太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

虎と馬

2018-06-18 07:56:09 | 日記
夫とスーパーに出かけての帰り道、

買ったものをトランクに入れて、助手席に座った私は、携帯電話を持っていないことに気づいた。



楽しい休日に、黒い雲がかかる。



日本のスーパーは精算したものを別のカウンターで自分で袋に入れるが

ハワイのスーパーではレジで袋に詰めてくれる人がいる。

が、その時は人手不足か、誰もいなかったので、私が袋に詰めた。

「ねえちょっと車を路肩にとめてくれない?」

トランクをあけて、ショッピングバッグの中のものを全部出してみたが、なかった。

携帯電話をレジ台の上に置いて、そのまま忘れてきたか。

「ねえ、なにしてるの?」



黒い雲が心の空いっぱいに広がってゆき、心臓の鼓動が早くなる。



「携帯電話、店に忘れてきたかも」

「WHAーーーーーT????」

Uターンして店に戻りつつ、夫は怒っている。



私は自分の外側に殻を作り、その中に入って息を殺している。




「ボクの電話であなたの携帯を鳴らしてみたら」

夫の電話から私の番号にかけてみると

後部座席に置いたショッピングバッグの中で、私の電話が鳴った。

バッグの外側についているポケットに、電話はあった。

「あってよかったね」

夫はすぐにいつもの夫に戻り、何事もなかったようにその日を楽しく過ごした。




私はそそっかしい。

お弁当を持ってゆくのを忘れる、お弁当を取りに戻れば、今度は車の鍵を忘れる。

そんなことは日常だが、なくしたら面倒なものをなくす、あるいはなくしそうになると

私は呼吸が浅くなる。

私がしでかしたことは二の次で、相手の不機嫌が嫌で嫌でたまらない。



最初に結婚した相手は、わけがわからないことで簡単に不機嫌になり、いったんそうなると

自分でその気分を変えることができなかった。

二人しかいないのに、1日でも2日でも黙ったままでいる相手に私が耐えられない。

だから私が悪くないのに謝り倒したり、機嫌をとることになる。

そしてそれも嫌なので、相手を怒らせないように細心の注意を払うことになる。

しかし事は起きてくる。

財布を落とす、高速道路のチケットをなくす、相手が寝過ごして大事な接待に間に合わない、

出先から家に戻る道順を私が決めたら、大渋滞をしていた(私のせいじゃないよね?)

そのたびに、どんなにみじめで嫌な思いをしたことだろう。

あの頃、私に今のような考え方ができたら、もっと楽に生きられたかもしれない。

中身のない何かを失うことばかり恐れていた私は、実はもうとっくに相手を好きでもないことにも気づかなかった。

神経をすり減らしながら11年も、よくまあ続いたものだと思う。




今の夫には、嫌われるのではないかと恐れたことが1度もない。

何があっても、絶対に私のことが好きに決まっていると調子に乗っている。

不機嫌になって八つ当たりするのはむしろ私のほうだ。

それでも離婚して14年がたつのに、似たようなことが起これば私の記憶は瞬時にその場所に戻ってしまう。

そして、あのいたたまれない嫌な思いを、まるで指でなぞるように繰り返す。

これをトラウマというのだろうか。



その夜、眠る時に夫が言った。

「今日、ちょっと怒っちゃってごめんなさい、許してね」

私はもう、あの場所にはいないのだ。

わかっているのに。





「もうこんなふうに嫌な思いをなぞるのはこりごり」

私がそう言うと、友人が言った。

「いくらでもなぞればいいよ。それがあるから、今の幸せがわかる」

ああ、そうかも。

母に電話で話したら、

「こんなものいらなーいって言って、石を蹴るみたいに蹴っちゃいな」

トラウマを、おどけた虎と馬の顔に置き換えてみる。














にほんブログ村 海外生活ブログ 海外移住へにほんブログ村