私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市に片隅に住む老ボーイの70歳の身であり、
今朝、さわやかな17度前後の秋晴れの朝を迎えて、ときおり涼しい微風が心地良かった。
そして何かと鈍(にぶ)い私でも、古人から伝えられている名言、
寒さ暑さは彼岸まで、と思い馳せ、暑さに何かと苦手な私は微笑んだりした。
そして『秋分の日』は、私たち夫婦は結婚以来39年ばかり毎年この日は、私の実家の長兄宅に行き、
長兄夫婦、そして叔父叔母と談笑後、長兄宅を辞してお墓参りに行くが恒例となっている。
今朝いつものように朝の9時過ぎに、私たち夫婦は私の実家の長兄宅に行くと、
長兄夫婦、長兄の長男夫婦そして叔父、叔母さんと談笑を重ねたが、
中には叔父、叔母さんが亡くなったので、後継者のご子息の私から見れば従弟(いとこ)たちが来宅され、
私は盛大に談笑を重ねたりした・・。
そして私たち高齢者で70、80歳代であり、
長兄の長男夫婦、従弟(いとこ)たちは40、50歳代であり、
やがては代変わりになるが、私たち高齢者は体力の衰えは隠せないけれど、
お互いに心は溌剌で、私は安堵しながら微笑んだりした。
やがて、私たち夫婦も長兄宅を辞した後、秋晴れの中、
私たち夫婦は小田急線の『狛江駅』から徒歩数分にあるお寺に向かった。
そして途中の花屋さんで、私の母が好きだった花を買い求めたりした。
家内はここ3日、山ガールに負けないような時間帯で、洗濯、掃除、料理で奮闘してきたので、
疲れが残っていたので、異例であるが路線バスに乗車して『狛江駅』前で下車した。

数分歩いて寺院に到着するが、お墓参りをされる方が多く、境内は賑(にぎ)わっていた。
私はお墓参りは、生者の死者に対する慰めと思ったりしているが、
生を受け、まぎれなく両親、祖父、叔父、叔母、そして祖先のお陰で、私がこうして生きているので、
感謝の意味から墓前にお線香、花をささげて手を合わしている・・。
このように、『春分の日』、『お盆の日』、この日の『秋分の日』、そして『母の命日』、
年にわずか4回ばかりであるが、私たち夫婦はお墓参りをし、
私の母が亡くなって17年目となるが、これ以来毎年の習わしとなっている。
寺院の境内は広く大きな樹木が数多くあり、秋のお彼岸の中日にふさわしく、ご家族連れが多く賑(にぎ)わい中、
ときおり夏の香りを残すように蝉(セミ)が鳴いていた・・。
やがて私たち夫婦は隣接しているお墓に向った。
お墓を少し清めた後、墓石を水で清め、途中で買い求めた花を4束のお花が奉(ささげ)、お米を備えた。
そして、お線香を奉げた。
お線香の紫煙が晴れ渡った空の中を立ち昇る中、
祖先はもとより、亡くなった祖父、父、母、次兄などから、改めて私は見守られて日々を過ごしている、
と私は感謝をしながら、手を合わしたりした。
こうした思いを重ねた後、母のおもかげがよぎっていった。

生前の母と家内は、ある程度の遠慮がお互いにあった上、
何かと心身の波長が合い、私は家内、母に秘かに、今でも感謝している。
私の場合は、農家の三男坊として生を受けたが、やがて父が私の小学校の2年の時に病死され、、
その一年半も過ぎない時に祖父も死去されたので、何かと母の存在が多かった。
そして私は実家から分家のような形で、実家の近くに住んで早や38年が過ぎている。
やがて私が54歳の時に母は亡くなわれたが
ときたま今でも生前の母のちょっとしたしぐさ、言葉づかいが想いだされる・・。
そして秋日和の中、お線香の煙が芳香を残して、
空中の中をゆったりと、立ち昇りながら消えていった・・。

やがて一昨日に初めて学んだ悟りを開くために必要な6つの徳目「六波羅蜜」を思い重ねたりした。
(1)布施(ふせ)=物財や安心を分け与える
(2)持戒(じかい)=規律を守る
(3)忍辱(にんにく)=辛抱強く取り組む
(4)精進(しょうじん)=物事に励む
(5)禅定(せんじょう)=心を穏やかにする
(6)智慧(ちえ)=知識を深める
しかしながら齢ばかり重ねた私は、遥かに遠い空のように感じ、
いつになったら・・と思いながら苦笑したりした。

この後、私たちは駅前で家内は化粧品、胃腸薬などでドラッグストアーに行き、
私は本屋に寄り、近くのスーパーの食品フロアーで、待ち合わせをすることした。
やがて私は、家内と合流し、家内の負担を配慮して、
秋味の整えた具材のあるお弁当などを昼食代わりに買い求めて、
駅前より私たち夫婦は路線バスに乗車して、我が家に帰宅したのは、12時過ぎであった。
私はまもなく71歳、家内は12月下旬に66歳となるが、
10年先でも、こうした『秋分の日』を過ごせれば良いよねぇ、
と私は家内に言ったりした。
☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、無上の喜びです♪
にほんブログ村

