gooブログはじめました!

あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

こころに住む人

2019-02-02 15:18:12 | 日記

荷物を出しに郵便局まで出かけた。コート無しでも歩けそうだ。国道1号線から冨士が見えるところがある。真っ白な帽子を被っていた。一昨日あたり、かなり積もったのだろう。明日は節分、そして明後日は立春だ。調度、中学受験の真っ最中だ。塾の周りにはたくさんの自転車が並んでいる。1日目の結果が出てくる。小6の子供には厳しい体験だ。家庭教師の仕事を離れて2年。なんと平和の日々だろうか。

2年前、家庭教師最後の生徒だった子のおかあさまとランチをした。2年生になり、成績は後ろの方らしい、。男の子だから高2にならないとエンジンはかからないだろう。このぶろぐにも書いたが「ムク」というかわいいプードルを飼っていた家庭だ。二階が住まいで、玄関を入ると2階から泣き声がする。尻尾がちぎれそうに振って顔を出していた。なんとなく歩き方がおかしいと感じてからすぐに死んでしまった。私がショックを受けないようにと教えに行く日の前にメールをくださった。階段の上にムクはいなかった。

家族のショックはとても大きく、お母さまが一番重症だった。そんな彼女から昨日、また犬を飼ったという話があった。でも、甘えん坊でしつけがとても大変だという。ムクはあまり泣かなかったが、今度の犬はよく泣くという。だから、外出ができないと。「でもねぇ、先生、犬を飼ってムクを忘れるとおもったら逆で、毎日ムクを思い出すんですよ。毎日。」と彼女は言う。「そうですね、そうかもしれませんね」と少し複雑な気持ちで聞いた。

生別はすべてでないかもしれないけど、死別で再婚すると亡くなった配偶者を思い出す機会が多いと聞いたことがある。そんな簡単に一緒に暮らした人を忘れるわけがない。それが普通だと思う。私はぶろぐには「もと夫」として書くことがあるが、そう思い出すことはない。日常ではだれも思い出すことはない。親友との話で「あの時ね・・・」はあるが。Y氏のことも自然消滅のようにだいぶ前に忘れた。ただそれに代わるものが心を支えてはいるが。犬と人は違うだろうし、過ごした日々の重さでも違うだろう。だれが大事でだれが大事でないなんていうことはない。心に住んでいる人がいてもそれはそれだと思う。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする