このコロナ禍で、大学生や経済的困窮者などの社会的孤立が広がっていることが問題視されています。それとも関連するような話題として、社会的つながりや地位と寿命の関係について、人間だけでなく広く社会性哺乳類に範囲を広げてこれまでの研究成果をまとめている、1年くらい前にScience誌に掲載された総説を紹介します。
取り上げた論文は『(人と他の動物たちの健康と生存を決める社会的要因)Social determinants of health and survival in humans and other animals. Snyder-Mackler N, Burger JR, Gaydosh L, Belsky DW, Noppert GA, Campos FA, Bartolomucci A, Yang YC, Aiello AE, O'Rand A, Harris KM, Shively CA, Alberts SC, Tung J. Science. 2020 May 22;368(6493).』です。この論文でよく出てくる用語に、社会的統合(social integration)と生存(survival)がありますが、それぞれ、社会的つながり、寿命、と訳したほうが意味が通じやすいのでそうします。
過去10年ほどの多くの研究により、いじめ、孤立、経済的困窮に代表されるような社会的逆境によって、人間の健康と寿命が低下すること、死亡リスクが高まることが明らかになりました。しかし、社会性を持つ他の哺乳類においても同様に、社会的孤立と逆境が健康や寿命に影響を与えることが示されつつあります。動物においては、実験動物モデルを用いることができることも、そうした研究が進んだ理由の一つのようです。そして、人間で見られる社会的逆境と寿命の関係は、進化的なルーツがあることが示唆されるようになりました。
実験動物での研究は、社会的に誘発されたストレスが、免疫機能、病気の感受性、および寿命に直接影響を与えることを示しています。例えば、マウスでの最近の研究は、社会的に誘発されたストレスが、アテローム性動脈硬化症を含む複数の原因のために寿命を短くさせることを示しました。こうした動物での結果は、社会的逆境がほとんどすべての主要な死因による死亡リスクを増加させているという人間での結果とも一致しています。人間だけでなく、他の社会的哺乳類においても、①社会的つながり、②社会的地位、および③幼少期の逆境が、寿命や、分子的、生理学的、および疾患の結果を予測させることが示されています。③幼少期の逆境について、例えばキイロヒヒのメスでは、低い社会的地位、母親の社会的孤立、母親の喪失、高い資源(エサなど)競争、弟妹の誕生までの間隔が短いこと、幼少期の干ばつなどがあります。
社会的つながりと寿命の関係
下図は、人間を含めた社会性哺乳類各種(A)の、社会的つながり(D)と寿命(E)の関係を示しています。調べた動物(A、ケープハイラックス、野生の馬、シャチ、バンドウイルカ、オオツノヒツジ、人間、アカゲザル、バーバリーマカク、チャクマヒヒ、キイロヒヒ、ブルーモンキー)の多くにおいて、社会的つながり(D)が強いほど寿命(E)が長い(↑)ことが示されました。唯一、キバラマーモットでは、社会的つながりの強さは寿命の短さと相関していました。
社会的地位と寿命の関係
下図は、人間を含めた社会性的哺乳類各種(A)の、社会的地位(D)と寿命(E)の関係を示しています。調べた動物(A)の中で、社会的地位(D)が高いほど寿命(E)が長い(↑)ことが示されたのは、ミーアキャット、人間、カニクイザル、アカゲザル、アヌビスヒヒ、チャクマヒヒ、アナウサギ、アルプスマーモットでした。一方、そのような関係が見いだせなかった動物は、シロイワヤギ、チンパンジー、ニホンザル、キイロヒヒでした。
社会的逆境と寿命をつなげる生物学的経路
社会的逆境が寿命の短縮につながるための、生物学的・分子的経路として考えられているのは、神経内分泌シグナル、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸、交感神経系、炎症系です。炎症系で見られるのは、炎症のマスターレギュレータである転写因子NF-κBの活性化による炎症関連遺伝子(インターロイキン-6や-1β)の発現亢進です。NF-κBはまた、ストレスホルモンである糖質コルチコイドの作用を阻害するので、神経内分泌系にも影響します。アカゲザルのメスでは、ヒトでの研究と一致して、社会的つながりが低い動物個体では炎症誘発性のNF-κB活性が高まりますが、社会的つながりが高い動物個体では抗ウイルス遺伝子の発現が高まるということです。
私のまとめ
社会的不平等などとも関係の深い社会的逆境はその人の人生を不幸にしてしまう、人間が生み出した悪だという考え方が一般的かもしれません。しかし、実は進化学的に起源のある、社会性哺乳類から連続性のある生物学的性質かもしれないということを冷静に考える必要がありそうです。そのうえで、人間は不幸(不健康や短命)を減らすためにどうすればいいのかを考えなければいけないのだという気がします。