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映画「ケイコ 目を澄ませて」:燃え尽きても灰にならない「あしたのジョー」

2023年01月15日 21時49分18秒 | 映画(新作レヴュー)
ケイコ(岸井ゆきの)がトレーナーとパンチのコンビネーションを練習するシーンに圧倒される。トレーナーが順々に繰り出すパンチの種類と身体の動き=スウェーを無言で教えながら,徐々に二人のやり取りのスピードが上がっていく。それはやがてパンチの練習という枠を越えて,コミュニケーションに昇華していくダンスの様相を呈していく。フィルムで撮影された画面が持つ独特の「粒」感が,ケイコが発する汗を受けて温度と艶を増していくような錯覚に陥った時に,デジタル上映や配信を液晶で観る時には得られない愉悦が訪れる。フィルムとスクリーンの相性の良さというものを改めて実感できる「ケイコ 目を澄ませて」こそ,「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエヴァー」よりも遥かに「劇場向け」の作品だ。

生まれつき聴覚障害を持つケイコは,客室清掃スタッフとしてホテルで働きながら,日本最古の「現役ボクシングジム」でプロボクサーとして練習に励む。殴り合いの残酷さ故に,まともに試合を観ることが出来ない母からは「いつまで続けるのか?」と問われ,修練を積むことの意味を見失い始めたケイコに,ジムの会長の病気とジム自体の閉鎖という難題が降りかかる。そんな中で試合を行ったケイコだったが,相手の反則もあってノックアウト負けを喫してしまう。ケイコは再び立ち上がれるのか。

ロードワークで早朝や夕方の河川敷を走り続けるケイコの背景に,橋を渡る電車や道路の立体交差が何度も映し出される。ひとりの人間のハンデキャップや汗や悩みなどとは関係なく世の中は動き続けている,というメタファーのように見えて,ロングショットで捉えた画面はまるで,大きな構造物の下に小さく映る,走るケイコのシルエットこそ画面を成り立たせるために必要不可欠な要素なのだ,と訴えかけるように見えてくる。
トレーナーや会長の励ましを受けることによって,却って悩みを膨らませていくように見えるケイコが,職場の新人にベッドメイキングを教える時に浮かべる表情の変化をデリケートに表現した岸井ゆきのの演技は,特筆すべき素晴らしさだ。脇を固める三浦友和や三浦誠己,仙道敦子らの抑制の効いたパフォーマンスも,まるでスウェーの巧みなボクサーを観ているような快感を味あわせてくれる。

ストイックにボクシングを,「生」を追求して走り続けたケイコは,ラストで思いもよらぬ贈り物を得て再び走り出す。21世紀の女性版「あしたのジョー」は決して灰にならない。新年最高のお年玉だった。
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(★★★★★が最高)

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