ペットの呼び名が変化してゆく話を書いたが、夫婦の呼び名もそれぞれであったりする。
日本の場合、名前に「ちゃん」や「さん」をつけて呼ぶことが多いかもしれない。
2人だけがわかる特別な呼び名というロマンチックなのも、たまにある。
映画「スクルージ」で、主人公とクレアは出会いがしらに頭をぶつけたことがきっかけで恋人になったのだが、頭をぶつけてできたコブという意味で、クレアは彼を「ランピイ」と呼ぶ。
私の夫は名前の頭にGがつくので、「グル」及び「グルちゃん」と呼んでいるが、いつからそう呼び始めたかは覚えていない。
英語圏ではどうだろう。
最も一般的なのは「ハニー」。
ジュディスも大声で「ハニー!」と呼ぶが、アジア顔のトニーがのっそり出てくると、違和感がいなめない。
思い込みなのだろうが、「ハニー」というのは白人が1番似合うように思う。
夫も妻も「ハニー」と呼ぶが、夫が妻を「スウィーティ」と呼ぶことも多い。
じいさん、ばあさんになっても、ハニーでありスウィーティ。これこそ夫婦の理想だと私は勝手に思っている。
日本人で子供がいる夫婦だと、二人きりの間でも互いを「おとうさん、おかあさん」と呼び合う人たちがいるけれど、あれはいけない。
子供がいても、二人だけのときは夫婦に戻ってほしい。(って私が言ってもしょーもないんだが)
いつか、その話をこちらの人にしたら、「Kidding Me!(まじでか!)」と驚いていた。
「子供に向かって、これをDadに渡して、とは言うけど、夫をDadとは絶対に呼ばないよ、彼は私のDadじゃない」
いやそれはごもっとも。
でもまあ、これは日本人特有の「照れ」であるのかもしれないし。
私の母は、父のことを「さーちゃん」と呼んでいた。
私たちの前では「おとうさん」だったけれど、二人の間では「さーちゃん」。
父の名前はサダオなので、さーちゃん、なんだろうが、恋愛で結ばれた二人ならまだしも、お見合いして数回会っただけで結婚した二人が、いつどんなきっかけで「さーちゃん」と呼ぶようになったのか、不思議でならない。
お見合いのとき、どこかのレストランに行って、何かを書き留めるのにペンがない。そこで父が、
「マユズミ、持ってます?」
と母に聞いたそうだ。
生まれてこの方、化粧などしたことがない母は、それがいったい何であるのかわからなくて困ったらしい。
革ジャンで大きなバイクを乗り回していたようなお調子者の遊び人の父と、田舎出の母がどうして結ばれたのか。
父はロマンチストであったと思うけど、品行方正、真面目な優等生の母が、どうしたら「さーちゃん」などと呼ぶようになるのだろう。
仕事から帰った父は、ひとりでお風呂をつかうのを嫌って、風呂場のドアを少し開けて、母をそこに立たせて湯舟に浸かっていた。
今日あったことなどを話しながら、母も嫌がりもせずにつきあっていたのを思い出す。
自分の親のことは案外知らないものだ、と何かの本に書いてあった。
亡くなる前に、聞いておけばよかった。
長生きしてくれたのだから、聞く機会はいくらでもあったのに。
私の知らなかった若い両親のことを、もっともっと知りたかったと、今頃しみじみ後悔しているのである。