And every fair from fair sometime declines, 終焉と萌芽
第85話 春鎮 act.32 another,side story「陽はまた昇る」
桜の夜、あまい風ほろ苦い。
だって言葉が甘くない、でも現実だ。
現実だから悩んでほら、心臓が軋む。
「…選択肢がなくなる、」
くりかえして唇、コーヒーが香る。
街路灯やわらかな窓マグカップ熱い、啜りこんで苦い底しずかな花匂う。
まだ冷たい三月の夜、ワンルームマンションの窓風に友達が言った。
「うん、このタイミングで小嶌さんち行くと一択に追い詰められそうだろ?周太の性格だと、」
応えてくれる友達の声、夜の窓は街灯ふかく桜が黒い。
花翳にも聡い明るい、けれど困ったような声に尋ねた。
「それって賢弥、メールから思ったこと?美代さんのお母さんの…さっきの一行メール、」
すこし前に見た文面、あの言葉そっと叩かれる。
『これ…うちのお父さんどういうつもりかなあって、』
彼女も困りながら見せてくれた、あのスマートフォン画面。
シンプルな一文だからこそ彼女は考えこんだ、あのときも隣にいた眼鏡の瞳が笑った。
「そう、あれな?一行だけど破壊力あるなあ思ってさ、」
「ん…はかいりょく…」
言葉なぞらせて唇、マグカップほろ甘く熱い。
啜りこんで苦く甘く芳香すべる、喉しずかな熱そっと微笑んだ。
「そうだね…賢弥、そんなふうに思ったんだ?」
「うん、短く刺してくるな思った、」
眼鏡ごし笑って隣、タオルがしがし髪かきあげる。
濡れ髪きらきらルームライトはじく、そんな小さな空間にコーヒが香る。
「…短く、さす、」
くりかえして言葉、ほら電子文字が映る。
……
subject:帰ってきて?
本 文:責任について話しましょう、お父さんと待っています。
……
刺す、そうかもしれない。
でも自分はすこし違う感情だった、なんて言ったら変に想われる?
抱えこんだ想い見つめるマグカップ、くゆらす香に呼ばれた。
「さっき周太、小嶌さんチに行ったらでしゃばりすぎかな?って訊いたろ、」
「あ…うん、」
引き戻された視界、眼鏡ごし明眸が笑ってくれる。
濡れ髪タオルごしごし、困ったような笑顔もマグカップ口つけ言った。
「アレ思うにな?でしゃばりどころか当事者になるんじゃねえかなあ?」
「と…じしゃって、あの、メールにかいてあったとうじしゃのこと?」
恥ずかしい、こんなこと確認するのは。
そんな本音に言われた。
「アレしらばっくれたらガッカリすんぞ?責任について話しましょう、とかって重たすぎだけどさ?」
あの一文なぞられて、コーヒーゆるやかな湯気ゆれる。
タオル被ったTシャツ姿さしむかい、マグカップごし尋ねた。
「あのね賢弥…責任とれるのかな、僕でも?」
こんな自分、それでも背負えるのだろうか?
窓ふる桜ほろ苦い香に言われた。
「周太なら大歓迎だから小嶌さんチもあんなメール送ってきたんだろ?でも、周太は命かけるくらい好きなひといるんだよな、」
とくん、
鼓動が敲かれる、言葉まっすぐで。
指摘された本音に揺すられる、あの春が呼んでしまう。
『月が明るいね、今夜は。おかげで桜が良く見える、』
あなたが笑う、切長い瞳に映る月と花。
それから庭、なつかしい夜に咲く奥多摩の山桜。
『周太、すこし窓を開いていい?』
桜の夜、テラスの窓、夜風めくるページ。
あなたは父の愛読書をひらいた、幼い幸福そのままに。
『フランス語が読めたら良かったな俺、そうしたら周太の好きな本、選ばせてあげられたのに、』
今も、あなたは読んでくれる?
