■ストーリ
家政婦として働く「私」はある春の日、年老いた元大学教師の
家に派遣される。彼は優秀な数学者だったが、17年前に
交通事故に遭い、それ以来、80分しか記憶を維持できなく
なったという。数字にしか興味を示さない彼との
コミュニケーションは困難をきわめる。しかし「私」の
10歳になる息子との出会いをきっかけに、そのぎこちない関係に
変化が訪れる。彼は息子を笑顔で抱きしめると「ルート」と名づけ、
「私」たちもいつしか彼を「博士」と呼ぶようになる。
■感想 ☆☆*
先週見た映画だったのですが、感想をまとめられませんでした。
もう一度、みようか、未だに迷っています。
なぜなら、小説では家政婦さんと博士の間に
「そこはかとない愛情」を感じたような気がするにも関わらず
映画ではその「愛情」が「人間愛」になっていたため。
のりぞうが小説を読み間違えていたのか、映画を深く見ることが
できていなかったのか、そんな中途半端な状態で
この感想を書いていいものか、と逡巡。
けれども「一回見ただけの感想」ということで。
二回目見てまた印象が異なれば、その変遷ものりぞうにとっては
面白いかも、ということで。
前述のような(のりぞうにとっては)決定的な違いがあったものの
小説に忠実に従っている印象を受ける。
博士の暖かい笑顔、その視線。
ルートの博士を思い出すときの嬉しそうな表情。
博士に教わった数学の面白さを学生に伝える心底楽しそうな声。
海辺で自分の頭を差し出し、「ルート」記号の頭を
なでてもらう青年のルート。
どれもが暖かく、優しい映像。
しかし、だからこそ私には、小説のほうが面白く感じられた。
映像のほうが合う話と小説のほうが合う話がある。
小説を通して伝わってきた優しさ、暖かさをのほうが
私には印象が大きかった。
それでも春夏秋冬を彩る風景の美しさは博士の穏やかな人柄と
よくあっていて、穏やかな気持ちになった。
家政婦として働く「私」はある春の日、年老いた元大学教師の
家に派遣される。彼は優秀な数学者だったが、17年前に
交通事故に遭い、それ以来、80分しか記憶を維持できなく
なったという。数字にしか興味を示さない彼との
コミュニケーションは困難をきわめる。しかし「私」の
10歳になる息子との出会いをきっかけに、そのぎこちない関係に
変化が訪れる。彼は息子を笑顔で抱きしめると「ルート」と名づけ、
「私」たちもいつしか彼を「博士」と呼ぶようになる。
■感想 ☆☆*
先週見た映画だったのですが、感想をまとめられませんでした。
もう一度、みようか、未だに迷っています。
なぜなら、小説では家政婦さんと博士の間に
「そこはかとない愛情」を感じたような気がするにも関わらず
映画ではその「愛情」が「人間愛」になっていたため。
のりぞうが小説を読み間違えていたのか、映画を深く見ることが
できていなかったのか、そんな中途半端な状態で
この感想を書いていいものか、と逡巡。
けれども「一回見ただけの感想」ということで。
二回目見てまた印象が異なれば、その変遷ものりぞうにとっては
面白いかも、ということで。
前述のような(のりぞうにとっては)決定的な違いがあったものの
小説に忠実に従っている印象を受ける。
博士の暖かい笑顔、その視線。
ルートの博士を思い出すときの嬉しそうな表情。
博士に教わった数学の面白さを学生に伝える心底楽しそうな声。
海辺で自分の頭を差し出し、「ルート」記号の頭を
なでてもらう青年のルート。
どれもが暖かく、優しい映像。
しかし、だからこそ私には、小説のほうが面白く感じられた。
映像のほうが合う話と小説のほうが合う話がある。
小説を通して伝わってきた優しさ、暖かさをのほうが
私には印象が大きかった。
それでも春夏秋冬を彩る風景の美しさは博士の穏やかな人柄と
よくあっていて、穏やかな気持ちになった。