夕方、陶芸から帰宅するとへとへとになっていた。1時から3時までの制作授業だが、昨日のサッカーの練習よりも疲れた。制作は小さなカップなので力はいらない。今日は先週の作品を削り上げる。底の台を削り出し、側面を滑らかにしていく。おそらく疲れるのは、集中力が必要だからだろう。TVドラマのように簡単にはできない。削る道具とカップとの角度、ろくろの(手動)回し方、自分で感覚を覚えるしかない。
実在のスカーレットのモデルの女性の神山清子さんの写真を先性が雑誌で見せてくれた。「ほら、その辺ですれ違ってもわからない人でしょ」と。確かに、普通のおばさまだ。スカーレット色も見せてくださった。しょう薬を施さずそのまま薪を燃料とする窯で焼いた土の色だという。朱色と赤の間のような色だ(緋色)。いっぺんで好きになった。火を入れたら、薪をくべながら焼き上がりを待つ。その情熱のような色だ。
陶芸をやりたいたいと言って実際にやりだす人は100人に1人くらいだと先生は言う。やりだして思う。独特の世界かもしれない。自己の中心に深く深くなにかを削り絞り込んでいく。非常にストリックな世界かもしれない。なにかの研究と似ているかもしれない。自分のみているものへ(仮説を立ているものへ)完璧にNOを消していくような。
あの緋色が出してみたい。志村ふくみさんが言われたように「朱を通らなければ、朱を描けない」その情熱の色を描き出してみたい。さて、あと何年かかるのだろうか。楽しみだ。