今朝、さわやかな17度前後の秋晴れの朝を迎えて、ときおり涼しい微風が心地良かった。
そして何かと鈍(にぶ)い私でも、古人から伝えられている名言、
寒さ暑さは彼岸まで、と思い馳せ、暑さに何かと苦手な私は微笑んだりした。
そして『秋分の日』は、私たち夫婦は結婚以来39年ばかり毎年この日は、私の実家の長兄宅に行き、
長兄夫婦、そして叔父叔母と談笑後、長兄宅を辞してお墓参りに行くが恒例となっている。
今朝いつものように朝の9時過ぎに、私たち夫婦は私の実家の長兄宅に行くと、
長兄夫婦、長兄の長男夫婦そして叔父、叔母さんと談笑を重ねたが、
中には叔父、叔母さんが亡くなったので、後継者のご子息の私から見れば従弟(いとこ)たちが来宅され、
私は盛大に談笑を重ねたりした・・。
そして私たち高齢者で70、80歳代であり、
長兄の長男夫婦、従弟(いとこ)たちは40、50歳代であり、
やがては代変わりになるが、私たち高齢者は体力の衰えは隠せないけれど、
お互いに心は溌剌で、私は安堵しながら微笑んだりした。

やがて、私たち夫婦も長兄宅を辞した後、秋晴れの中、
私たち夫婦は小田急線の『狛江駅』から徒歩数分にあるお寺に向かった。
そして途中の花屋さんで、私の母が好きだった花を買い求めたりした。
家内はここ3日、山ガールに負けないような時間帯で、洗濯、掃除、料理で奮闘してきたので、
疲れが残っていたので、異例であるが路線バスに乗車して『狛江駅』前で下車した。

数分歩いて寺院に到着するが、お墓参りをされる方が多く、境内は賑(にぎ)わっていた。
私はお墓参りは、生者の死者に対する慰めと思ったりしているが、
生を受け、まぎれなく両親、祖父、叔父、叔母、そして祖先のお陰で、私がこうして生きているので、
感謝の意味から墓前にお線香、花をささげて手を合わしている・・。
このように、『春分の日』、『お盆の日』、この日の『秋分の日』、そして『母の命日』、
年にわずか4回ばかりであるが、私たち夫婦はお墓参りをし、
私の母が亡くなって17年目となるが、これ以来毎年の習わしとなっている。
寺院の境内は広く大きな樹木が数多くあり、秋のお彼岸の中日にふさわしく、ご家族連れが多く賑(にぎ)わい中、
ときおり夏の香りを残すように蝉(セミ)が鳴いていた・・。
やがて私たち夫婦は隣接しているお墓に向った。
お墓を少し清めた後、墓石を水で清め、途中で買い求めた花を4束のお花が奉(ささげ)、お米を備えた。
そして、お線香を奉げた。
お線香の紫煙が晴れ渡った空の中を立ち昇る中、
祖先はもとより、亡くなった祖父、父、母、次兄などから、改めて私は見守られて日々を過ごしている、
と私は感謝をしながら、手を合わしたりした。
こうした思いを重ねた後、母のおもかげがよぎっていった。

生前の母と家内は、ある程度の遠慮がお互いにあった上、
何かと心身の波長が合い、私は家内、母に秘かに、今でも感謝している。
私の場合は、農家の三男坊として生を受けたが、やがて父が私の小学校の2年の時に病死され、、
その一年半も過ぎない時に祖父も死去されたので、何かと母の存在が多かった。
そして私は実家から分家のような形で、実家の近くに住んで早や38年が過ぎている。
やがて私が54歳の時に母は亡くなわれたが
ときたま今でも生前の母のちょっとしたしぐさ、言葉づかいが想いだされる・・。
そして秋日和の中、お線香の煙が芳香を残して、
空中の中をゆったりと、立ち昇りながら消えていった・・。

やがて一昨日に初めて学んだ悟りを開くために必要な6つの徳目「六波羅蜜」を思い重ねたりした。
(1)布施(ふせ)=物財や安心を分け与える
(2)持戒(じかい)=規律を守る
(3)忍辱(にんにく)=辛抱強く取り組む
(4)精進(しょうじん)=物事に励む
(5)禅定(せんじょう)=心を穏やかにする
(6)智慧(ちえ)=知識を深める
しかしながら齢ばかり重ねた私は、遥かに遠い空のように感じ、
いつになったら・・と思いながら苦笑したりした。

この後、私たちは駅前で家内は化粧品、胃腸薬などでドラッグストアーに行き、
私は本屋に寄り、近くのスーパーの食品フロアーで、待ち合わせをすることした。
やがて私は、家内と合流し、家内の負担を配慮して、
秋味の整えた具材のあるお弁当などを昼食代わりに買い求めて、
駅前より私たち夫婦は路線バスに乗車して、我が家に帰宅したのは、12時過ぎであった。
私はまもなく71歳、家内は12月下旬に66歳となるが、
10年先でも、こうした『秋分の日』を過ごせれば良いよねぇ、
と私は家内に言ったりした。
☆下記のマーク(バナー)、ポチッと押して下されば、無上の喜びです♪

