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幸福感に関係する脳部位が発見された

2016-03-19 21:54:00 | 脳科学・心理学
京都大学医学研究科の研究グループが「幸福の神経基盤を解明」したと発表されました。

主観的幸福、つまり幸福感の強弱と大きさが相関する脳部位が発見されたというのです。楔前部(けつぜんぶ)という聞きなれない脳部位に主観的幸福の基盤が存在しているらしいのです。それも右脳の楔前部にです。主観的幸福という非常に高度な哲学的概念の主体が脳のある部位に存在しているということ、つまり純粋に生物学的、物質的な存在であるということがまず驚きです。そして、高度な分子生物学的な脳研究が行われているこの時代に、心理アンケートと、我々も脳ドックなどでよく検査を受けるMRIで、ある脳部位の大きさを測るだけという、いたって簡単な方法でこのような重大な発見がなされたことも面白いところです。

エレーヌ・フォックス「脳科学は人格を変えられるか?」によると、楽観脳(サニーブレイン)は側坐核と前頭前野からなるユニットが中心的な役割を果たしている、また楽観的な人では左脳の活動度が高いということですが、これらの脳部位と今回報告された右楔前部は別の場所にあります。楔前部は大脳の内側面にあり、大脳辺縁系の一部とされる場合もあるそうです。

瞑想トレーニングが楔前部の体積を変えることはすでに知られていたそうですが、楔前部とはいったいなんだろうと、ネットで検索してみるといろいろ出ていました。プロ棋士ではアマチュアと比べてここの活動度が高いため直観力に関係しているらしいです。時間の感覚がなくなるほどに何かに集中して作業に没頭している状態は「フロー」と呼ばれています。楔前部はこのフローに関係していて、意識的に考えなくてもアクティブに動いているシステムのハブであって、創造性を発揮する瞬間に非常に活発になるともいわれています。また面白いことに、かゆみを認知する部位でもあるそうです。かゆいところを掻くときに快感に近い感覚を覚えますが、それと主観的幸福とのあいだにまさか関係があるとは思えませんが。

瞑想することで右楔前部が大きくなり、それにともなって幸福感も高まるのだとしたら非常にわかりやすい話ではありますが、そんなに単純なことなの?とも思ってしまいます。この分野の研究が進んでさらに脳における幸福感というもののあり方がいろいろとわかってくるのが楽しみです。

本研究成果は、2015年11月20日に英国科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィックリポーツ)」誌のウェブサイトに掲載されました。その概要は、京都大学のウェブサイトに下記の通り報告されているので引用します。

『幸福は、人にとって究極の目的となる主観的経験です。心理学研究は、主観的幸福が、質問紙で安定して計測できること、感情成分と認知成分から構成されていることを示してきました。しかし、主観的幸福が脳内のどこにどのように表現されているのかという神経基盤は不明でした。神経基盤を理解することで、この主観的な現象を客観的に調べることができ、また幸福が生み出されるメカニズムについての手がかりも得られます。

この問題を、佐藤特定准教授、魚野翔太 医学研究科特定助教、澤田玲子 医学研究科研究員、義村さや香 同特定助教、十一元三 同教授、河内山隆紀 ATR脳活動イメージングセンター研究員、久保田泰考 滋賀大学保健管理センター准教授のグループは、成人を対象として、脳の構造を計測する磁気共鳴画像(MRI)と幸福度などを調べる質問紙で調べました。

その結果、右半球の楔前部(頭頂葉の内側面にある領域)の灰白質体積と主観的幸福の間に、正の関係があることが示されました。つまり、より強く幸福を感じる人は、この領域が大きいことを意味します。また、同じ右楔前部の領域が、快感情強度・不快感情強度・人生の目的の統合指標と関係することが示されました。つまり、ポジティブな感情を強く感じ、ネガティブな感情を弱く感じ、人生の意味を見出しやすい人は、この領域が大きいことを意味します。こうした結果をまとめると、幸福は、楔前部で感情的・認知的な情報が統合され生み出される主観的経験であることが示唆されます。主観的幸福の構造的神経基盤を、世界で初めて明らかにする知見です。


右楔前部と主観的幸福の間に示された正の関係。左図は脳の領域を指す。右図は体積と主観的幸福の関係を示す散布図

今回の結果は、幸福という主観的な経験を、客観的・科学的に調べることができることを示します。今後、瞑想トレーニングが楔前部の体積を変えるといった知見と併せることで、科学的データに裏打ちされた幸福増進プログラムを作るといった展開が期待されます。』

楽しいことを思い出すとうつが改善する・利根川進博士の研究

2015-12-12 21:33:05 | 脳科学・心理学
マウスを使った動物実験ですが、非常に巧妙な仕掛けを使って過去の楽しいことを思い出させるとうつ状態が改善されるという研究報告がありました。利根川進博士たちの研究です。

