私は民間会社の苦楽の多い中小業の会社に35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋に定年退職し、
多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている身である。
そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住んでいる。
私は71歳の身となり、家内は66歳となり、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
世の中で夫65歳以上,妻が60歳以上の夫婦のみの世帯と称される高齢者無職夫婦世帯であり、
我が家も所属と成ったりしているが、ここ数年は団塊世代の人たちでも、
殆どの方たちがセカンドライフを始められて増大しているが実態となっている。

昨日、家内は独り住まいの家内の母宅に介護に行き、夜6時過ぎに疲れた表情で帰宅した。
今朝、私たち夫婦は、居間でのんびりと朝食を頂いていた時、
『あなたに渡すのを忘れていたわ』
と家内は私に言いながら、小さな紙袋を私に手渡した。
やがて私は紙袋を開けると、何かしらチョコレートの親戚ような物が三つ入っていた。
『いちおう日曜日になれば、バレンタイン・ディーでしょう・・昨日、帰宅の途中でスーパーで買ったのょ』
と家内は私に微笑みながら、言ったりした。
『疲れた時、わざわざありがとう・・でも高かったでしょう?・・』
と板チョコしか値段を知らない私は言ったりした。
『全部で千円を超えていませんから・・』
と家内は笑いながら言ったりした。
『そぉ・・それだったら・・気楽に食べられるょ』
と私は安堵しながら言ったりした。
やがて私は、たわむれにデジカメで撮ったりした。


私はチョコレートに関して、家内から長年に頂いているが、
私は少しだけ食べて、殆ど家内が頂いているが、結婚以来の実態となっている。
私はバレンタイン・ディーに、女性がそれぞれの思いを男性に託してチョコレートを贈呈する風潮は、
確かに25年前の頃からあったと思われるが、もとより私の若き20歳の頃は記憶になかった。
昨今、デパートのチラシの中には高価な15000円もあったりしていたので、苦笑したりした。
もしも私が25歳ぐらいの若き男性であったならば、
愛しき女性からは1000円ぐらいのバレンタイン・チョコレートを頂ければ充分だし、
何よりも食事をしたり、許される限り語り合いたいなぁ、と思ったりした。
そして私には、チョコレートの板チョクには、深い思いでを秘めている・・。
私が1954年(昭和29)年の小学3年生になったばかりの時、私を可愛がってくれた祖父が死去した。
前年に祖父の長兄だった父が亡くなり、跡継ぎを失くし、
その上に祖父は病気となり、落胆した表情が少年の私さえ感じていた。
そして祖父、父が中心として、程ほどの広さの田畑を耕し、
多忙な時期は小作人だった人たちの助けも借りて農業をしていたが、
大黒柱の2人を失った生家では、長年の農業の技量の伝承が絶たれてしまったので、没落しはじめた・・。
こうした中で、母、父の末妹の叔母、長兄、次兄、私、そして妹のふたりが残された家族となり、
生活は困窮し始めた・・。

このような状況下の時、祖父の妹に当たる祖母のような心優しい人が、
何かと不憫に思い心配されて、とても私たちが日常生活で買い求めることのできない菓子などを持参してくれた。
その上、妹の2人には、何かと品を頂き、ときにはお揃いの洒落た下駄などを頂戴した。
この人が帰路する時、私は駅までの15分ぐらいの町道をこの方と共に歩いて、駅で見送った。
この少し前、このお方は私に、
『チョコレートでも買ってねぇ・・』
と私に百円玉ひとつを手渡して下さった。
この後、私は小汚い身なりであったが、駅前の商店街の菓子屋に行き、
まばゆい包装紙に包まれた一枚の板チョコレートを買ったりした。
そして私は駅前から急いで帰宅し、妹のふたりと割って食べたりした。
しかし恥ずかしながら告白するが、正確には私は少し大き目の3分の1であった・・。
あの家も貧乏になった、と少年の私さえ、近所の人たちの風の噂を聴こえたりしていたが、
この時ばかりは妹2人と食べあった板チョコは、この時は何かしら貧乏のことも忘れさせてくれた。
こうした体験を秘めた私は、たった一枚の板チョコレートであるが、
ここ10年前の頃からのベルギー産の高級品、宇治抹茶生チョコなどのチョコレートより、遥かに美味しく感じられるのである。
そして私にとっては、たった一枚の板チョコレートでも人生観を変えることがある、
と思ったりしている。

私が定年前の現役サラリーマン時代は、家内からは程々に高価なハート・マークのような品を頂いたが、
定年退職後の年金生活になると、なぜかしら板チョコが一枚となったりした。
そして6年前に高齢者入門の65歳となり、このお祝いのせいか、
ミルクチョコレート、ブラックチョコレート、ホワイトチョコレートの板チョコ3枚に昇格し、
これ以来、板チョコ3枚が毎年の恒例となっている。
日常の買物メール老ボーイの私は、最寄りのスーバーで買い物をしている時、
板チョコを見かけたりし、三か月に一回ぐらいブラックチョコレートを買い求めて、食べたりしているが、
特売として一枚80円前後の限りなく愛惜ある板チョコとなったりしている。
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多々の理由で年金生活を始め、早や12年生となっている身である。
そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住んでいる。
私は71歳の身となり、家内は66歳となり、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
世の中で夫65歳以上,妻が60歳以上の夫婦のみの世帯と称される高齢者無職夫婦世帯であり、
我が家も所属と成ったりしているが、ここ数年は団塊世代の人たちでも、
殆どの方たちがセカンドライフを始められて増大しているが実態となっている。

