余韻、

第86話 花残 act.1 side story「陽はまた昇る」
森の夢を見る、山の夢。
そこは光の射すところ、
「…ぅ、」
瞼ゆれて色彩ひらく、蒼やわらかに視界くるむ。
まだ夜わだかまる天井、けれど蒼い闇に英二は起き上がった。
「は…」
息ひとつベッド降りて、素足ふれる冷気に背すじ徹る。
もう明日は4月、それでも冷たい床に立ち窓を開けた。
からり、
サッシ開いて風ふれる。
額ふれる冷たさ闇が蒼い、もうじき陽が昇る。
光かすかな気配はるか冷たい風、明けきらない夜に隣室を見た。
「もういないんだよな…」
声ひとり零れて隣、窓は開かない。
『明日から俺も予備校だけどね、越沢バットレスを毎朝ヤッて通うツモリだよ?』
そんなこと言っていた隣室の住人、きっと今ごろ岩壁に向かう。
登攀道具たずさえ勉強道具カバンに詰めて、鼻歌まじり四駆のエンジンかけるだろう。
「だから夢見たのかな、俺も…光一?」
ザイルパートナーに微笑んで、開かない窓が蒼い。
夜明け近い闇から冷気ふきよせる、この風に奥多摩がなつかしい。
『それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?』
そう言って笑ってくれたザイルパートナー、あの言葉ただ信じていたい。
あの場所に戻れば自分は「生きられる」そんな想いに左掌を見た。
「へえ…けっこう治ってる?」
醤油瓶を握り砕いた、その傷跡ほとんど塞がっている。
まだ日を経ていない傷痕ながめて、左腕ゆっくり上げた。
「っ…」
つきり、痛覚かすかに奔って軋む。
それでも構わず左腕あげて、肘ぐっと右手つかんだ。
「ん、」
左肘ゆっくり右へ傾ける、腹斜筋じわり伸びていく。
伸ばされ動く肋骨たどって、背骨まっすぐ戻し息吐いた。
「…よし、」
痛みはない、肋骨のヒビは治ったらしい。
まだ左肩かすかな痛覚、この程度なら支障ないだろう。
―全力でいきたいもんな、今日はさ?
今日の訓練は全力、そう決めている。
この数時間後、違う隣が窓を開くから。
『この部屋、佐伯啓次郎が来週に入るからね?まちがって夜這いナンカするんじゃないよ、』
そんなふう笑って去ったザイルパートナー。
あの笑顔につい笑った。
「来週って、たった一日だろ?」
来週、昨日から見た今日は確かにそうだ?
そんな一日の違い可笑しくて、寛げない日曜の窓を閉じた。
かたん、
クロゼット開けて隊服ひきだす、袖とおす。
まだ起床には早い時間、それでも扉ひらいて廊下の闇に出た。
こつん…、
靴音ひとつ鳴る、そのまま潜めて廊下すすむ。
音を消したまま洗面台、蛇口ひねり頭から飛沫つっこんだ。
ざあっ、
水音はじけて皮膚から覚める。
髪ひとすじごと冴えてゆく、冷感くるまれ脳髄から沁みる。
顔ざぶり掌に飛沫はじけて醒めて、始まる一日の水流から顔上げた。
きゅっ、
蛇口とじてタオル被って、滴る頬が心地いい。
つたう一滴そっと冴えて冷えて、タオル拭いながら廊下を階段へ抜けた。
かたっ…
登りきった踊場、ドアノブゆっくり軋んで開く。
金属音しずかに重たく開かれて、冷たい暁闇を踏んだ。
「は…」
闇かすかに息が白い、かすかに渋く大気が香る。
屋上はるかコンクリート踏みしめて、蒼い暁うかぶビルの林に右腕のばした。
「…わからない、か、」
右腕の先、指ひとつだけ解らない。
掌ふれる冷たい風、指先ひとつ一つ冴えて透る。
けれど右小指だけ解らない、冷たいのかも風すらも、何も。
「動く…よな、」
右手ゆっくり握りしめて、痛みはない。
動くことはできる、けれど強く握れるだろうか?
おととい合同訓練でも支障なかった、昨日の救助も無事、けれど今後どうなるだろう?
「あさって週休…だよな、」
週休に俺も行くよ、カップ麺また食おうな?
いいよ、今日おまえ週休だから三日後かね?