利根川進というと、長いことノーベル医学生理学賞を受賞した唯一の日本人でしたから、昔、生物学徒だった私たちにとっては英雄のような人でした。免疫学でノーベル賞を受賞した後も、脳科学に転向して何十年にもわたってレベルの高い研究を継続していることはすごいことだと思います。利根川博士には3人の子どもがいたのですが、3人目の息子さんは2011年に18歳で自殺で亡くなっています。その息子さんは親もおどろくほどの飛び抜けた才能にあふれた子どもだったようです。そのあたりの経緯は彼の手記「利根川進(29)私の家族」に書かれています。ノーベル賞はいらないから息子をかえしてほしいという悲痛な思いがつづられています。自殺の原因は書かれていませんが、うつであった可能性は高いでしょう。これまで利根川博士は記憶や学習の分子的メカニズムを解明する研究をしてきましたが、うつを研究のターゲットにするようになったのは、そんな私的なできごとが動機になっていたのではないかと思えてきます。

研究チームは、光遺伝学という高度な研究手法を用いてこの研究を成し遂げました。マウスの脳がある活動を行った部分を標識しておいて、あとで光を当てるとその部分を再度活性化させることができるという方法です。あまりに高度なテクニックなので、どうやってそんなことができるのかにわかに理解しがたい方法です。ともかく、そういう研究手法を使って、まずオスマウスをメスマウスと一緒に過ごさせて楽しい思い出を作ります。そのときのオスマウスの脳の海馬内の記憶のために働いた部分を分子的に標識するのです。その後、そのオスマウスにストレスを与えてうつ状態にさせます。そして、オスマウスに光を当てると、以前に標識された脳の部位が活性化されて、メスマウスと過ごした楽しい記憶を思い出します。するとうつ状態が改善したというのです。

非常に示唆に富むこの研究結果からは、いろいろな興味や疑問点が出てきます。ヒトで同じような脳の分子操作はできませんから、ヒトでは現実的に何ができるだろうかと考えます。この実験でマウスが思い出したのは、性的な思い出でしょうか、メスに受け入れられたという社会的承認の記憶でしょうか、優しくした・されたという愛の思い出でしょうか、それらの複合したものなのでしょうか。では、そういう男女間の喜び以外の楽しい思い出でもうつは改善するのでしょうか。予備実験でそういうことも試したけれど、うまくいかなかったのでしょうか。マウスでだめだからといってもヒトでもそうとはいえません。この楽しい記憶を思い出すというのは、認知行動療法の手法の一つにも似ています。私が今読んでいる認知行動療法の本によると、うつの原因である認知の歪みを改善する方法の一つとして、承認を他者に求めるのではなく、自らを承認するというテクニックがあります。毎日、自分の良い点、良いことをしたことを他人から認められたかどうかにかかわらず、過去にもさかのぼって思い出す、いくつ思い出したか記録するというものです。これはやってみるとそう簡単ではありません。人にもよるのでしょうが、良い記憶はそうそうたくさん思い出せるものではありません。だから無理してでも思い出すことが大事なのでしょうし、自己承認を高めることができるのでしょう。今回の利根川博士の研究のきもは、うつの改善のために脳の中にある良い記憶・感情を引き出すことの重要性を示したことにあるような気がします。

この研究は、理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター 理研-MIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長、スティーブ・ラミレス大学院生らの研究チームによるもので、科学雑誌『Nature』(2015年6月17日)に掲載されました。下記に理化学研究所によるプレスリリース(光遺伝学によってマウスのうつ状態を改善 ―楽しかった記憶を光で活性化―)の短縮版を引用します。

『うつ病は、現代社会が生み出す多様なストレスも要因の一つといわれており、近年大きな社会問題となっています。しかし、一般的に使われている治療薬や治療法の効果は個人差が大きく、うつ病の克服はなかなか難しいのが現状です。理化学研究所の研究チームは2014年に、マウスを対象に光遺伝学という手法を使って、嫌な記憶を楽しい体験の記憶に書き換えることに成功しています。うつ病では、過去の楽しい体験を正しく思い出せなくなる、という特徴があることから、研究チームは「過去の楽しい体験の記憶に関わる神経細胞を活性化することで、うつ病の症状を改善できないか」と考えました。

研究チームは、オスのマウスにメスのマウスと過ごすという“楽しい”体験をさせ、そのときに活動した脳の海馬体にある歯状回という部位の神経細胞を遺伝学的手法で標識しました。この手法で標識をすると、実験者が望むタイミングで光をあてることで、標識した細胞を活性化することが可能になります。次に、そのオスのマウスに体を固定するという慢性ストレスを与え、「嫌な刺激を回避する行動が減る」、「本来なら好む甘い砂糖水を好まなくなる」という行動に示されるような“うつ状態”が引き起こされるようにしました。このうつ状態のマウスの、楽しい体験の記憶として標識した歯状回の神経細胞に光をあてて神経活動を活性化したところ、嫌な刺激を回避する行動が再び現れ、砂糖水も再び好むようになるという、うつ状態の改善がみられました。また、このうつ状態の改善は、恐怖や喜びなどの情動の記憶に関わる「扁桃体」や、やる気や意欲、報酬を得たときに感じる喜びなどに関わる「側坐核」という領域につながる回路の活動によるものであることが分かりました。

