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映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」:「社会派作品」が面白くて何が悪い,という至芸

2018年04月08日 11時12分51秒 | 映画(新作レヴュー)
ウォーターゲート事件が起こる直前,過去4代に亘って政権がひた隠しにしてきた,ヴェトナム戦争の実態を調査した報告書がニューヨーク・タイムズに掲載されるという事件が起きる。直ちにニクソン政権は差し止め訴訟を起こし,出版停止命令が出されるが,今度はワシントン・ポストがその文書の掲載をするかどうかという,社運のかかった重大な判断を迫られることになる。そんな事件の顛末を描いたスピルバーグの新作「ペンタゴン・ペーパーズ」を観終わって,扱う題材は大分スケールダウンするものの,果たして40年後の日本で,国有地払い下げに関する近畿財務局・財務省本省と官邸とのやり取りを扱った映画が出来るだろうか,と考えてしまった。山本薩夫なき日本の映画界でそれは無理かと思いつつ,そんなヤバイ題材を滅法面白い娯楽作に仕立ててしまうスピルバーグの偉大さに,改めてひれ伏す思いだ。

経済界からは「たまたま夫の急逝によってポストに就いただけのお飾り女社主」と揶揄されているキャサリン役を,メリル・ストリープは本来のアクの強さを抑えめにして,力八分目で演じる。これが素晴らしい。記事の掲載に関する決断を迫られ,悩み抜いた末に「Let's go」と口にするシーンも心躍るが,判決後に勝利のメッセージは口にせず,裁判所の玄関から車まで歩く彼女を,大勢の女性たちが無言で見守るシーンは思い出すだけでも胸が熱くなる。
それを受ける,というか,役柄で言えば「ツッコミ」を担当するトム・ハンクスとのコラボレーションも,ノーガードの打ち合いではなく,まるで呼吸を知り尽くした相手とのトリッキーなパス交換を観るようだ。そのやり取りは決して「オスカー受賞者同士の重厚な演技合戦」などではなく,どんなに状況が深刻になっていっても,最後まで軽やかなリズムを刻むことを忘れない。二人の名優足る所以だろう。

その二人を中心とした物語を語るスピルバーグの手腕は,練達の域に達している。連続するカットの切り返しで緊張感を高めたかと思えば,狭い空間に複数の人物がうごめく中を,移動しながら会話を拾っていくヤヌス・カミンスキーのカメラの華麗な動きは,長年の共同作業に対する監督からの信頼に完璧に応えるものだ。
情報提供者との仲介役を務めた記者バグディキアン(最初はデヴィッド・ストラザーンかと思ったが別人ボブ・オデンカークだった)が,新聞が刷られ始めたことを知るシーンで,輪転機が廻る振動によってペン立てが揺れるのを観て,「ティラノサウルスが来たぞ!」と興奮したのは私だけではなかったはずだ。お見事。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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