今日の「お気に入り」。
「 インドに狼に育てられた子の話がある。名高いアマラとカマラである。一人は幼くして死んだが
一人は十七(推定)まで育った。けれども言葉はついにひと言もおぼえなかった(片ことはしゃ
べったが笑えなかったという説あり)。ここに秘密を解くカギの一つがある。してみれば胎内か
ら三歳までのうちに幼児語を、十歳までにその国の言葉の骨格をおぼえるのだなと思われる。骨
格が根をはったら、外国語は容易にはいれない。翻訳しておぼえるから本心を打明ける手紙は母
国語でなければ書けないことを、幼くして渡米して小学校からプロテスタンの学校で教育を受け
た、のちの津田塾大の初代学長『津田梅子』の例で知った。」
(山本夏彦著「最後の波の音」文春文庫 所収)