そんな会話をザイルパートナーとした。
その週休の目的地で「今後」を確かめたらいい。
その結果次第、どんな貌されるだろう?
―吉村先生には心配させるかもしれないよな、雅樹さんのことあるから、
あの医師にこの右手を診せる、それは正しいだろうか?
めぐらす想い見つめる蒼い闇、聴覚かすかな響きに笑った。
「おはようございます、黒木さん?」
「おはよう、やっぱり宮田か、」
冷静な低い声が歩いてくる。
規則正しい靴音コツコツ、隣に立ち低く笑った。
「屋上によくいるな、宮田は…ふぁ、」
笑いかけてくる声かすかに眠たい。
まだ目覚めたばかりだろう、そんな上司につい笑った。
「黒木さんもよくいますね、あの隠れ場所とか?」
「まあな、…」
冷静な低い声が笑って、欠伸かすかに風ゆらす。
蒼い闇ゆるやかに冷たい屋上、上司が口ひらいた。
「宮田、今日は午前の訓練が終わったら桜田門に行ってこい。日曜だが居られるそうだ、」
ああ、そのことがあったな?
思い出した義務と権利に少し笑った。
「それは小隊長、史料編纂より蒔田さんの方がマシってことですね?」
呼び出してくる相手と、待っている相手。
ふたつ並べた隣、淡くなりだした闇にシャープな眼が苦笑した。
「おいおい、蒔田さんに失礼だろ?それに今日はまだ国村さんが小隊長だ、」
困ったような視線が笑ってくる。
でも言葉「もう一人」にもっと失礼だろう?こんな上司に笑って訊いた。
「あの嘱託さん、昨日の態度あまり良くなかったんですね?」
「おい、その訊き方また答えにくいぞ?」
困るだろ?そんな視線が闇に笑っている。
こういう空気感がいい、寛ぐ想いに新たな小隊長が言った。
「戦前は警察の権力もっと強かったからな、そういう時代の人間からしたら今の警官は軽いだろうし、山岳救助隊はなおさらだろ、」
淡々、冷静な声たんたん低く紡ぐ。
いつもながら乱れない声、その奥にある意志へ尋ねた。
「だとしても、黒木さんも屈服する気ないでしょう?」
権力におもねる、そんな男なら昨日も自分を呼び戻したろう?
けれど自由をくれた瞳は鋭く軽く笑った。
「国村さんには屈服するけどな、」
昨日までの上司に笑って、シャープな瞳が北西を見る。
その先はるかな稜線は遠い、それでも額ふれる風に微笑んだ。
「国村さんは昨日、最後に何て言ってました?」
この男と何を話すのだろう、あのザイルパートナーは?
知りたい問いかけの先、あわくなる闇に瞳が笑った。
「また一緒に登ろうって言ってくれたよ、」
冷静な低い声、でも温かい。
そんな解答に北西を見つめて英二も笑った。
「合格祝いは山でって黒木さん、約束したでしょう?」
「まあ、な?」
明るみだす蒼に声が笑う、その輪郭あわく浮かびだす。
もう今日が昇る、あわく渋い風ひるがえる冷気に尋ねた。
「黒木さん、佐伯さんは19時ごろ着くんですよね?」
隣室の窓がひらく、あと14時間もない。
そうして明ける空、ひるがえる朱色に徹った。
「晩飯は歓迎会だ、蒔田さんの誘いは断れよ?」
「はい、」
素直に頷いて東を振りかえる。
朱色まばゆく闇ひらく、こんな空いつも思いだす君の声。
『きれい…』
奥多摩の山上、この首都の最高峰に君が笑った。
あの幸福だった夜明けの空、もう一度なんて願えるだろうか?
“愛しているなら、彼の自由も愛せる”
昨日、海辺で聴いた祖母の声。
あの言葉は本当だろうか、昨日あの雪山に何度も考えた言葉。
この言葉もし解けるときが来たら、いつか明けるだろうか?
