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御仏を供養するのに、様々な方式がある。まあ様々宗教があるので、ここは仏教に絞って考察してみたい。上の写真は板碑と呼ばれるもので、現在の塔婆にあたるものである。(埼玉県加須市藤崎浄苑)
法事では、墓に塔婆(細長い木の板でできている)をさす。
それが、今から800年前ぐらいの鎌倉時代だと、板碑と呼ばれる石でできた塔婆が一般的になる。関東地方では埼玉県秩父市で採れる緑泥片岩(りょくでいへんがん)を扁平に加工したものが一般的だという。
千葉県流山市 安蒜家板石塔婆
上の2枚の写真の板碑を見ると、梵字(仏や経文を表す)や造立年月日が刻まれている。現在の塔婆も同様なつくりになっている。
埼玉県加須市神宮寺の板碑
千葉県柏市某所の板碑
この写真は偶然撮ることができたものである。古墳を探していて、ふっと道の切れた所の木の陰にあったものである。30cmくらいでお土産にされてもおかしくないくらいのサイズである。一番上の写真が1253年(建長5年)造立の青石塔婆で160cmある。
どのような流れで現代の塔婆になってきたのだろうか。この塔婆は卒塔婆(そとば・そつとうば・そとうば)などと呼ばれるが、大乗仏教はインドで誕生し、インドネシアには世界最大の仏教遺跡ボロブドゥールがある。そのボロブドゥールは仏塔か、曼荼羅かと言われているのだが、現代のインドネシアはイスラム教徒の数が圧倒的に多い。
話を元に戻そう。ボロブドゥールは鎌倉時代からさらに400年前、インドネシアのジョクジャカルタ(中部ジャワ)にシャイレンドラ朝のサマラトゥンガ王が建立したとされている。
ボロブドゥール寺院のストゥーバ
インドネシア・ジャワ島
そのボロブドゥールは4重の回廊と3層の円壇で構成されている。円壇部分はストゥーバと呼ばれる釣鐘状のものがあり、その中には仏像が安置されている。卒塔婆はこのストゥーバからきているのではないだろうか。
だとすれば、ずいぶんと形状が変わってしまったものである。しかし、変わった部分があるにしても、その意味は普遍的なものなのだろう。