昨日、家内は独り住まいの家内の母宅に介護に行き、夜6時過ぎに疲れた表情で帰宅した。
今朝、私たち夫婦は、居間でのんびりと朝食を頂いていた時、
『あなたに渡すのを忘れていたわ』
と家内は私に言いながら、小さな紙袋を私に手渡した。
やがて私は紙袋を開けると、何かしらチョコレートの親戚ような物が三つ入っていた。
『いちおう日曜日になれば、バレンタイン・ディーでしょう・・昨日、帰宅の途中でスーパーで買ったのょ』
と家内は私に微笑みながら、言ったりした。
『疲れた時、わざわざありがとう・・でも高かったでしょう?・・』
と板チョコしか値段を知らない私は言ったりした。
『全部で千円を超えていませんから・・』
と家内は笑いながら言ったりした。
『そぉ・・それだったら・・気楽に食べられるょ』
と私は安堵しながら言ったりした。
やがて私は、たわむれにデジカメで撮ったりした。



私はチョコレートに関して、家内から長年に頂いているが、
私は少しだけ食べて、殆ど家内が頂いているが、結婚以来の実態となっている。
私はバレンタイン・ディーに、女性がそれぞれの思いを男性に託してチョコレートを贈呈する風潮は、
確かに25年前の頃からあったと思われるが、もとより私の若き20歳の頃は記憶になかった。
昨今、デパートのチラシの中には高価な15000円もあったりしていたので、苦笑したりした。
もしも私が25歳ぐらいの若き男性であったならば、
愛しき女性からは1000円ぐらいのバレンタイン・チョコレートを頂ければ充分だし、
何よりも食事をしたり、許される限り語り合いたいなぁ、と思ったりした。
そして私には、チョコレートの板チョクには、深い思いでを秘めている・・。

私が1954年(昭和29)年の小学3年生になったばかりの時、私を可愛がってくれた祖父が死去した。
前年に祖父の長兄だった父が亡くなり、跡継ぎを失くし、
その上に祖父は病気となり、落胆した表情が少年の私さえ感じていた。
そして祖父、父が中心として、程ほどの広さの田畑を耕し、
多忙な時期は小作人だった人たちの助けも借りて農業をしていたが、
大黒柱の2人を失った生家では、長年の農業の技量の伝承が絶たれてしまったので、没落しはじめた・・。
こうした中で、母、父の末妹の叔母、長兄、次兄、私、そして妹のふたりが残された家族となり、
生活は困窮し始めた・・。

このような状況下の時、祖父の妹に当たる祖母のような心優しい人が、
何かと不憫に思い心配されて、とても私たちが日常生活で買い求めることのできない菓子などを持参してくれた。
その上、妹の2人には、何かと品を頂き、ときにはお揃いの洒落た下駄などを頂戴した。
この人が帰路する時、私は駅までの15分ぐらいの町道をこの方と共に歩いて、駅で見送った。
この少し前、このお方は私に、
『チョコレートでも買ってねぇ・・』
と私に百円玉ひとつを手渡して下さった。
この後、私は小汚い身なりであったが、駅前の商店街の菓子屋に行き、
まばゆい包装紙に包まれた一枚の板チョコレートを買ったりした。
そして私は駅前から急いで帰宅し、妹のふたりと割って食べたりした。
しかし恥ずかしながら告白するが、正確には私は少し大き目の3分の1であった・・。
あの家も貧乏になった、と少年の私さえ、近所の人たちの風の噂を聴こえたりしていたが、
この時ばかりは妹2人と食べあった板チョコは、この時は何かしら貧乏のことも忘れさせてくれた。
こうした体験を秘めた私は、たった一枚の板チョコレートであるが、
ここ10年前の頃からのベルギー産の高級品、宇治抹茶生チョコなどのチョコレートより、遥かに美味しく感じられるのである。
そして私にとっては、たった一枚の板チョコレートでも人生観を変えることがある、
と思ったりしている。

私が定年前の現役サラリーマン時代は、家内からは程々に高価なハート・マークのような品を頂いたが、
定年退職後の年金生活になると、なぜかしら板チョコが一枚となったりした。
そして6年前に高齢者入門の65歳となり、このお祝いのせいか、
ミルクチョコレート、ブラックチョコレート、ホワイトチョコレートの板チョコ3枚に昇格し、
これ以来、板チョコ3枚が毎年の恒例となっている。
日常の買物メール老ボーイの私は、最寄りのスーバーで買い物をしている時、
板チョコを見かけたりし、三か月に一回ぐらいブラックチョコレートを買い求めて、食べたりしているが、
特売として一枚80円前後の限りなく愛惜ある板チョコとなったりしている。
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