「いい日の出だな、」
「はい、」
隣の言葉に微笑んで、朱い光ゆるやかに輝度を増す。
まばゆく今日が明けてゆく、それでも肚深く想い沈殿する。
※校正中
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英二24歳3月末

第86話 花残 act.1 side story「陽はまた昇る」
森の夢を見る、山の夢。
そこは光の射すところ、
「…ぅ、」
瞼ゆれて色彩ひらく、蒼やわらかに視界くるむ。
まだ夜わだかまる天井、けれど蒼い闇に英二は起き上がった。
「は…」
息ひとつベッド降りて、素足ふれる冷気に背すじ徹る。
もう明日は4月、それでも冷たい床に立ち窓を開けた。
からり、
サッシ開いて風ふれる。
額ふれる冷たさ闇が蒼い、もうじき陽が昇る。
光かすかな気配はるか冷たい風、明けきらない夜に隣室を見た。
「もういないんだよな…」
声ひとり零れて隣、窓は開かない。
『明日から俺も予備校だけどね、越沢バットレスを毎朝ヤッて通うツモリだよ?』
そんなこと言っていた隣室の住人、きっと今ごろ岩壁に向かう。
登攀道具たずさえ勉強道具カバンに詰めて、鼻歌まじり四駆のエンジンかけるだろう。
「だから夢見たのかな、俺も…光一?」
ザイルパートナーに微笑んで、開かない窓が蒼い。
夜明け近い闇から冷気ふきよせる、この風に奥多摩がなつかしい。
『それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?』
そう言って笑ってくれたザイルパートナー、あの言葉ただ信じていたい。
あの場所に戻れば自分は「生きられる」そんな想いに左掌を見た。
「へえ…けっこう治ってる?」
醤油瓶を握り砕いた、その傷跡ほとんど塞がっている。
まだ日を経ていない傷痕ながめて、左腕ゆっくり上げた。
「っ…」
つきり、痛覚かすかに奔って軋む。
それでも構わず左腕あげて、肘ぐっと右手つかんだ。
「ん、」
左肘ゆっくり右へ傾ける、腹斜筋じわり伸びていく。
伸ばされ動く肋骨たどって、背骨まっすぐ戻し息吐いた。
「…よし、」
痛みはない、肋骨のヒビは治ったらしい。
まだ左肩かすかな痛覚、この程度なら支障ないだろう。
―全力でいきたいもんな、今日はさ?
今日の訓練は全力、そう決めている。
この数時間後、違う隣が窓を開くから。
『この部屋、佐伯啓次郎が来週に入るからね?まちがって夜這いナンカするんじゃないよ、』
そんなふう笑って去ったザイルパートナー。
あの笑顔につい笑った。
「来週って、たった一日だろ?」
来週、昨日から見た今日は確かにそうだ?
そんな一日の違い可笑しくて、寛げない日曜の窓を閉じた。
かたん、
クロゼット開けて隊服ひきだす、袖とおす。
まだ起床には早い時間、それでも扉ひらいて廊下の闇に出た。
こつん…、
靴音ひとつ鳴る、そのまま潜めて廊下すすむ。
音を消したまま洗面台、蛇口ひねり頭から飛沫つっこんだ。
ざあっ、
水音はじけて皮膚から覚める。
髪ひとすじごと冴えてゆく、冷感くるまれ脳髄から沁みる。
顔ざぶり掌に飛沫はじけて醒めて、始まる一日の水流から顔上げた。
きゅっ、
蛇口とじてタオル被って、滴る頬が心地いい。
つたう一滴そっと冴えて冷えて、タオル拭いながら廊下を階段へ抜けた。
かたっ…
登りきった踊場、ドアノブゆっくり軋んで開く。
金属音しずかに重たく開かれて、冷たい暁闇を踏んだ。
「は…」
闇かすかに息が白い、かすかに渋く大気が香る。
屋上はるかコンクリート踏みしめて、蒼い暁うかぶビルの林に右腕のばした。
「…わからない、か、」
右腕の先、指ひとつだけ解らない。
掌ふれる冷たい風、指先ひとつ一つ冴えて透る。
けれど右小指だけ解らない、冷たいのかも風すらも、何も。
「動く…よな、」
右手ゆっくり握りしめて、痛みはない。
動くことはできる、けれど強く握れるだろうか?
おととい合同訓練でも支障なかった、昨日の救助も無事、けれど今後どうなるだろう?
「あさって週休…だよな、」
週休に俺も行くよ、カップ麺また食おうな?
いいよ、今日おまえ週休だから三日後かね?
そんな会話をザイルパートナーとした。
その週休の目的地で「今後」を確かめたらいい。
その結果次第、どんな貌されるだろう?
