美大に行っていたころ、
「人は一度にどのぐらいケーキを食べられるか」
ということに挑戦したことがあった。
みんなおしなべて生活はギリギリだったと思うが、お金を出しあって
鷹の台駅前の「ドリアン」というケーキショップでホールのケーキを買った。
誕生日以外に、まるごとのケーキを買うことなどなかったし、
しかもよりどりみどり、チーズケーキやアップルパイ、洋梨のケーキなんかを同時に買うのは気持ちがよかった。
全部で何人だったか。
7,8人といったところか。
誰かの狭いアパートの一部屋にぎゅうぎゅうに座って、買ってきたケーキを並べた。
「このために今日は何も食ってない」
Tが言った。
Tは画材にお金がかかるので、食費を切り詰めた結果、食パンの耳にサラダ油を浸して食べる、
という食生活をしているのだった。
「おれ、カレー食っちゃったよ」
Sは365日、お昼はカレーを食べる人で、夏も冬も青いTシャツを着ていた。
誰も彼も、甘いものには目がない人たちで、やる気まんまんだった。
ホールケーキを8等分したものを、5つか6つぐらいはぺろりといけると私も算段した。
「うまいうまい」
「食っても食ってもまだあるぞ」
「私、3個目いきまーす」
チーズケーキを食べ、アップルパイに行き、レアチーズに取り掛かったころ、いきなり胸に何かがつかえた。
甘さが、舌にこたえてくる。
まだ洋梨のケーキにも辿り着いていないというのに、なんということだ。
みんなの食べる速度が遅くなり、言葉が少なくなってきた。
「食べてるのに飲み込めないよぅー」
口の中でぱさぱさするので、アップルパイは半分ぐらい残っている。
壁に寄りかかって目をつぶり、瞑想状態に入るやつもいる。
私は4個目の洋梨を食べながら、あとに控えているイチゴのショートケーキを眺めていた。
生クリームをやっつけられるかどうか、自信がなかった。
上のイチゴならなんとかいけると思ったとき、一人がイチゴだけをかっさらった。
「おっ、なにやってんだよ!」
「だってすっぱいものが食べたかったんだよう」
「それはみんな同じだろ。そのショートケーキの責任はとって食えよな」
「そんなぁー・・」
なごやかに始まったケーキ食べ放題が、次第に険悪さを増してくる。
結局、すべてがなくなるということはなかった。
食べ散らかしたままのケーキを前に、みんな黙って放心状態。
私は4つでギブアップだ。
誰がいくつ食べたか、もうわからなくなっていたけど、
これはべつに競争ではないから、それでもよかった。
「意外と食べられないもんなんだね・・・」
どうでもいいことを、まじめにやることができた。
それは若さだったのか、なんだったのか。
山手線を夜中かけて歩き通すという企画もあった。
予定も立てずに電車で日光に行き、そこに小さいスキー場があったので
普段着でスキーを借りて滑った。
いくら田舎の小さいスキー場であっても、普段着で滑っているのは私たちぐらいのものだった。
それでもぜんぜん恥ずかしくもないし、楽しかった。
いやなこともあったけど、腹の底から笑って生きていた。
バカだったなぁー。
あのころには戻りたいとは思わないけれど、あのバカさ加減に嫉妬している。
今でも、どうでもいいことをまじめにやりたいと思う。
でもなぜだかそれをしない自分がいる。
丸のままのケーキを見ると、食べ放題のことを思い出す。
15年ほど前、東京に行った折に鷹の台駅に行ってみたことがあった。
駅はきれいになっていて、「ドリアン」のあった場所には、コンビニのようなものができていた。
30年余も昔の話である。
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「人は一度にどのぐらいケーキを食べられるか」
ということに挑戦したことがあった。
みんなおしなべて生活はギリギリだったと思うが、お金を出しあって
鷹の台駅前の「ドリアン」というケーキショップでホールのケーキを買った。
誕生日以外に、まるごとのケーキを買うことなどなかったし、
しかもよりどりみどり、チーズケーキやアップルパイ、洋梨のケーキなんかを同時に買うのは気持ちがよかった。
全部で何人だったか。
7,8人といったところか。
誰かの狭いアパートの一部屋にぎゅうぎゅうに座って、買ってきたケーキを並べた。
「このために今日は何も食ってない」
Tが言った。
Tは画材にお金がかかるので、食費を切り詰めた結果、食パンの耳にサラダ油を浸して食べる、
という食生活をしているのだった。
「おれ、カレー食っちゃったよ」
Sは365日、お昼はカレーを食べる人で、夏も冬も青いTシャツを着ていた。
誰も彼も、甘いものには目がない人たちで、やる気まんまんだった。
ホールケーキを8等分したものを、5つか6つぐらいはぺろりといけると私も算段した。
「うまいうまい」
「食っても食ってもまだあるぞ」
「私、3個目いきまーす」
チーズケーキを食べ、アップルパイに行き、レアチーズに取り掛かったころ、いきなり胸に何かがつかえた。
甘さが、舌にこたえてくる。
まだ洋梨のケーキにも辿り着いていないというのに、なんということだ。
みんなの食べる速度が遅くなり、言葉が少なくなってきた。
「食べてるのに飲み込めないよぅー」
口の中でぱさぱさするので、アップルパイは半分ぐらい残っている。
壁に寄りかかって目をつぶり、瞑想状態に入るやつもいる。
私は4個目の洋梨を食べながら、あとに控えているイチゴのショートケーキを眺めていた。
生クリームをやっつけられるかどうか、自信がなかった。
上のイチゴならなんとかいけると思ったとき、一人がイチゴだけをかっさらった。
「おっ、なにやってんだよ!」
「だってすっぱいものが食べたかったんだよう」
「それはみんな同じだろ。そのショートケーキの責任はとって食えよな」
「そんなぁー・・」
なごやかに始まったケーキ食べ放題が、次第に険悪さを増してくる。
結局、すべてがなくなるということはなかった。
食べ散らかしたままのケーキを前に、みんな黙って放心状態。
私は4つでギブアップだ。
誰がいくつ食べたか、もうわからなくなっていたけど、
これはべつに競争ではないから、それでもよかった。
「意外と食べられないもんなんだね・・・」
どうでもいいことを、まじめにやることができた。
それは若さだったのか、なんだったのか。
山手線を夜中かけて歩き通すという企画もあった。
予定も立てずに電車で日光に行き、そこに小さいスキー場があったので
普段着でスキーを借りて滑った。
いくら田舎の小さいスキー場であっても、普段着で滑っているのは私たちぐらいのものだった。
それでもぜんぜん恥ずかしくもないし、楽しかった。
いやなこともあったけど、腹の底から笑って生きていた。
バカだったなぁー。
あのころには戻りたいとは思わないけれど、あのバカさ加減に嫉妬している。
今でも、どうでもいいことをまじめにやりたいと思う。
でもなぜだかそれをしない自分がいる。
丸のままのケーキを見ると、食べ放題のことを思い出す。
15年ほど前、東京に行った折に鷹の台駅に行ってみたことがあった。
駅はきれいになっていて、「ドリアン」のあった場所には、コンビニのようなものができていた。
30年余も昔の話である。
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