あの春のまま生きられたら、そう願っていた。
でも変わってしまった、もう自分も変わった、あなたも去年の春とは違う。
そんな変化を思い知らされたから昨日、犯そうとした臆病そっと声になる。
「賢弥、僕ね…命懸けの好きって、いけないって…おもうんだ、」
あんなこと、してはいけない。
『大丈夫、俺が隣にいる、』
だって自分こそ哀しかった、あの雪崩の瞬間。
だって命かけてしまった貌を見た、あなたの。
『周太、』
白銀の闇の底、あなたは笑った。
闇に見えない顔、でもどんな貌してたのか声でわかる。
あんな声もう二度としてほしくない、だってきっと、あのときの母と同じ貌だ。
『民間人舐めてんじゃないわよっ、この殺人鬼!』
雪の山麓、雪ふる病院の夜。
凍てつく駐車場で響いた母の声、瞳、もう見たくない痛切に口開いた。
「僕ね…殺されかけたんだ、この二週間で2回、」
こんなこと、話していいのか解らない。
けれど声になった真実に訊いてくれた。
「周太さっき言ってたよな?僕は目的があって警察に入ったから、僕といると巻き込まれるかもしれないって。そのこと?」
闊達な声、でも静かに訊いてくれる。
こんなふう明るい冷静に明晰が量れて、その明眸に肯いた。
「ん、そのこと…それで大切なひとを巻きこんだんだ、」
巻きこんでしまった、あなたも母も。
二人だけじゃない、信じてくれる人たちも巻きこんだ。
そこで降りつもる雪が今、夜の風さそう桜に声になる。
「母が言ったんだ、僕を殺そうとした人に…父が命懸けで信じたから僕が警察になること頷いたんだ、あなたが護ってくれると信じたからって、でも」
雪の夜、駐車場のかたすみ母は怒鳴った。
怒鳴って泣いていた母の瞳、あの涙に声こぼれる。
「でも想うんだ、僕を殺そうとした人も父のこと、きっと命懸けで信じて、好きだったのかなって…だから父も命懸けで信じて、死んで、」
命懸け、
言葉にすればただ一言、だけど現実は一言じゃ済まない。
そうして生きてきた時間にコーヒーひとくち、ほろ苦い香と口開いた。
「そのひとの貌すごく…哀しくて、母の貌もほんとうに哀しくて…たすけてくれた人たちも哀しくって、幸せじゃなかった、」
命懸けで、そうして結んだ感情の果ての貌。
あの貌に揺すぶられて昨日もそうだった、その想い訊かれた。
「そういう貌させたんだ?昨日、海に入った原因の人にも?」
とくん、心臓に敲かれる。
まっすぐ衝かれた図星に肯いた。
「させたよ、だからもうやめたいんだ…命懸けの好きは、」
あんな貌させたくない、もう誰にも。
あんなこともう繰り返させたくない。
「命懸けで好きになって、まもるって、すてきだって僕も想ってたんだ、でも…ほんとに命かけたら哀しい貌させるんだ、傷つけて、」
誰が幸せになれたのだろう?
誰もなれていない、自分だってそうだ。
そうだから海で見つめた涙に声なぞった。
「僕があのひとを傷だらけにしたんだ、邪魔に想われてあたりまえ…だから僕も海に入って…こんなの誰も幸せになれない、」
それなら、どうしたらいいのか?
もう見つめている答えに隣が言った。
「俺は周太を死にたくさせる恋愛は嫌だよ?一緒に研究していきたいからさ、」
一緒に、そう言ってくれる。
こんな自分を望んでくれる、その闊達な明眸が笑った。
「いい研究には心身の健康が必要だろ?だから周太が笑って元気じゃないと俺が困るんだ、俺の個人的身勝手だけどさ?」
闊達な声ふかく明るい。
肚底しずかに照らしてくれる、そんな明眸が言った。
「周太が男と恋愛しても警察なんだりヤヤコシクてもさ、周太がいい研究して元気なら俺はソレでいいわけ。それで一緒に笑って酒飲めたら最高な?」
深い明るい眼ざし見つめてくれる、徹るほど真直ぐな明眸。
この眼が自分を見つけてくれた、だから信じたい未来に微笑んだ。
「僕も賢弥に同じだよ、だから…今日は大学に行ったんだ、」
「お、じゃあ俺は生きたい好きなんだ?」
明眸からり笑ってくれる。
ほのかな桜の風やわらかな窓、ただ嬉しくて肯いた。
「うん、賢弥のスケッチブック思いだしたんだ…ありがとう?」
晩夏の夜、この部屋で見せてもらった風景。
あの場所に懸けた約束が何度もなんども希望をくれた。
「俺のって、木曽のイラストが海からひっぱりもどした?」
