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映画「すばらしき世界」:もう一度広い空を味わうと決めた男と新しい「家族」の姿

2021年02月21日 17時10分17秒 | 映画(新作レヴュー)
過ちを犯した人間の出所後を描いた作品と言えば、日本では「幸福の黄色いハンカチ」が有名だが、原作はニューヨーク・ポストに掲載されたピート・ハミルのエッセイ「Going Home」だった。常にオリジナルの脚本で勝負してきた西川美和が、同様に原作を佐木隆三のノンフィクション「身分帳」に求めた新作「すばらしき世界」は、山田洋次が作り上げたハートウォーミングな物語とは異なる、痛みと救済に満ちた傑作をものした。善と悪の境界にたゆたう人間を題材にいくつもの秀作を残してきた彼女にとっても、間違いなくこれまでで最高の成果だろう。

母に捨てられて入った児童福祉施設から、必然のように暴力団の組員となり、やがて家庭を持った後にも暴力衝動を抑え切れず、残虐な殺人を犯して服役した三上(役所広司)が、13年ぶりに出所してくる。そんな彼を最初に受け入れてくれたのは身元引受人になった弁護士夫婦(橋爪功と梶芽衣子)だけだった。心臓に病を抱え、服役中に運転免許証も失効してしまった三上は、産みの母を探し出すという名目で近づいてきたテレビ番組制作チーム(仲野太賀と長澤まさみ)の取材対象となることを決意する。しかしそんな三上の前に、元殺人犯という簡単には拭うことのできない過去に対する世間の目と理不尽な暴力が立ちはだかる。

ヤクザという、一見、一般の人には縁遠い世界の人間に見える人々を、一歩間違えば誰もが陥る可能性のある、運命に足を掬われた人として描き出す西川の演出は、役所広司による生々しい造形力と撮影監督の笠松順通が作り出す揺るぎないフレーミングによって、圧巻の冴えを見せる。
特に出自にも影響されたであろう三上の暴力性を容赦なく描き出す一方で、そんな彼に手を差し伸べる新しい「家族」の存在に関する丁寧な描写が目を引く。中でも区役所の生活保護担当者(北村有起哉)と、近所のスーパーマーケットの店長(六角精児)の二人の姿は、其々が三上に対して持っていた「元殺人犯」というバイアスのかかった見方と、それに基づいて最初に取った態度、そして三上の人となりを知った後の行動がそのまま、三上が過去を断ち切って新しい人生に足を踏み出そうとする姿と見事に呼応して、物語が重層化されていく。

役所はもちろん、共演者も皆、西川の熱量に煽られるかのように最上の演技を見せるが、三上が福岡時代に世話になった暴力団組長の姐御として、たった二つのシーンにだけ登場するキムラ緑子は、ラストの長回しのショットに通じる「(堅気になれば)空が広くなる」という台詞で物語を締める。
力強さと柔らかな優しさが自然に同居した、見事な人間賛歌だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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