私は小学4年生の頃から独りで、たびたび映画館に通ったりしてきた映画少年の体験も加わり、
これが原因で、東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)の直前に、
映画の脚本家になりたくて、大学を中退した。
そしてアルバイトをしながら、養成所に通い映画青年の真似事をし、
シナリオの習作をしたりしていた。
その後、養成所の講師の知人の新劇の長老からアドバイスを頂き、
映画で生活をするは大変だし、まして脚本で飯(めし)を喰(た)べていくは困難だょ、
同じ創作するなら、小説を書きなさい、このような意味合いのアドバイスを頂いたりした。
やがて、アルバイト、契約社員などをしながら、習作をしていた。
確かな根拠はなく自信ばかりで、純文学の新人コンクールに応募したりしたが、
当選作の直前の最終候補作の6作品の直前に敗退し、こうしたことを3回ばかり繰り返し、
もう一歩と明日の見えない生活をしていた。
こうした時、私の実家で、お彼岸の懇親の時、親戚の小父さんから、
『今は若いからよいとしても・・30過ぎから・・家族を養えるの・・』
と素朴に叱咤された。
結果としては、30代に妻子を養う家庭のことを考えた時、
強気の私さえ、たじろぎ敗退して、やむなく安定したサラリーマンの身に転向したのは、
1970年(昭和45年)の春であった。
この間、何とか大手の企業に中途入社する為に、
あえて苦手な理数系のコンピュータの専門学校に一年通い、困苦することも多かったが、卒業した。
やがて1970年(昭和45年)の春、
この当時は大手の音響・映像のメーカーに何とか中途入社でき、
音楽事業本部のある部署に配属されたのは、満25歳であった。
こうした中、まもなく音楽事業本部のあるひとつの大きなレーベルが、
外資の要請でレコード専門会社として独立し、
私はこの新設されたレコード会社に転籍させられたりした。
そして制作に直接かかわらないコンピュータを活用した情報畑を20年近く配属されたり、
経理畑、営業畑などで奮戦した。
こうした中で、1998年(平成10年)に中小業の多い音楽業界全体の売上げピークとなり、
この少し前の年から各社はリストラ烈風となり、早期退職優遇制度の名目で、
先輩、同僚、後輩たちが退職されたり、組織の統廃合により人事異動、出向となったりし、
烈風の社内状況となったりした。
やがて私も、1999年(平成11年)の2月、あえなく出向となり、
各レコード会社が委託している音楽商品のCD、DVDなどを扱う物流会社に勤めたりした。
そして遠方地に5年半ばかり通勤し、何とか2004年(平成16年)の秋に出向先で、
定年を迎えることができたので、敗残者のような七転八起のサラリーマン航路を過ごした。
こうした中で遠い勤務地に勤め、この期間も私なりに奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、定年後はやむなく年金生活を始めたひとりである。
そして年金生活は、サラリーマン航路は、何かと悪戦苦闘が多かった為か、
つたない半生を歩んだ私でも、予測した以上に安楽な生活を享受している。
このような私は、何かとプラス思考で過ごしている・・。
今回、私は菊田あや子さんという御方は無知であるが、
何かとプラス思考の私でも、《・・人生を豊かにする“前向きな終活”12の方法・・》、
これからの晩秋期に少しでも参考になればという思いで、
記事を読んでしまった。
この記事は、【 介護ポストセブン 】に8月12日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。
《・・「終活は人生を謳歌するために必要な明るく前向きなもの!」と語るのは、
テレビやラジオで人気のリポーター菊田あや子さんだ。
一般社団法人終活協議会の理事兼終活ガイドとしても活躍する菊田さんに
「明るい終活指南」として「人生のモチベーションを上げる終活12の方法」を聞いた。