―吉村先生には心配させるかもしれないよな、雅樹さんのことあるから、
あの医師にこの右手を診せる、それは正しいだろうか?
めぐらす想い見つめる蒼い闇、聴覚かすかな響きに笑った。
「おはようございます、黒木さん?」
「おはよう、やっぱり宮田か、」
冷静な低い声が歩いてくる。
規則正しい靴音コツコツ、隣に立ち低く笑った。
「屋上によくいるな、宮田は…ふぁ、」
笑いかけてくる声かすかに眠たい。
まだ目覚めたばかりだろう、そんな上司につい笑った。
「黒木さんもよくいますね、あの隠れ場所とか?」
「まあな、…」
冷静な低い声が笑って、欠伸かすかに風ゆらす。
蒼い闇ゆるやかに冷たい屋上、上司が口ひらいた。
「宮田、今日は午前の訓練が終わったら桜田門に行ってこい。日曜だが居られるそうだ、」
ああ、そのことがあったな?
思い出した義務と権利に少し笑った。
「それは小隊長、史料編纂より蒔田さんの方がマシってことですね?」
呼び出してくる相手と、待っている相手。
ふたつ並べた隣、淡くなりだした闇にシャープな眼が苦笑した。
「おいおい、蒔田さんに失礼だろ?それに今日はまだ国村さんが小隊長だ、」
困ったような視線が笑ってくる。
でも言葉「もう一人」にもっと失礼だろう?こんな上司に笑って訊いた。
「あの嘱託さん、昨日の態度あまり良くなかったんですね?」
「おい、その訊き方また答えにくいぞ?」
困るだろ?そんな視線が闇に笑っている。
こういう空気感がいい、寛ぐ想いに新たな小隊長が言った。
「戦前は警察の権力もっと強かったからな、そういう時代の人間からしたら今の警官は軽いだろうし、山岳救助隊はなおさらだろ、」
淡々、冷静な声たんたん低く紡ぐ。
いつもながら乱れない声、その奥にある意志へ尋ねた。
「だとしても、黒木さんも屈服する気ないでしょう?」
権力におもねる、そんな男なら昨日も自分を呼び戻したろう?
けれど自由をくれた瞳は鋭く軽く笑った。
「国村さんには屈服するけどな、」
昨日までの上司に笑って、シャープな瞳が北西を見る。
その先はるかな稜線は遠い、それでも額ふれる風に微笑んだ。
「国村さんは昨日、最後に何て言ってました?」
この男と何を話すのだろう、あのザイルパートナーは?
知りたい問いかけの先、あわくなる闇に瞳が笑った。
「また一緒に登ろうって言ってくれたよ、」
冷静な低い声、でも温かい。
そんな解答に北西を見つめて英二も笑った。
「合格祝いは山でって黒木さん、約束したでしょう?」
「まあ、な?」
明るみだす蒼に声が笑う、その輪郭あわく浮かびだす。
もう今日が昇る、あわく渋い風ひるがえる冷気に尋ねた。
「黒木さん、佐伯さんは19時ごろ着くんですよね?」
隣室の窓がひらく、あと14時間もない。
そうして明ける空、ひるがえる朱色に徹った。
「晩飯は歓迎会だ、蒔田さんの誘いは断れよ?」
「はい、」
素直に頷いて東を振りかえる。
朱色まばゆく闇ひらく、こんな空いつも思いだす君の声。
『きれい…』
奥多摩の山上、この首都の最高峰に君が笑った。
あの幸福だった夜明けの空、もう一度なんて願えるだろうか?
“愛しているなら、彼の自由も愛せる”
昨日、海辺で聴いた祖母の声。
あの言葉は本当だろうか、昨日あの雪山に何度も考えた言葉。
この言葉もし解けるときが来たら、いつか明けるだろうか?
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「はい、」
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空仰ぐ、時を刷く。

山上の一本シラカバ・山で見る樹木は背筋まっすぐなカンジします、風雪の時間がそうなるのかなあと。笑
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山岳点景:白樺シラカンバ

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撮影地:山梨県2018.11
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風雪のはざま、天地の境界。

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※秋の林道は運転要注意、落葉でタイヤ滑る×日没が早い×街燈アタリマエに無いため安易には走れません。
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山岳点景:黄葉×苔

標高1,600メートルは晩秋、ふりつもる黄葉×紅葉に静まる時です。
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