のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

あの日にドライブ / 荻原浩

2006年03月03日 00時52分54秒 | 読書歴
■ストーリ
 元エリート銀行員だった牧村伸郎は、上司へのたった一言で
 キャリアを閉ざされ、自ら退社した。今はタクシー運転手。
 公認会計士試験を受けるまでの腰掛のつもりだったが、
 乗車業務に疲れて帰ってくる毎日では参考書にも埃がたまるばかり。
 営業ノルマに追いかけられ、気づけば娘や息子と会話が
 成立しなくなっている。ある日、たまたま客を降ろしたのが
 学生時代に住んでいたアパートの近くだった。
 あの時違う選択をしていたら。

■感想 ☆☆☆*
 妄想も空想も得意分野である。
 眠る前のひと時は必ず、「あちらの世界」に飛び立つほど。

 そんな妄想好きな私でさえ、途中までは主人公の妄想の
 迷走ぶりに少々困惑した。なにせ、半分まで読んだ時点で
 主人公が積極的、自発的に行っている行動が妄想のみ。
 妄想、というよりは「愚痴」に近い。

 「オレの人生、もっと違うものだったのでは。」
 「他の女性と結婚していたら、未来が変わっていたのでは。」
 「こんなところで終わるやつじゃないはずなのに。」

 延々と続く自分の現在の境遇への愚痴と慰めに
 少々うんざりとしてき始めた頃、少しずつ少しずつ
 主人公は変わってくる。
 まず、妄想の内容が
 「こんなはずじゃなかった。」
 「オレは不運だ。オレのどこが間違いだったんだろう。」
 という繰言めいたものから、少しずつ
 「あのときは、こんな夢を持っていた。」
 「あのときは、こんなことを真剣に議論していた。」
 という自分の昔の理想の振り返りに変わる。

 現在の自分への自己嫌悪と、過去の自分への自信回復。
 似ているようだが、少し違う。前者はあくまでも「逃避」。
 後者は、「自分自身の振り返り」。主人公は時間をかけて
 自らの内面をみつめなおす。
 次第に現在の自分の境遇に対する認識も変化を見せ始める。

 「人生は運しだい。」「すべて偶然に左右される」

 という悟りを開いていた主人公が次第に、
 自分なりの努力をし始める。努力の結果が形となって現れると
 更に前向きに考えることができるようになる。

 劇的に大きな変化が訪れるわけではない。
 主人公はリストラされたまま。家族との会話もぎこちないまま。

 それなのに感じるこの爽快感はなんだろう。
 こみあげてくる笑顔の原因はなんだろう。
 とにかく幸せな気持ちになる。

 それは主人公が現時点で自分が持っている幸せを
 きちんと認識できるようになったからかもしれない。
 今、傍にいる人の大切さに気づいていくれたからかもしれない。

 自分に自信を持つ、ということは
 自分の能力に誇りを持つだけではだめなんだと思う。
 それだけでは、イレギュラーなことに襲われたとき
 もろくも崩れ去っていく。
 本当の自信は、自分の周囲の人たちへの尊敬の念や
 愛情の上に成り立っている。
 だから、主人公が自信を取り戻したとき、今、傍にいる
 家族に対して温かい目を向けられるようになったのだろう。
 そして、私はその父親の温かい目が何より嬉しかったのだ。

 後ろ向きなのに前向きな気分を味わえる爽快な小説。

蒼穹の昴(全4巻)/浅田次郎

2006年03月03日 00時33分23秒 | 読書歴
■ストーリ
 汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう。
 中国清朝末期、貧しき糞拾いの少年・春児(チュンル)は、
 占い師の予言を信じ、科挙の試験を受ける幼なじみの文秀(ウェンシウ)に
 従って都へ上った。都で袂を分かち、それぞれの志を胸に
 歩み始めたふたりを待ち受ける宿命の覇道。

■感想 ☆☆☆*
 歴史は好きだが、歴史の持つ残酷さは苦手だ。
 もともと、フィクションの世界にも「ハッピーエンド」を
 求めすぎる傾向がある。ハッピーエンドになるためであれば
 少々、強引な話の流れやありえない展開も許せるほうである。

 だから、「歴史が好き」というよりも「伝記」がすきだった。
 成功した人の話であれば、そのほとんどはハッピーエンドだ。
 だから、新撰組の話や明治時代の日本の話は苦手だ。
 志がどんなに高くても、徳がある人でも、歴史の不思議な
 流れの中では、人は無力で翻弄されてしまうことを特に
 実感する時代だから。

 そんなハッピーエンド好きの私には珍しく「清末期」という
 まさに破滅に向かいつつある時代を描いた小説を手に取った。

 1巻で詳細に語られる科挙の様子。
 この国のエリートがどれだけの苦労をして、選ばれているのか
 がリアルに描かれている。だからこそ、その後の清の
 破滅への道のりが納得いくものになっている。

 「えらくなるため」の学問に身を費やすお金持ちの息子たち。
 学問の目的も使い方もはき間違え、ただただ「身分」や
 「お金」を最終目的に努力する状況は、少し前の日本を
 思い出す光景だ。

 そして、エリートたちと対照的に描かれている
 宦官の様子。主人公春児が宦官になる部分の描写は
 読んでいるだけで顔をしかめてしまうほど、生々しく
 そして辛いものだった。

 自分たちの国の未来のために皇帝に仕える文秀。
 自分が生きていくために、貧乏から抜け出すために
 西太后に仕える春児。
 当初の目的も仕える人も対照的だった幼馴染のふたりが
 やがて同じように国の未来を憂い、民主の幸福を
 願うようになる。

 主人公ふたりだけではない。
 登場人物のほとんどが祖国のことを本気で想い、
 国のために活動する。
 それにも関わらず、一度傾きだした大国は
 大国であるがゆえに、その傾きをとめることができない。

 やるせない思いに包まれる。

 読み終わって高校時代の教科書を読み返した。
 あっさりと書かれている中国と日本の関係、歴史。
 時間の関係もあって、現代に近づけば近づくほど
 授業は駆け足で進んでいった。そのためか
 このあたりの歴史はかなりうろ覚えである。

 伝え方によって、歴史はこんなにも魅力的に
 そして身近に感じることができる、と実感できた作品。
 勿論、そういった楽しみだけでなく、物語としても
 十分に楽しむことができた。

 特に春児が私欲を捨て、みんなのために働き始めるうちに
 周囲から多大な信頼をよせられるようになるくだり
 占いどおり、自らの手に莫大な財産をおさめるくだりは
 爽快感を味わいながら読めた。
 にも関わらず、いや、だからこそ。
 ラストでは、やはりやりきれない気持ちになる。
 莫大な財産を手にしても、家族や幼馴染を失ってしまう春児が
 「宝物なんていらない」と故郷の言葉で切々と訴える
 彼の言葉が痛々しい。