「ん、賢弥のふるさとの絵だから…大学院に行こうって約束、思いだして、」
うなずいて街路灯の桜、隣の眼鏡きらめいて明るい。
あの晩夏の夜もそうだった、そうしてまた見つめて約束くれる。
「そっか、でも大学院だけじゃないからな?」
「うん…これからは研究で生きられたらいいなって思ってるよ、僕、」
願いごと声にして、桜ほのかに唇かすめる。
こんなふう約束が自分を引き戻す、明るい場所へ起こさせる。
“お父さん、僕、樹医になりたい”
幼い自分の声が呼ぶ、遠い幸福の温もり還る。
そうして笑っている桜の窓辺、やさしい夜風に尋ねた。
「あの…賢弥の意見を聴きたいんだけど、訊いていい?」
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.32 another,side story「陽はまた昇る」
桜の夜、あまい風ほろ苦い。
だって言葉が甘くない、でも現実だ。
現実だから悩んでほら、心臓が軋む。
「…選択肢がなくなる、」
くりかえして唇、コーヒーが香る。
街路灯やわらかな窓マグカップ熱い、啜りこんで苦い底しずかな花匂う。
まだ冷たい三月の夜、ワンルームマンションの窓風に友達が言った。
「うん、このタイミングで小嶌さんち行くと一択に追い詰められそうだろ?周太の性格だと、」
応えてくれる友達の声、夜の窓は街灯ふかく桜が黒い。
花翳にも聡い明るい、けれど困ったような声に尋ねた。
「それって賢弥、メールから思ったこと?美代さんのお母さんの…さっきの一行メール、」
すこし前に見た文面、あの言葉そっと叩かれる。
『これ…うちのお父さんどういうつもりかなあって、』
彼女も困りながら見せてくれた、あのスマートフォン画面。
シンプルな一文だからこそ彼女は考えこんだ、あのときも隣にいた眼鏡の瞳が笑った。
「そう、あれな?一行だけど破壊力あるなあ思ってさ、」
「ん…はかいりょく…」
言葉なぞらせて唇、マグカップほろ甘く熱い。
啜りこんで苦く甘く芳香すべる、喉しずかな熱そっと微笑んだ。
「そうだね…賢弥、そんなふうに思ったんだ?」
「うん、短く刺してくるな思った、」
眼鏡ごし笑って隣、タオルがしがし髪かきあげる。
濡れ髪きらきらルームライトはじく、そんな小さな空間にコーヒが香る。
「…短く、さす、」
くりかえして言葉、ほら電子文字が映る。
……
subject:帰ってきて?
本 文:責任について話しましょう、お父さんと待っています。
……
刺す、そうかもしれない。
でも自分はすこし違う感情だった、なんて言ったら変に想われる?
抱えこんだ想い見つめるマグカップ、くゆらす香に呼ばれた。
「さっき周太、小嶌さんチに行ったらでしゃばりすぎかな?って訊いたろ、」
「あ…うん、」
引き戻された視界、眼鏡ごし明眸が笑ってくれる。
濡れ髪タオルごしごし、困ったような笑顔もマグカップ口つけ言った。
「アレ思うにな?でしゃばりどころか当事者になるんじゃねえかなあ?」
「と…じしゃって、あの、メールにかいてあったとうじしゃのこと?」
恥ずかしい、こんなこと確認するのは。
そんな本音に言われた。
「アレしらばっくれたらガッカリすんぞ?責任について話しましょう、とかって重たすぎだけどさ?」
あの一文なぞられて、コーヒーゆるやかな湯気ゆれる。
タオル被ったTシャツ姿さしむかい、マグカップごし尋ねた。
「あのね賢弥…責任とれるのかな、僕でも?」
こんな自分、それでも背負えるのだろうか?
窓ふる桜ほろ苦い香に言われた。
「周太なら大歓迎だから小嶌さんチもあんなメール送ってきたんだろ?でも、周太は命かけるくらい好きなひといるんだよな、」
とくん、
鼓動が敲かれる、言葉まっすぐで。
指摘された本音に揺すられる、あの春が呼んでしまう。
『月が明るいね、今夜は。おかげで桜が良く見える、』
あなたが笑う、切長い瞳に映る月と花。
それから庭、なつかしい夜に咲く奥多摩の山桜。
『周太、すこし窓を開いていい?』
桜の夜、テラスの窓、夜風めくるページ。
あなたは父の愛読書をひらいた、幼い幸福そのままに。
『フランス語が読めたら良かったな俺、そうしたら周太の好きな本、選ばせてあげられたのに、』
今も、あなたは読んでくれる?