これは、光による神経細胞群の活性化によって、過去の楽しい体験の中で実際に感じた喜びの記憶や感覚が呼び起こされて、症状が改善したことを示しています。この成果は、今後のうつ病の新しい治療法開発に役立つかも知れません。』


オスの子育て脳が発見された

2015-10-24 16:18:14 | 脳科学・心理学
オスが子育てをする気になる脳の部位が見つかったという、動物実験による興味深い研究結果が報告されたので、紹介したいと思います。

人間でも、親が子育てを放棄したり子どもを虐待したり、最悪の場合殺してしまったりという事件がよく報道されます。再婚した女が連れてきた子供に対して男がそういうことをするという事例が多いように思います。こういう話を聞くと、そんなことをするやつは人間の皮をかぶった獣なんじゃないか、と思ったりします。実際、ライオンのオスはメスとつがうと、そのメスが別のオスとの間にもうけた子どもをかみ殺してしまうと言われています。しかしこういうことをするのは動物(哺乳類)の話で、人間には道徳心や利他心などの高度な脳機能があるので、子どもを虐待するのは獣なみだと思っていたわけです。今回の研究結果は、オスには子どもを攻撃する脳の部位もたしかにあるが、子どもを子育てする脳の部位もあることがわかったという発見です。これはマウスでの研究なので、ヒトを含めた哺乳類一般にあてはまる可能性があります。そして、その脳の部位というのは、高度な脳機能を司る前頭前野ではなく、情動を司る偏桃体などもある大脳辺縁系というところにあるようです。

理化学研究所(理研)脳科学総合センター親和性社会行動研究チームの黒田公美チームリーダーたちによる研究で、国際科学誌『The EMBO Journal』(9月30日付け:日本時間10月1日)に掲載されました。
下記に理化学研究所によるプレスリリース(マウスの「父性の目覚め」に重要な脳部位を発見―オスマウスの子育て意欲は2つの脳部位の活性化状態に表れる―)の短縮版を引用します。

『ほ乳類の場合、子は未発達のまま生まれてくるので、母乳を与えるなど親による子育て(養育)が欠かせません。マウスでは、メスは若い時から子の世話をすることが多く、出産時の生理的な変化によってさらに養育行動が強化されることが知られています。しかし、オスは?となると、これがなかなか複雑です。交尾をしたことがないオスマウスは、養育はせず子に対して攻撃的です。しかし、メスとの交尾・同居を経験して父親になると、自分の子ばかりか他人の子までも養育します。この「父性の目覚め」現象に関わるメカニズムの1つとして、理研の研究者はこれまでに、子の発するフェロモンを鋤鼻器という嗅覚器官で検出することが子への攻撃には必要であることと、父親マウスでは鋤鼻器の働きが抑制され、子への攻撃行動が抑えられると同時に養育を促すことを発見しています。

しかし、「父性の目覚め」現象は、鋤鼻器が退化している類人猿でも見られることから、嗅覚などさまざまな感覚入力を受けとり子への行動を決定する、より高次の脳領域に重要なメカニズムがあるのでは、と考えました。そこでまず、子を攻撃するオスマウスと養育するオスマウスを、それぞれ2時間、子と同居させることによって脳のどの部分が活性化されるかを、神経細胞の活動の指標であるc-Fosというタンパク質を使って、詳細に調べました。

その結果、攻撃をしている時は前脳にある分界条床核(BST)という部位の一部分「BSTrh」が、養育するときには内側視索前野中央部「cMPOA」が活性化していることを突き止めました。BSTrhの機能を阻害すると子への攻撃が弱まり、またcMPOAの機能を阻害すると子を養育することができなくなりました。また、“光遺伝学的手法”を使って脳内のcMPOAに光を照射し活性化すると、子への攻撃が減ることも分かりました。cMPOAは交尾によっても活性化することから、メスとの交尾・同居を経験して父親になったマウスでは、BSTrhに対しcMPOAの活動が優位になることで攻撃を抑制し、子を養育するようになる「父性の目覚め」が起きている可能性を示しました。さらに、オスマウスが子を攻撃するか、養育するかは、cMPOAとBSTrhの2つの脳部位の活性化状態を測定するだけで、95%以上の確率で推定できることも明らかになりました。cMPOAとBSTrhはマウスと霊長類でよく似ているので、今後詳細な研究を進めることで、私たち人間の父子関係をより理解し、問題解決に役立つ知識が得られるかもしれません。』

以上、引用。
私も以前は子どもにほとんど興味がなかったのですが、子どもができてからは自分の子どもをかわいいと思うだけでなく、よその子どものことも気にかかるようになりました。それは明らかな変化です。