1951年12月。5歳の冬。
あと10日で今年も終わりだ。おっ母は暮れの29日の餅つきのために、臼や杵、もち米の準備を始めた。
「タカシ、きょう新京町商店街に行くからついてきてくれ」といった。そういえば、昨日おっ母は金を引き出しに農協に行っていたみたいだった。この秋、政府に供出した(売った)米の代金は全部農協に預けているのだ。
昼前に家を出た。いつも継ぎ当てしたもんぺ姿のおっ母だが、やはり町に出るときはもんぺも新しいものに替え、下駄も磨り減ったやつではなかった。おっ母は早足だ、俺も負けずに歩いた。一時間ほどで商店街に着いた。やはり、今日は正月前ということで人が多い。
すぐ市場に行くのかと思ったら、「お前も来年は学校やから、服を一着買うか」といって、服屋に入った。おっ母は手にとって見ていた中から、こげ茶色の毛糸のセーターを俺の背中に合わせて、「大きさは丁度や。これ着てみろ」といって、着ていた服を脱がせ、セーターを頭から被らせた。首のところが徳利になっていて、両手を通したらふわふわしていて、温かく気持ちが良かった。
おっ母は俺に聞くこともなく、「これにしとき」といった。俺が紙袋に入った服を持って店の前で待っている間、店の人に、「ちょっとまけとって」と値切ってから金を払った。その後、市場に寄って棒タラなど日持ちのする正月用品を買った。
もうだいぶ昼を過ぎていた。おっ母はいつものように、「なんか食べて帰ろうか」といった。俺はこの時を待っていた。
“丼・うどん”と書いてある店に入ると、「タカシは何がいい?」とおっ母が聞いた。本当は“肉丼”が食いたかったが、値段を見たら高かったので、俺は「親子丼」といった。おっ母は“きつねうどん”を注文した。
うどんが来た。「先に食べるで」と、おっ母が食べかけたところに丼が来た。大きな丼鉢だ。鶏肉の上にふわふわした半熟卵が白いご飯が見えないくらい被さっている。俺は腹が減っていたのでガツガツと一気に食った。
あまり早かったので、うどんを食っていたおっ母より先に食い終わってしまった。それを見たおっ母が、「これも食え!」とうどん鉢を差し出した。鉢の中にはうどんが少しと油揚げが半分残っていた。俺は「ええで、これはおっ母の…」と戻そうとしたら、おっ母は「わしはもう腹いっぱいや」といった。俺は汁も残さず全部食った。
店を出ると、おっ母が「腹一杯になったか?」といった。俺は「満腹満腹」と前へ突き出した腹をポンポンとたたいた。
セーターの入った袋を持っていたが、重そうな風呂敷包みを一つおっ母から取ってやった。おっ母は俺のほうを見て「おおきに」といった。
あと10日で今年も終わりだ。おっ母は暮れの29日の餅つきのために、臼や杵、もち米の準備を始めた。
「タカシ、きょう新京町商店街に行くからついてきてくれ」といった。そういえば、昨日おっ母は金を引き出しに農協に行っていたみたいだった。この秋、政府に供出した(売った)米の代金は全部農協に預けているのだ。
昼前に家を出た。いつも継ぎ当てしたもんぺ姿のおっ母だが、やはり町に出るときはもんぺも新しいものに替え、下駄も磨り減ったやつではなかった。おっ母は早足だ、俺も負けずに歩いた。一時間ほどで商店街に着いた。やはり、今日は正月前ということで人が多い。
すぐ市場に行くのかと思ったら、「お前も来年は学校やから、服を一着買うか」といって、服屋に入った。おっ母は手にとって見ていた中から、こげ茶色の毛糸のセーターを俺の背中に合わせて、「大きさは丁度や。これ着てみろ」といって、着ていた服を脱がせ、セーターを頭から被らせた。首のところが徳利になっていて、両手を通したらふわふわしていて、温かく気持ちが良かった。
おっ母は俺に聞くこともなく、「これにしとき」といった。俺が紙袋に入った服を持って店の前で待っている間、店の人に、「ちょっとまけとって」と値切ってから金を払った。その後、市場に寄って棒タラなど日持ちのする正月用品を買った。
もうだいぶ昼を過ぎていた。おっ母はいつものように、「なんか食べて帰ろうか」といった。俺はこの時を待っていた。
“丼・うどん”と書いてある店に入ると、「タカシは何がいい?」とおっ母が聞いた。本当は“肉丼”が食いたかったが、値段を見たら高かったので、俺は「親子丼」といった。おっ母は“きつねうどん”を注文した。
うどんが来た。「先に食べるで」と、おっ母が食べかけたところに丼が来た。大きな丼鉢だ。鶏肉の上にふわふわした半熟卵が白いご飯が見えないくらい被さっている。俺は腹が減っていたのでガツガツと一気に食った。
あまり早かったので、うどんを食っていたおっ母より先に食い終わってしまった。それを見たおっ母が、「これも食え!」とうどん鉢を差し出した。鉢の中にはうどんが少しと油揚げが半分残っていた。俺は「ええで、これはおっ母の…」と戻そうとしたら、おっ母は「わしはもう腹いっぱいや」といった。俺は汁も残さず全部食った。
店を出ると、おっ母が「腹一杯になったか?」といった。俺は「満腹満腹」と前へ突き出した腹をポンポンとたたいた。
セーターの入った袋を持っていたが、重そうな風呂敷包みを一つおっ母から取ってやった。おっ母は俺のほうを見て「おおきに」といった。