あの春のまま生きられたら、そう願っていた。
でも変わってしまった、もう自分も変わった、あなたも去年の春とは違う。
そんな変化を思い知らされたから昨日、犯そうとした臆病そっと声になる。
「賢弥、僕ね…命懸けの好きって、いけないって…おもうんだ、」
あんなこと、してはいけない。
『大丈夫、俺が隣にいる、』
だって自分こそ哀しかった、あの雪崩の瞬間。
だって命かけてしまった貌を見た、あなたの。
『周太、』
白銀の闇の底、あなたは笑った。
闇に見えない顔、でもどんな貌してたのか声でわかる。
あんな声もう二度としてほしくない、だってきっと、あのときの母と同じ貌だ。
『民間人舐めてんじゃないわよっ、この殺人鬼!』
雪の山麓、雪ふる病院の夜。
凍てつく駐車場で響いた母の声、瞳、もう見たくない痛切に口開いた。
「僕ね…殺されかけたんだ、この二週間で2回、」
こんなこと、話していいのか解らない。
けれど声になった真実に訊いてくれた。
「周太さっき言ってたよな?僕は目的があって警察に入ったから、僕といると巻き込まれるかもしれないって。そのこと?」
闊達な声、でも静かに訊いてくれる。
こんなふう明るい冷静に明晰が量れて、その明眸に肯いた。
「ん、そのこと…それで大切なひとを巻きこんだんだ、」
巻きこんでしまった、あなたも母も。
二人だけじゃない、信じてくれる人たちも巻きこんだ。
そこで降りつもる雪が今、夜の風さそう桜に声になる。
「母が言ったんだ、僕を殺そうとした人に…父が命懸けで信じたから僕が警察になること頷いたんだ、あなたが護ってくれると信じたからって、でも」
雪の夜、駐車場のかたすみ母は怒鳴った。
怒鳴って泣いていた母の瞳、あの涙に声こぼれる。
「でも想うんだ、僕を殺そうとした人も父のこと、きっと命懸けで信じて、好きだったのかなって…だから父も命懸けで信じて、死んで、」
命懸け、
言葉にすればただ一言、だけど現実は一言じゃ済まない。
そうして生きてきた時間にコーヒーひとくち、ほろ苦い香と口開いた。
「そのひとの貌すごく…哀しくて、母の貌もほんとうに哀しくて…たすけてくれた人たちも哀しくって、幸せじゃなかった、」
命懸けで、そうして結んだ感情の果ての貌。
あの貌に揺すぶられて昨日もそうだった、その想い訊かれた。
「そういう貌させたんだ?昨日、海に入った原因の人にも?」
とくん、心臓に敲かれる。
まっすぐ衝かれた図星に肯いた。
「させたよ、だからもうやめたいんだ…命懸けの好きは、」
あんな貌させたくない、もう誰にも。
あんなこともう繰り返させたくない。
「命懸けで好きになって、まもるって、すてきだって僕も想ってたんだ、でも…ほんとに命かけたら哀しい貌させるんだ、傷つけて、」
誰が幸せになれたのだろう?
誰もなれていない、自分だってそうだ。
そうだから海で見つめた涙に声なぞった。
「僕があのひとを傷だらけにしたんだ、邪魔に想われてあたりまえ…だから僕も海に入って…こんなの誰も幸せになれない、」
それなら、どうしたらいいのか?
もう見つめている答えに隣が言った。
「俺は周太を死にたくさせる恋愛は嫌だよ?一緒に研究していきたいからさ、」
一緒に、そう言ってくれる。
こんな自分を望んでくれる、その闊達な明眸が笑った。
「いい研究には心身の健康が必要だろ?だから周太が笑って元気じゃないと俺が困るんだ、俺の個人的身勝手だけどさ?」
闊達な声ふかく明るい。
肚底しずかに照らしてくれる、そんな明眸が言った。
「周太が男と恋愛しても警察なんだりヤヤコシクてもさ、周太がいい研究して元気なら俺はソレでいいわけ。それで一緒に笑って酒飲めたら最高な?」
深い明るい眼ざし見つめてくれる、徹るほど真直ぐな明眸。
この眼が自分を見つけてくれた、だから信じたい未来に微笑んだ。
「僕も賢弥に同じだよ、だから…今日は大学に行ったんだ、」
「お、じゃあ俺は生きたい好きなんだ?」
明眸からり笑ってくれる。
ほのかな桜の風やわらかな窓、ただ嬉しくて肯いた。
「うん、賢弥のスケッチブック思いだしたんだ…ありがとう?」
晩夏の夜、この部屋で見せてもらった風景。
あの場所に懸けた約束が何度もなんども希望をくれた。
「俺のって、木曽のイラストが海からひっぱりもどした?」
「ん、賢弥のふるさとの絵だから…大学院に行こうって約束、思いだして、」
うなずいて街路灯の桜、隣の眼鏡きらめいて明るい。
あの晩夏の夜もそうだった、そうしてまた見つめて約束くれる。
「そっか、でも大学院だけじゃないからな?」
「うん…これからは研究で生きられたらいいなって思ってるよ、僕、」
願いごと声にして、桜ほのかに唇かすめる。
こんなふう約束が自分を引き戻す、明るい場所へ起こさせる。
“お父さん、僕、樹医になりたい”
幼い自分の声が呼ぶ、遠い幸福の温もり還る。
そうして笑っている桜の窓辺、やさしい夜風に尋ねた。
「あの…賢弥の意見を聴きたいんだけど、訊いていい?」
(to be continued)