と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

朝食前、昼食前、夕食前に人間は怒りっぽくなる?

2018年06月27日 21時06分52秒 | とーま君の流儀2018

一昨日だったか、たけしの医学番組を見ていた。

そしたら、認知症になったボキ等と同じような年齢の女性が、やたら怒りっぽくなってひとり娘の介護を必要としていたというような内容であった。

やたらと、ひとり娘に怒るのである。母親がである。

ふううううううんと思って見ていた。

そしたら、テレビの鹿児島大学大学病院のドクターが言われたことが、「朝食前、昼食前、夕食前に人間は怒りっぽくなる?」ということだったのだ。

低血糖のなせる技だといわれた。

なるほど。

ボキは実に納得した。ボキも低血糖を起こしたことがあって、いわば経験者であるからだ。血糖値をコントロールするクスリを呑み、九十九里浜の南端にあるホテルの風呂場の脱衣所で失神したことがあったからである。

エコノミークラス症候群になって東洋一の大病院に入ってやっと退院できで、その退院祝いにそのホテルに一泊したときのことである。

その時以来、血糖値を下げるクスリはドクターの処方で呑んでいない。

だから経験者なのである。

そうするとである。

ボキの家人が怒りっぽくなるのは、いずれも同じような時間帯ではないのかと感じたからである。ボキなんか糞味噌に言われてしまうからである。

それはそれでおおいに納得できるからである。

どれだけ家人に迷惑をかけてきたかとなると、ボキは一言も反論できないからだ。

しかしである。

なんだか、これには共通項があるのではないかと思い始めた。

低血糖の時刻と一致しているのではないのかと。

うううううううううううううううううううううううううううむ。

人間の身体の構造というのは、はかりしれないものだ。

そういうことをふと思った。

思ったから打鍵してみた。

 

大事にせなあかんのは、家人である。家人は女性だからだ。家人なしには、ボキは生きていけないではないか。

所詮、男なんか女性のできそこないでしかないんだから。

 

(_ _ )/ハンセイ

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POP CULTURE: Why We Love Disaster News

2018年06月27日 21時06分41秒 | 英語動画2018

なぜ人間は悲劇が好きのか?(POP CULTURE: Why We Love Disaster News)

 

 

 

 

POP CULTURE: Why We Love Disaster News

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これから千葉市にある通信制高校に行ってくる。定年後の充実した生き方につながっていると思へり。

2018年06月27日 06時28分00秒 | とーま君の流儀2018

他人のワルクチ言っている暇があったら、自分を見直すこってすなぁ。アホなことばかり言っていないで。充実した生き方をしていきたいから。まさにそういうことである。

 

 

引き下げの心理というのがある。確かにある。先日、中国語の懇親会でご学友様がある人を褒めたのだ。そしたら、ボキはそのある人をけなしてしまったのである。酔っていたからという言い訳は通用しない。そもそも酔っていたからこそホンネであったということになる。アカンなぁと思う。こういうことで仕事人時代を生きてきたのだろうか。アカン。

誰かを褒めているのだ。素直に賛成していれば良いではないか。そんなもんどうだっていいのだ。

だいいち、他人の欠点をあげつらってワルクチを言っているようでは話にならないのである。いくら酒の肴で話していたとしても、ボキの度量の狭さを示しているだけでみっともない。

これからは引き上げの心理で生きていかなくちゃならない。愛のある言葉で、人を褒めることである。それでこそ、組織は動く。と、思ったらボキはもう組織人ではなかったのじゃ(@^▽^@)。

所属している組織がない。ま、副業でも組織人だろう?って言われたらそりゃそうかもしれない。それなりに義務があるからだ。副業それぞれの組織には迷惑をおかけすることはできないからだ。就業規則もあるからだ。

今日、これから行く千葉市の通信制高校でも同じである。明日行く某大学の授業もそうである。塾もそうである。いろいろと配慮すべきことがある。

体調不良であっても、連絡はしなくてはならないし、伝染性の病気になってもいけない。まるっきり無責任ではもっと話にならない。

そういう意味で、社会とはつながっているのである。だから精神衛生上実にいいのだ。引きこもりではないからである。

それに千葉市に出かけるのには、電車で行く。これが良いのである。朝のラッシュアワーに電車に乗るのではないから気楽である。読書もできる。あるいは居眠りもできる。ボキの住んでいる九十九里浜から千葉駅までかなり時間がかかるから、けっこう充実した時間を過ごせる。千葉駅は最終駅であるから、寝過ごすこともない。それから、歩いて通信制高校まで行く。これまた素敵なビル街があって、九十九里浜とは見える景色が違う。学校自体も素敵な内装で、まるでホテルのようである。これ以上は書けないが。

そして学校近くでランチをいただいて、帰ってくる。

千葉駅には大型のショッピングセンターができたから、そこにある二ヶ所の書店に寄って帰ってくる。書店めぐりは楽しいものである。先週も、楠木新の「定年後」という新書を買ってきた。すぐ読んでしまったが、まさにボキのテーマがこれだよんと思った。定年後の15年間をどう生きるか。それが、ゴールデンジジイ?としてのボキの過ごし方でもある。

ワルクチ言っているよりは、良い。

わははっははははっははっははははははっははは。

 

ヾ(@⌒―⌒@)ノ

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6月26日(火)のつぶやき

2018年06月27日 06時23分10秒 | とーま君の流儀2018
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/