、行くぞ、』
低いクセのびやかな明るい声、闊達な瞳。
いつだって明朗きらめく笑顔、その瞳いつも透けて明るい。
あの瞳あんなふうに泣くだなんて、僕はどうしたらいいのだろう?
解らない、けれど。
「…きれい、だね」
けれど今、この足もと視界すべて光満ちる。
黄金きらめく暁の色、もうテントあざやかに染めてゆく。
この髪そっと梳いてゆく風、きっとテントの底も揺らすだろう。
「きれいだね…紀之?」
どうしていいのか、なんて解らない。
けれど解らなくてもいいのかもしれない、この時に共にあるだけで。
ほら、君が起きる。
「よっ…と」
背後そっと声が届く、低いクセどこか明るい声。
もう君も起き上がった、その瞳すこし赤いかもしれない。
けれど構わない、きっとそれも良い。
「泣いても笑っても、同じだね…」
ひそやかに声にして、肚ふかく穏やかに凪ぐ。
だって君どんな貌でもいい、それもまた君なのだから。
「おはよう、きれいな日の出だよ?」
すこし振りむいて笑って、波うつ草の波に色が燈る。
かすかな甘い風そっと冴えて、はざま紫紺が瞬いた。
竜胆:リンドウ、花言葉「誠実、あなたの悲しみに寄りそう、悲しむあなたを慰めたい、
悲しんでいるあなたを愛する、苦悩、正義、的確、勝利、貞節・貞淑、愛らしい」
悲しんでいるあなたを愛する、苦悩、正義、的確、勝利、貞節・貞淑、愛らしい」
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