☆人生のモチベーションを上げる12の方法
「終活をすると、自分の人生が見えてきます。
人生を謳歌するためにも、終活をネガティブに考えず、明るく取り組むことをお勧めします」と語る。
菊田さん自身が現在続けている終活=人生のモチベーションを上げる12の方法は、以下の通りだ。
1.身の回りには好きなものだけを置く
身の回りのものは「好きなものだけ」と決めました。
好きな色のもの、好きな置物、好きなインテリア、好きなお花・・・
好きなものに囲まれた生活はとても豊かです。
2.食卓を素敵になるよう工夫をする
食事は、人間にとって大切な行為。
おろそかにすると健康にも良くないし、生活の張りが失われてしまう。
贅沢な食事をしたり、毎日きちんと料理を作るのは難しいので、
好きなお皿やカトラリーを使って食事をする、花を飾る、
ランチョンマットの上にお皿を並べるだけでも、食事は変わります。
疲れている日は、お惣菜を買ったり、コンビニ弁当でもOK。
買ってきたものをお皿に並べれば、気分も変わります。
3.小さな生き物や植物の世話をする
ペットは、生きる張り合いになります。
寄り添ってくれる動物たちの癒し効果は格別。
私は小さなマンション暮らしなので、動物を飼えないかわりに、
グリーンを慈しんでいます。
毎日、植物と会話しながら、朝を迎える豊かさは格別!
4.太りすぎず痩せすぎない。体を快活に!
健康は、終活の大切な要素。
自分の体と向き合って、軽い運動を欠かさないことが大事です。
「マイナス3キロ」、「血圧を下げる」、「1時間は歩けるようになる」など
自分なりの目標を明確に持って、日常生活にエクササイズを組み込むことが大事です。
5.天気のいい日には必ず外出する
年を重ねると、体が重いから、気持ちが乗らないから、と出不精になりがちです。
外出を大層なことと考えずに、近くのコンビニやスーパーに買い物に行く、
散歩に行などを日課にする。
とはいえ、毎日の外出は難しいので、
私は「天気のいい日には、必ず外出する」と決めています。
6.何度も鏡を見る
年を取ると、「鏡が苦手」になりがち。
鏡を覗けば、老けた自分にがっかりする、その気持ちも分からなくもありませんが、
きちんと鏡を見れば、「このままじゃダメ」という気持ちになって
美容院に行こうとかスキンケアグッズを買おうという気持ちになります。
そんな気づきを得られれば、自分をブラッシュアップできます。
また、健康面でも、鏡は大切な要素。
私は日に何度も鏡を見て、鏡から目をそらさない。
自分の顔と仲良くできれば、毎日は楽しくなります。
7.夢中になれることを見つける
これまでやってみたかったけれど、時間に余裕がなくてできなかったことに
チャレンジすることが大事です。
私の場合は「終活」ですが、お孫さんの世話や料理や掃除など家事でもOKです。
8.食べたいお店に行くことを楽しみにする。あるいはスイーツを楽しみにする
食いしん坊の私は、食べることが大好き。
美味しいものを食べていると、それだけでテンションが上がります。
高価なレストランでなくてもいいので、
自分が好きなレストラン、好きなメニューを目標に頑張る、その気持ちが大事です。
外食が苦手なら、いつもより少し高価なスイーツを楽しみに。
お酒が好きなら、このワイン、この日本酒という具合に食の楽しみを見つけるのもいいと思います。
9.ファッションに流行を取り入れ、おしゃれを怠らない
ファッションは、いつでも流行に敏感に。
女性なら、メークにも流行を取り入れましょう。
私はできるだけ明るくキレイな色を着るようにしています。
それだけで気持ちは上がり、姿勢も良くなるから不思議。
メークもお安いもので充分! お勧めはネイル。
キレイに整った自分の爪を見ているだけで気分が上がります。
10.若い友達を持つ
世代の異なる人と話をすると、新しい発見があり、刺激を受けます。
11.ストレスを上手に抜く方法を見つける
疲れやストレスは、その日のうちに解消すること。
私はストレスが溜まったなと思ったら、いつもよりゆっくりとお風呂に入るようにしています。
時には、温泉やスーパー銭湯に。
それぞれにストレス解消法を知っておくことが大事です。
12.独善的にならずに、周りを学びとする
若いときからお世話になっている10歳以上年上の女性は、
とても素敵な方で、ずっと憧れの存在でした。
ところが最近久しぶりにお会いしたら、
とても頑固に独善的になっていて、がっかり。
年を重ねたからこそ、謙虚でいたいと、彼女を反面教師に。
独善的にならずに、ニュートラルな心持ちでいれば、常にいい刺激が受けられます。
この12項目以外にも「劇場や映画館に行く」、「自分なりの自由さを吉とする」、
「恋をする」、「丁寧な暮らしを心掛ける」、「定期的に歯医者さんに通う」などが
菊田さんのモチベーションアップの方法。
人生が豊かになる手段を持つこと、それも終活だ。
前向きに終活をすれば、人生は必ず謳歌できる。

☆菊田あや子
リポーター。一般社団法人終活協議会理事。
1959年生まれ。リポーターとしてなどで活躍する傍ら、講演活動も多く行い、
内容は「食育」、「美容」、「話法」、「おもてなし」など多岐にわたる。
2020年1月、山口県の実家で94歳の母を看取り、終活の必要性・重要性を身をもって痛感。
「遠距離介護」や「終活」は、現在では講演テーマの1つとなっている。
近著に『エンジョイ!終活』(幻冬舎メディアコンサルティング)がある。
取材・文/池野佐知子・・ 》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

多々教示されりした・・。
私は年金生活の中、多くの方と共に習う事、或いは修学にどは、
長年サラリーマンをしている中、何かと共同作業が必要で、もとより束縛されていた為か、
せめて年金生活で大切な時間は、『ひとり遊び』としている。
たとえばブログを投稿したり、魅せられた御方の投稿文を読ませて頂き、
このように過ごされているのか・・と学んだりしている。
或いは散策する時は、魅せられた情景をデジカメで撮ったりして、
ともすれば忘れがちな情景を、記憶のかたみ・・と思いながら、撮ったりしている・・。

私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、
恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。
そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。
或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。
ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

しかしながら昨年の2月より、新型ウィルスの烈風で、
世の中は『三密(密集、密接、密閉)』となり、
私は生まれて初めてマスクをして、買い物、散策をしているが、
知人に逢っても、お互いに2メートル近く離れて、身振り手振りも交えて談笑している。
或いは人影の少ない処を選定して散策しているが、
人影が途絶えた所は、こっそりとマスクを外すこともある。
このように新型ウィルスの烈風に伴い、閉塞感があり、
何かとおしゃべりな私は、困苦しているのが実態となっている。
しかしながら新型ウィルスは、お互いに自粛し、医療体制が万全となれば、
やがていつの日にか終息となるので、
明るい日が待っている、と念願したりしている。