私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅に住む年金生活の71歳の身であるが、
雑木の多い小庭の中、古ぼけた一軒屋に住んでいる。
昨日の午前中のひととき、いつもように家内から依頼された品を求めに、独りでスーパーで買物した後、
帰宅後、独りで自宅から数キロ以内の住宅街、遊歩道をひたすら歩き廻ったりした。
そして帰宅後、門扉から玄関に向かう石段を上がると、塀際に植えている白梅が咲いていたことに気付いた。
たわわに大きく膨らんだ莟〈つぼみ〉の中で、純白の花を見つけて、
数えたら5輪ばかりあり、恥じらうように咲いていた。
何かしら私は見惚れていると、遅れてごめんなさい、といったような風情で咲き始めて、
私は微苦笑したりした。
微苦笑させられたは、私は何かと遅れた人生航路を歩み、
読書の魅力に気付かされたのも高校に入学してまもない時であったし、民間会社の中途入社できたのも25歳、
そして結婚したのも31歳であり、何かとこの人生の歩みが遅い航路となったりした。
このように主(あるじ)の私にに似た遅咲きの白梅が、愛(いと)おしく感じて、微苦笑をしたであった。
☆掲載した写真すべて、我が家の小庭で、たわむれに撮った☆
ここ数週間、私は散策の時、早春の花にめぐり逢いを求めて、
自宅の周辺3キロ範囲にある遊歩道、小公園、或いは近くに流れている野川の上流3キロぐらい歩いた先の都立・神代植物園を訪ねたりして、
椿(ツバキ)、水仙、福寿草、クリスマスローズ、ボケ、白梅、紅梅などを多彩な色合いを鑑賞してきた・・。
そして偶然に、それぞれの花にめぐり逢えると、長らく見惚れたりし、一期一会ですねぇ、
と思いを深めて、やがてデジカメで記憶のかたみとして撮ったりしてきた。
私は幼年期に農家の児として育った為か、生家の庭の片隅にある梅の純白な花が満開を過ぎると、
ときおり微風が吹くと、かすかに花びらが揺れて、やがて花びらが舞いながら地上の黒土に彩(いろど)る情景が、
圧倒的に魅せられてきた。
やがて私が生家の近くに一軒家を新築して、まもなく親戚から白梅としだれ紅梅をお祝いとして頂いたりした。
そして8年過ぎた40歳を過ぎた頃から、白梅は、
朝方のひとときは、この世に比類のない清麗の美を感じ、
昼下りの陽射しの中では、早春の訪れを実感させられ、
夜の薄闇の中に於いては、白き花が浮かんだりした情景を眺めると妖艶さも感じたりしてきた。
やがて定年退職後、多々の理由で年金生活を始め、初めて早春を迎えた時、
俳句を詠(よ)む素養はない私でも、たわむれに数句を脳裏に浮かべたりした・・。
凛(りん)として ほのかに匂ふ 梅の花
梅の花 人知(ひとし)れず咲き 匂い寄せ
このような秘かに咲く 冬麗(とうれい)のなか 梅匂い
このような拙(つたな)さがある句に、やはり私は散文で綴る方が気楽だねぇ、と微苦笑したりした。
そして白梅は、その人の心情を映す合わせ鏡のような多彩な色合いを見せて下さる花でもあり、
私は四季折々の花木の中で、特に魅了される花のひとつである。
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雑木の多い小庭の中、古ぼけた一軒屋に住んでいる。
昨日の午前中のひととき、いつもように家内から依頼された品を求めに、独りでスーパーで買物した後、
帰宅後、独りで自宅から数キロ以内の住宅街、遊歩道をひたすら歩き廻ったりした。
そして帰宅後、門扉から玄関に向かう石段を上がると、塀際に植えている白梅が咲いていたことに気付いた。
たわわに大きく膨らんだ莟〈つぼみ〉の中で、純白の花を見つけて、
数えたら5輪ばかりあり、恥じらうように咲いていた。
何かしら私は見惚れていると、遅れてごめんなさい、といったような風情で咲き始めて、
私は微苦笑したりした。
微苦笑させられたは、私は何かと遅れた人生航路を歩み、
読書の魅力に気付かされたのも高校に入学してまもない時であったし、民間会社の中途入社できたのも25歳、
そして結婚したのも31歳であり、何かとこの人生の歩みが遅い航路となったりした。
このように主(あるじ)の私にに似た遅咲きの白梅が、愛(いと)おしく感じて、微苦笑をしたであった。
☆掲載した写真すべて、我が家の小庭で、たわむれに撮った☆
ここ数週間、私は散策の時、早春の花にめぐり逢いを求めて、
自宅の周辺3キロ範囲にある遊歩道、小公園、或いは近くに流れている野川の上流3キロぐらい歩いた先の都立・神代植物園を訪ねたりして、
椿(ツバキ)、水仙、福寿草、クリスマスローズ、ボケ、白梅、紅梅などを多彩な色合いを鑑賞してきた・・。
そして偶然に、それぞれの花にめぐり逢えると、長らく見惚れたりし、一期一会ですねぇ、
と思いを深めて、やがてデジカメで記憶のかたみとして撮ったりしてきた。
私は幼年期に農家の児として育った為か、生家の庭の片隅にある梅の純白な花が満開を過ぎると、
ときおり微風が吹くと、かすかに花びらが揺れて、やがて花びらが舞いながら地上の黒土に彩(いろど)る情景が、
圧倒的に魅せられてきた。
やがて私が生家の近くに一軒家を新築して、まもなく親戚から白梅としだれ紅梅をお祝いとして頂いたりした。
そして8年過ぎた40歳を過ぎた頃から、白梅は、
朝方のひとときは、この世に比類のない清麗の美を感じ、
昼下りの陽射しの中では、早春の訪れを実感させられ、
夜の薄闇の中に於いては、白き花が浮かんだりした情景を眺めると妖艶さも感じたりしてきた。
やがて定年退職後、多々の理由で年金生活を始め、初めて早春を迎えた時、
俳句を詠(よ)む素養はない私でも、たわむれに数句を脳裏に浮かべたりした・・。
凛(りん)として ほのかに匂ふ 梅の花
梅の花 人知(ひとし)れず咲き 匂い寄せ
このような秘かに咲く 冬麗(とうれい)のなか 梅匂い
このような拙(つたな)さがある句に、やはり私は散文で綴る方が気楽だねぇ、と微苦笑したりした。
そして白梅は、その人の心情を映す合わせ鏡のような多彩な色合いを見せて下さる花でもあり、
私は四季折々の花木の中で、特に魅了される花のひとつである。
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