子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「非常宣言」:正攻法で「大空港」に挑んで豪快に押し切る

2023年01月22日 19時54分07秒 | 映画(新作レヴュー)
1970年代にハリウッドに起こったブームのひとつに「パニック映画」というジャンルがあった。「タワーリング・インフェルノ」や「ポセイドン・アドベンチャー」などは大仕掛けのセット撮影に加え,大スターの共演も話題を呼んで興行的にも好成績を上げた。そんな勢いを駆って作られた中には,ロサンゼルス地震を扱ったその名もずばり「大地震」という,身も蓋もない題名の作品もあった。「センサラウンド方式」と名付けられた極低周波を用いる音響装置を導入して,観客をダイレクトに震わせる,という触れ込みだった。現在の「4DX」に先駆けること40年以上となるチャレンジだったが,追随する作品が現れなかったところを見ると,どうやらビジネスとしては成功しなかったようだけれども。
そんな作品群の中でも,観客(乗客)の恐怖を煽るという点で航空機モノの右に出るものはないだろう。そのアドヴァンテージを活かした「大空港」シリーズは当時4作品が制作され,唯一人全作品に出演したジョージ・ケネディにとって「暴力脱獄」と並ぶ「名刺代わり」の代表作となったのだが,彼がもし本作「非常宣言」を観たならば,ソン・ガンホ扮する刑事の役をやりたがったかもしれない。ハン・ジェリム監督入魂の一作は,韓国映画界の底力をまざまざと見せつける極上の娯楽作だ。

物語は実にシンプル。致死性の伝染性ウイルスを機内に持ち込んだ男が,ウイルスを拡散させることに成功する。感染者が少しずつ増えていく中,パイロットも倒れたことにより機体はコントロールを失って墜落の危機に瀕するが,かつてパイロットだった乗客(イビョンホン)が間一髪で窮地を救う。しかし乗客・乗員全員が感染してしまった飛行機は受け容れる空港を見つけられないまま迷走を続け,次第に燃料が尽きていく。しかし,妻が乗客となっていた刑事がウイルスの製造元を突き止め,自らの身体を使ってワクチンの有効性を確かめようとする。果たして彼らの奮闘により飛行機を無事に着陸させることは出来るのか。

大スターを擁し,飛行機の墜落の危険性がサスペンスの肝となっているところは「大空港」のフォーマットを踏襲しているが,地上と機内のやり取りは複数の登場人物のエピソードを絡める「グランドホテル形式」を取らずに,ただ安全に飛行機を着陸させるという一点に絞ることで緊張感を持続させる戦略を選択したことが功を奏している。それを可能にした撮影技術,特に急降下時の描写は見事だ。ロマン・ガブラスの「アテナ」の撮影にも度肝を抜かれたが本作のテクニックもそれに負けず劣らず素晴らしい。
全体的にリアルを追求したトーンの中で,主役の二人の「スター演技」が浮かなかったのは,犯人役のイム・シワンや大臣役のチョン・ドヨンら脇を固める役者の芯を食った演技によるところも大きい。

ハリウッド娯楽作に伍して,相手の土俵に乗り込んで正面から押し切ってしまった相撲を観るような爽快感が得られるとは思わなかった。サッカーの停滞に反比例するかのように韓国の映画文化は着実にウイングを広げている。
★★★★
(★★★★★が最高)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。